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Realive  作者: ichita
19/20

19話:正義、助ける―そして

視線を落とした、

その手に握られていたのは、

― 赤い灯油タンクだった。


「!!!」

俺は血の気が引く。灯油タンクを持っていた右手がカタカタと震える。

俺が、…火をつけたのか…?


「そう、あの火事で……俺たちは死んだんだ」

「ほーん。じゃあアンタは……家族と一緒に死んだんか?」 

「…いや。俺には……父さんも母さんも、もう……いなかった。火事のときは、一人だったな」

ペー君は労わるように優しい声で、そして明るくしようと少しトーンを上げて話す。

「……そか。生き返ったら……おらんくて寂しいんちゃう?ま、そういう俺も……目の前で、母ちゃんと弟、先に死んでしもたし」

「……そうか」

二人とも、同じ火事に巻き込まれていた。偶然かと思っていた。

さっきまでは。


が…その原因を作ったのは……この俺だ。

思い出した。


この俺が、あの火事の発端。


でも……そうでもしないと、気が済まなかった。

じっくりと時を待って、殺意を持って、実行したんだ。

その結果、こいつの家族まで犠牲になり…

…俺は、ペー君まで……殺してしまっていた。

 

「……」

「ペー君」

俺は唇を噛み締め、事実を言おうか言わまいか迷い、口ごもった。

気を使ってくれて、そしてこいつの人生を壊してしまったけど、俺には言う以外の選択肢はなかった。

「なんや」

「……脱落した方がいいのは……俺かもしれない」

「……は?」


視聴者コメントが一気に流れる。

『突然の!?w』

『お得意の“誰も死なせたくない”って奴じゃね』

『イケメン生き返って付き合ってほしい』

『同情作戦?』

『フラグ立ったなw』  


そして俺は、深く息を吸う。

情けないが視線を向けられず、逸らしたまま告げた。

「あの火事を起こしたのは……俺だ」

「へ?……なんやと!?」

数秒は固まっていたが、ペー君の椅子が、ガタっと大きく揺れる。しかし、拘束具に縛られて動けない。 それでも、こっちに向けられる視線は、鋭く…痛かった。

「おい、今何って言った、おい!!」


俺は、喉が焼けるような思いで言葉を吐き出した。

「思い出したんだ。父さんと母さん、強盗に殺されて。暫く犯人捕まらなくて…それで…俺……仕返しがしたくて。必死に犯人が誰だとかどこにいるとか調べてさ。最初は警察も動いてくれてたけどそのうち時間が経ってくると、全然相手にしてくれなくなって。…だから俺が、この手でやるしかないって。俺が復讐をしないと、って」

ガタン、とペー君の体が大きく動こうとしたのが目に見えた。

拘束されていなければ、確実に俺に殴りかかろうとしたんだろう。

「ざっけんな!!!!なに、何、何してくれてんねん!!!おい!!」

ガタガタと椅子が動こうとする音が聞こえるも、音は虚しくそれ以上に椅子は動かない。


自分の右手を見る。

その手には……まるで、あのときの焦げたような黒い汚れが、まだこびりついているようにさえ見えた。

灯油をかけ、火をつけた瞬間。

あのときの気持ちが、ぶわっと蘇る。


――殺人犯め。

――俺の家族を奪っておいて、のうのうと生きてやがる。

――警察も役に立たない。

――だったら……俺がやるしかない。

――悪い奴なんだから……死んで当然だ。

――クソが……!

それしか、考えられなかった。ただ……真っ直ぐに、犯人を殺すことしか。


「……本当のことやったら俺、アンタのこと……許さへんぞ…!!」

「……あぁ、許してくれなくて……いい」

「どの口が言うとんねん!!!!」

喉の奥が痛い。言葉が詰まる。

でも、ペー君の問い詰める声が横から響く。 視界の隅には、モニターに大きく映し出された「お前も殺人犯」の文字。


次々コメントに流れてくる。

『殺人犯』

『みんなを殺した』

『善人者ぶりやがって』

『本当の悪魔』

『犯・罪・者』


「でも、その…犯人だけが狙いだったんだよ!!あんな火が、あんなに…広がるなんて思ってなかった…!」

「クソみたいな言い訳、やめろや!!」


二人しかいないスタジオに、俺たちの叫び声が響き渡る。


「犯人の家だけを狙ったつもりだったんだよ!だから、周りを巻き込むつもりなんてなかったんだ……!俺は…父さんと母さんの仇だけ……討ちたかったんだ!罰を受けずにのうのうと生きやがって…復讐がしたかったんだよ!」

「でも実際には巻き込んどるやん!復讐言うてアンタの自己中な考えで何人も死んでるんやぞ!俺だって……その被害者の一人や……。俺だけやない……家族もや!!ちっちゃい弟、産後から弱ってた母ちゃん……みんなで、みんなで過ごしとっただけやのに……!」

ペー君の声が、だんだんと小さくなる。震えている。その震えには、怒りも、悲しみも、全部が混ざっている。

「弟がな、出来たんやでって母ちゃんから言われた時はめっちゃ嬉しかったで。その時、父ちゃんが事故で亡くなってしもたから、家族は俺が支えるんや!って決めててん。…弟もかわいかったでー、兄ちゃん兄ちゃん、って呼んでくれてな。弟をぎゅーってしてやったんや。そしたら、やーだ、ってな、はは、俺の腕から抜けていったんやで…やんちゃやな…。性格は俺と似る予定やったんかな」


俺にも家族が居たからよくわかる。もし弟が居たらなんて考えるともっと胸の奥が刺されたように、ずきっとする。

でも、その大切な家族に会えなくなったんだ。犯人は捕まらないなんておかしいだろ?警察の手からも逃れて。罪から逃げて。

そんなクソ野郎には俺が復讐してやるしかなかったんだ。

悪を潰す、それが正義ってもんじゃないのか。


俺は自分の溢れる記憶と自分の罪に押しつぶされそうになりながら、聞いていた。

「…その大事な家族を俺だって殺されたんだ」

「…殺されたからって、殺し返していいわけあるか!違う手も、あったやろが!!」

「…そ、それは…」

額に滲んだ汗がつつ、と垂れる。情けない表情がカメラに映し出されてるだろう。


「俺は家の前で火事の現場を見とったら、うちに火ついてな。急いで家族を探したんや。…母ちゃんが倒れた柱の奥で動けなくなって、弟を探そうと必死に手のばしとったよ。でも弟はすぐ声が消えて、…察したわ。それでも母ちゃんだけでも、助けよう思って。でもな…、間に合わへんかったわ。天井が崩れてきて、見えなくなってしもうた。声出すのも精いっぱいやったと思うのに、"純平、逃げて!!"って叫んでくれたわ。それが最期に聞いた母ちゃんの言葉や」

ペー君は震えながら一つ一つ言葉を出し、何度も深呼吸や瞬きをしてその状況を生々しく伝えた。

俺の頭にもその映像が浮かんでくる。


「…本当に悪いと思ってる。言葉だけじゃ足りないと思ってる。…俺だって、両親を殺された時、そのときは仕返しがしたかったんだよ!お前だってわかるだろ!?……今、俺が……お前の家族を殺した犯人だって知って……殺したくなっただろ!?憎いだろ?復讐したいだろ?!」

「……っ!!」

「それと…一緒だよ…」

動かない腕の下で汗ばむ拳を強く握りしめ、どうにもならない気持ちを爪を立てて手の平に食い込ませる。


「……確かに……同じ気持ちにはなってる。でも…それだけやない。……悪にやり返すことだけが……”正義”とは限らへんやん。…弟の声、聞かせてくれやぁ…なぁ。俺の母ちゃんも……弟も…返してくれ……なぁ…」

声が震え、今にも泣きそうな細くて小さい声。こいつのこんな声は初めて聞いた。

両親を失ってる俺でさえ、更に心に重りが乗った感覚だ。


コメント欄が揶揄うように埋まる。

『正義押し付けマンな』

『ジュン、ブーメラン乙』

『タクヤが言ってた奴』

『お前の事でしたねwww』


―そうだ。

「正義」って言葉を振りかざし、タクヤを責め、視聴者にアピールし、必死に自分をごまかして。

けど結局、一番多くの人を殺して、一番卑怯に逃げてたのは、俺だったんだ。


"だからと言って人を殺していいってのはまた違う話だろ!"

"殺人しておいて悪意はないってなんだよ!!"


俺が吐いてきた言葉、タクヤに向けた罵倒も、視聴者に見せた正義も、ぜんぶ俺に返ってきた。

もしかして、ずっと、無意識に俺自身に言い聞かせてたのかもしれない。


この卑怯な俺に。


「正義を振りかざして多くの人達を殺したのは…、…俺自身だったんだ…」


それ以上、何も言い返せなかった。無言の時間が、スタジオに流れる。



視聴者コメントがまた流れる。

『残り時間すくねえぞ』

『どっちどっちどっち』

『殺したいだけじゃん』

『ペー君の弟に会いたい』

『これジュンが危うい』    


そのとき、MCの声が高らかに響いた。

「さあ! 盛り上がってきたところで、残り……一分です! この、ある意味で熱い戦い!どうなるのか!?なんちゃってえ〜!」


俺は深く息を吐いた。

「……俺が、脱落した方がいい……いや、脱落すべきだ」


震える声で、そう言った。


ペー君の家族。何軒もの家を燃やしてしまった大火事。

俺の、間違った正義感。突っ走ってしまった復讐。

そして、その結果生まれた……二次被害。


ずっと怖かった。脱落は怖かった。

最初から、あんなグロいものを見てきた。痛々しい死と隣り合わせの時間。

なのに……討論で助けたいとか言いながら、結局は全部、不利にならないように善人になって、思い出すのを拒否して、投票から抜けていって。

自分から逃げてただけ。


一番……一番人を殺してたのは……俺自身じゃないか。


「……ごめん……みんな……」

謝って、済む問題じゃない。

でも……絞り出せた言葉は、それしかなかった。


脱落していった、みんなの声が聞こえてくる。

俊の寂しそうな顔「素の俺で好かれたかったなぁ」

よーすけの壊れた笑顔「…俺ってさ、ここまでしないと、皆に見てもらえないんだよね」

タクヤの真剣な目「友達でいてくれて、ありがとう、もっと、話しておけばよかった」

―誰もが、自分の想いを抱えたまま消えていった。



ペー君は、最後まで……何も言わなかった。俺を睨みつけたまま、どこか泣きそうな、でも堪えていて。

コメント欄にも……一切目を向けていなかった。    


MCが言う。

「タイムアップです!! さあ、集計に入りますよー! どちらが……この戦いを制するのか!!」  

中央画面に、俺とペー君の顔が大きく映し出される。

脱落者投票の数字が、リアルタイムで……みるみる上がっていく。


決勝戦の演出なのか、ドラムロールが鳴りいつもより尺を稼ぐ。

そして……

スタジオには警告音ではなく、テレビで使われるような物が落ちるSEが鳴った。

モニターに【脱落者:ジュン】の文字が表示された。

「脱落者、決定!! ……ジュンくんです!!」


『だよな』

『お疲れ殺人犯』

『いい回だった』    


結果はわかっているのに再びドラムロールが鳴り、MCがとびっきり明るい声を響かせる。

「優勝者は……ペー君!! おめでとうございます!!」

スタジオの床から、クラッカーらしき仕掛け、番組セットのエアーショットで銀色や金色のテープ、紙吹雪が舞った。


それと同時に盛大な拍手の音、口笛、全部作り物のSEだろうが。

俺の脱落文字の後に、盛大な画面で優勝の文字とトロフィーの画像が出現する。


視聴者コメントが一気に流れる。

『おめでとう!』

『ぱちぱちぱち』

『泣いた』

『ペー君生還きたー!』

『ジュン好きだったのに…』

『なんだこの感情……』  


俺は……ほっとした。

これでいい。こんな卑怯で、逃げ腰で、正義感だけ持った、ただの弱い人間。


人を…いろんな人を巻き込んだ殺人犯。

死んで償う。

タクヤに言ったこと全部返ってきて、もう笑える。

はは、まさか……俺もその側になるとはな。


MCの声がスタジオに響く。

「さあ!お待ちかねの~脱落刑タイムです!優勝者は~~離れていてくださいね!」


そう言って、ペー君の拘束椅子は解除される。首輪も……カチャン、と音を立てて外れる。

ペー君は言われた通りにすぐ椅子から離れ、締め付けられていた手と足を振るい、首もコキコキと鳴らす。


そして中央に、俺の椅子が……移動させられる。


中央に円柱のカプセルが降りてきて、俺はまるで実験体の様に閉じ込められる。

大きさも丁度、手を伸ばして届くくらいだ。

すると、椅子の拘束が解け、俺は椅子から立ち上がらされた。


気づけば、椅子の上に赤色の灯油タンク。


MCの声が中まで聞こえる。

「ジュンくんには~、焼け死んだ人たちの気持ちを味わってもらいましょう!自分で灯油を被ってください!火はライターを置いておきました☆尚、おわかりでしょうが、行動しない場合はこちらが強制的に処理しますっ」


まだ視聴者は楽しんでいるようだ。

『皮肉すぎて最高ww』

『この番組やめらんねー』

『終わるの辛』

『焼かれちゃえ』



あぁ、どこまでもクソみたいな番組だ。



俺は迷いなく灯油タンクのキャップを開ける。

あの時の臭い。ツンと鼻につく。


俺はカプセル越しに睨んでいるペー君をまっすぐと見ながら、迷わずに灯油を頭から被った。

一つ息を吐く。

「俺の心、誰よりも弱かったな」

右手に持ったライターに火をつけようとするが、親指が震える。

やっぱり怖い。

でも、今まで脱落していったみんな、俺が蹴落としていったと言っても過言ではないかもしれない。

これは、償い。

犯罪者としての、償い。


生唾を飲みこんで目をぎゅっと瞑りその勢いで、右手でライターに火を付けた。


ぼわ、っと直ぐに体に熱さを感じ、反射的にライターを落とすと灯油を被った俺に容赦なく炎が包んていく。

顔の皮膚が焼け、服が焦げ…… まだ……意識はある。

痛い……苦しい……。


遠くでMCの声が聞こえる……

「はーい、スパチャありがとうございます!!高額とても感謝!!まだまだジュンくんは焼かれていますよ~最後までご注目☆」


クソが…。


あぁ……俺が現実で死んだ最期も、こんな感じだったっけ。

覚えてる。

あの日。殺人犯をやったけど……何も満たされなかった。

虚しくて、心も空っぽで。

そう……こんな感じで。

俺は、上を向いた。 段々と、息が苦しくなる。視界が、ぼやけていく。 そのとき……見えた。


……はは、これが……最期の……走馬灯ってやつか。  

俺は、燃え上がる家を…外から、放心状態で眺めていた。

人々の叫び声。

遠くだったような、近くだったような。


その時。

誰かが、俺の腕を……ぐっと、引っ張った。

崩れかけの家の中に……引きずり込まれ、一発……殴られた。

炎に包まれ、起き上がることもできない。

既に遠くなっていく意識の中で……見えた。


……緑色のセーターが……燃えている。

八重歯のあいつが……どこか、ほくそ笑んで見下ろしていた。


―え、俺は……まさか、アイツに…………? 


次の瞬間。 俺の肺は、炎に焼かれた。

息が……できない。

ガラスに手をついて膝から崩れ落ちる。

スタジオに残った1人だけの少年。


優勝者としてこちらを観察していたペー君が、ほくそ笑んだ。

刹那、目の前が ――真っ暗になった。




――――


『死んだ?』

『真っ黒やん』

『もっと長く見たかった』

『正義のヒーロー、負けちゃったねー』


「視聴者の皆様、楽しんでいただけたでしょうか!?最高の脱落ショーの数々でしたね!本日のスパチャも誠にありがとうございました!おっと、ご安心ください、皆様の大好きな脱落ショーは、1人ずつのパートを分けて販売いたします☆」


『どれ買おうかな』

『全部』

『金持ちかよ』

『次の番組のメンツみてから考えるわ』

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