3話:視聴者の裁き
悠也の言葉に、スタジオは凍りついたように静まり返った。 椅子に縛り付けられている手のひらから、じわりと汗が滲むのが分かる。
だが、悠也の言葉を発端に視聴者コメントは逆にヒートアップしていた。
『醍醐味きたーーーwww』
『思い出してきたのマジ熱い』
『荒れるぞ荒れるぞ…』
『やっときたか』
『これこれ、こういうの!』
観客席のないこのスタジオで、唯一外界と繋がっている“声”。 それが、俺たちを見ている"視聴者"たちだ。
「ね、ねえ、他に……死んだとか、そんな怖いこと、思い出した人、いる?」
俊が、まるで授業中のように周囲をゆっくり見回しながら問いかけた。 俺は、思わず首を横に振っていた。
……俺が死んだ? そんなわけがない。
今こうして、生きてるじゃないか。 自分が死んでるなんて、意味わからない事を言うものだ。
「死んだって言われても、それが真実とは限らないだろ? さっきのMCが言ってた。視聴者に投票されたら“脱落”。それを避けるために、印象操作してるだけかもしれない」
「おー、MCの印象操作?!頭ええなあ!」
「でも、さ、さっき、思い出したんだ!俺、もう死んだはずだよ!詳しい事まではまだ思い出してないけど…」
横からペー君が笑うように返す。それに対し悠也は必死に伝えようとするが、その空気をまたいで、よーすけがまったりとした声で口を開いた。
「でもさぁ、もしかして……本当かもよ?俺たちだけが、こんなスタジオに集められて、カメラで覗かれて、見せ物になってる。……ちょーっと、現実離れしてると思わない?あは、本当の“あの世”だったりして~~」
拘束されている中でも力を抜いてだらんと椅子に体を預け、首をゆっくり傾けながら、へらへらと笑う。その顔から本気なのか冗談なのか分からない。でも、その言葉に背筋が冷えるのは確かだった。
きょろきょろと周りの人物を見渡すが、誰も死んだような血相はしていない。悠也だけはちょっと顔が青ざめてるけど…。皆普通の学生だし、俺だってタクヤだって、いつも通り。
これで死んだと言われても、納得いくわけがない。
「じゃあ、俺たちマジで死んだってこと……? 他に、思い出した奴は……」
俺が口にしかけたそのときだった。
「あ」
唐突に猫川が大雅の方へ視線が向けられる。すると声を荒げた。
同時に拘束されている椅子が勢いでガタン、と揺れる、…が音だけで実際には一ミリも動いていない。
「俺、こいつに殺された!!!」
――その場にいた全員の視線が、大雅に集中した。
「は!?何言ってんだよ!俺お前と何かした覚えなんて…」
『やっと始まった』
『開始遅かったねー』
モニターに流れるコメント。リアルタイムで横に流れていく。
大雅は眉間に深く皺を寄せて考え込んでいたが…… 視線を泳がせ、少しずつ記憶の底に沈んだ過去をたどっているようだった。
やがて、ハッとしたように目を見開き、叫ぶ。
「………あれは!!お前が俺の彼女に手ぇ出そうとしたからだろ!?だからあの時河川敷で話し合いしてたんじゃんか!」
何かを思い出したらしい。荒っぽい口調で反論する。
周りは状況をつかめず、ただ聞くだけしかできない。
「違う! あっちから誘ってきたんだってば!俺は何もしてねぇ! 勘違いしたのお前の方だろ!? ……で、あそこで、そんで取っ組み合いになって……!」
一瞬、全員が口を噤んだ。
スタジオには、2人の過去の口論が、今まさに“再生”されているかのように響いた。
視聴者のコメント欄が、再び荒れる。
『うわ、修羅場じゃんwww』
『どっちが悪いか視聴者が決めるって面白すぎ』
『殺す理由ダサすぎ草』
『彼女寝取られで殺人は草』
『殺人者はいらねぇ~w』
……俺は、中央モニターの下に小さく表示されたタイマーに気づいた。
「タイマー、あと……1分って……」
タイムリミットが迫る中でも、猫川と大雅の言い争いは止まらない。 出演者たちは誰も止めることができず、ただ静かに“その時”を待っていた。
――そして。
「さあさあさあ! そろそろ時間でーす☆」
例のMCが、ノイズ混じりのハイテンションで割り込んできた。
「視聴者の皆さ~ん、脱落者を選ぶのは今しかありません! 殺したやつが悪い?それとも、寝取ろうとした奴が悪い?さあ、清き一票をどうぞっ!」
『殺人者は脱落だろ』
『こいついらねえ』
『ダサい殺人理由に草』
『大雅 OUT』
そして、
モニターに【脱落者:大雅】の文字が表示された
――ピピピピッ……!
首についている拘束具のランプが赤い点灯を始め、大雅の拘束具が軋むような音を立てて強く締まった。
「う、おい……?待てって、これ冗談だろ!?」
椅子全体がビリビリと痙攣するように震えた。
その椅子からは高電流が流れているのか体が小刻みに揺れ、次第に大きくなっていく。
バチバチバチバチッ!!
「あああああぁぁぁ゛!!!!」
「痛、や゛め、………」
電流が椅子全体を走り、大雅の体を襲う。 呻き声。立ち昇る焦げ臭い匂い。それに俺たちを締め付けていたみっちりと食い込んだ拘束具からは血が滲み出ており、電流の残った影響からか、時折体がぴくぴくとしている。
『うわ焦げてんじゃん』
『アップ映せ!』
白目になり、口からは涎のように口から血が流れだしている。
締め付けられた首や手足は千切れる事のないように、絶妙な位置で締め付けて、まるで見世物にしているようだ。
壮絶な光景に開いた口が塞がらない。
「……だ、脱落って、こういうこと、なのかか…?」
俺は声が震えた。自分でもわかった。
スタジオの床が静かに開き、大雅の椅子ごと“下へ”吸い込まれていく。 何事もなかったかのように、床は再び閉じた。
テレビでよく見る芸人がセットの床へと落ちていく仕組みと同じなのか、この下はおぞましい光景なのだろうか。考えたくもない。
これを見ていた悠也はさらに強く震え、顔面は青白く変わっていた。
俊は拘束された手元でセーターの袖を指まで引き寄せて、目をつむり自慢の顔を顰める。
ぺー君は口が開いたまま、表情が引きつって固まっている。
タクヤは唇を噛み締めながら、視線をそらした。
猫川はすっきりしたような表情を浮かべるが、視線は定まらず、明らかに動揺している。
よーすけは、じっと静かな目で大雅を見送り、そして……何事もなかったかのように、首を傾げてどこか虚ろに天井を見ていた。
―― 一度死んでいる?
―― 生き返れる?
―― 脱落=本当の死?
バラバラの仮説が頭を巡るが、どれも確証がない。 ただ1つ分かるのは、今、この場で1人が“本当に死んだ”ということだった。
「さあ、皆さん。衝撃の第一脱落、お疲れ様でしたぁ~~~!」
再びMCの声が響く。
「出演者の皆さんには、このあと15分間のブレイクタイムを用意しておりまーす。それぞれの控室にご案内しますので、ごゆっくり☆」
「なお視聴者の皆さまには、準備中画面をお届けしつつ、アンケートやギフトチャンスもご用意しております~!今後の展開、お見逃しなくっ!」
『ガチすぎて草』
『MCふざけてんのに死ぬの本気w』
『やばすぎ…神回』
『俊くん大丈夫かな……』
――15分の休憩。
あえて考える時間を取るというのもやらしいやり方だ。まるで俺たちに裏でもめてこい、面白いシーンを作れ、とでも言ってるようで。
椅子についていた手首と足首の拘束が解かれる。しかし、 鉄の首輪だけは外れず、付けられたまま立ち上がる。
この首に付いてるの、さっき締め付けられてたよな…。いつ、どこでこれが発動するかもわからない。触れるのも恐ろしい。
休憩なんか、次の地獄へのインターバルにしか思えなかった。




