20話:勝利
勝利――。
その文字をモニター越しに目にした俺、ぺー君こと、”久我山 純平”は、大袈裟に喜ぶこともなく、ただポケットに手を突っ込みながら小さく鼻で笑い、脱落者の刑に目を向けた。
無駄に派手な演出をしとるな。
視聴者のおめでとうっていうコメントも、もう俺には関係あらへん。
こんな狂った奴らの言葉なんて聞き飽きた。
優勝した俺は、静かに……ジュンが焼け焦げていく様を、じっと見ていた。
これで……あいつが焦げるのを見るのは、2回目やな。
じっくり見たのは今回が初めてやったけどな。
あいつが自分で灯油被って、ほんでライターつけるところは最高やったわ。
火つけるとき怖がって手震えてたで!自分が現実で火ぃつけた時は迷わなかったんやろ?
自分の事になると、自分が大切になるんやな。
あー醜い醜い。
俺の母ちゃんと弟が死んだのは……紛れもない事実や。外に様子を見に行ってる間に、うちの家まで引火して……家族が目の前にいたのに、建物が崩れて、瓦礫で前に進めなくて、柱は燃えてて……助けに入ろうとして、何度も何度も飛び込んでも……弟にすら手が届かなくて。声が消えて。母ちゃんも焼けていくのを……溶けていくのを、ただ……見てることしかできなかった。
助けな!と思って、少し足を踏み入れたらすぐに引火して、自分の服が燃え上がって……あぁ……もうあかん、俺も終わったわ、って諦めた。
そのとき―。
振り返ると俺の家の前で、灯油タンク持って……呆然と立ってた、あの金髪のバカがいた。
瞬時にわかったで。
―こいつが、やったんや。
もう無意識やったな、俺は腕を引っ張って、もう半分崩れてる自分の家に、無理やり引きずり込んだ。そいつは放心状態で、何もしてこんかった。だから…もう引火して肌まで焼けてきた俺の拳で、渾身の一撃を喰らわせた。
せめて……せめてお前も、一緒に連れてったるわ……。
やり返しは良くない?
だからって殺して良いわけがない?
正義??
はは、……んなもん、どうでもええわ。
俺が、生き返れればよかったんや。
あいつに……生き返る資格なんか、ない。
結果なんて最初からわかってた。あいつらを観察してればすぐ分かる。
何かしらを抱えてる奴らが集められたんや、俺を含めて。
本物の善人は居なかったんとちゃうか?
だから、ああやって醜く争わせて、醜い処刑をして。
気づいてれば攻略できるゲームや、こんなもん。
そしてジュンが、完全に燃え尽きるのを見届けた。
思ったよりも人間が焦げていくのに時間がかかるんやな。
皮膚が炭っぽくなって、海老みたいに丸まってるわ。ベルトが溶けたんかしらんけど、ちょっと金属が張り付いてるんかな。
ちゃんとこいつは、死んだ。
ジュンの言葉で言えば、"罪を償った"、でええんかな?
良かったな、ちゃんと償えてるで。
満足した俺は、ゆっくりと呼吸を整えると、一度目を閉じた。
―――
カラスがカァカァ、と鳴く声で俺は目覚めた。
―気がつけば、公園のベンチ。
あれ……?
さっきまで……ジュンの焼けてた姿、見てたはずやねんけど……。
何回も繰り返して見てきた……血生臭い光景が、まるで嘘みたいに……。
木々の音。
車の走る音。
子どもたちの遊ぶ声。
え、ほんまに……、
全部……現実に、戻っていた。
今までのは夢……?いや、違う。
全部、覚えてる。
あの……趣味の悪い番組で、見せ物にされてたことも。
立ち上がって、手をグーパーする。自由に腕も足も動かせる。
少し肌寒くも感じるが、寒すぎない。木から茶色の葉が落ち、風に吹かれて飛んでいく。
そういえば秋が近いからって、母ちゃんがこの新しいトレーナー買ってくれたんやっけ。緑色は純平に似合うで!って。
鼻で空気を吸い込んだ。
肺いっぱいに、そしてわざと音をたてて息を吐く。
木の匂い、土の匂い。少しだけアスファルトの匂いまで。
ああ、それでも全部、全部、空気が、うまい……!
次に数歩、歩いてみる。
公園の砂利に足がついているだけでも嬉しい。
スニーカーでざりざりとしてみると、ちゃんと砂の音がなる。
日が暮れかかってる太陽、空に浮かぶ雲。
座っていたベンチにも触れてみると、ちゃんと木製の触り心地だ。
公園の奥では子供たちがボール遊びをしていて、俺の後ろにある道路は排気ガスを出して車が通りすぎる。
弟が公園デビューしたのもここだった。
目先に無人のブランコ。
俺の目には弟を載せて、俺が足を端っこに乗っけてこいでやって…勢いつけ過ぎて母ちゃんに怒られちゃったっけな。
一緒にむくれたけど、また隠れてやってたしりて。
そのブランコに近づいて触れてみる。ちゃんと鉄の持ち手、俺には少し小さい座る所。
ちょっと座って漕いでみる。
漕ぐたびにぶわ、っと風が俺の髪をきっていく。あの頃と同じ。
風が気持ちい…!!
あぁ、どれも、確かに……本物や!
やったんや……。 俺……ほんまに、生き返ったんや……!!!
ちゃんと、現実に戻ってこれたんやーーっ!!!
目をぎゅっと瞑り、嬉しさを噛み締める。
くぅ~っ、と拳を握りしめて思わず地団駄を踏んだ。
目を開くと一人ではしゃいでる事に恥ずかしくなって、ごまかす様に俺は上に手を挙げて体をぐっと伸ばした。
それにずっと拘束されっぱなしやったから、体を伸ばせるって、これだけで幸せや!!
自分の鞄もベンチにあり、その中にはちゃんとモバイルバッテリーが刺さっているスマホがあった。充電もされていて、ちゃんと電源はついた状態やった。
誰かに喜びを話したいと思って、通話アプリを開く。
が、………何かがおかしい。
「あれ?友達、おらん。0人ってどういう事や?」
通話アプリでは100人ちょいは登録してた筈。いつもクラスで連絡とってたり、母ちゃんとも連絡を取ってたから。
データが消えたんかと思って、電話帳を確認した。
―登録者、0人。
なんで?なんでや??
壊れてしまったんか?
公園を出ると道路には下校中の小学生や、スーパーの帰りの女性が歩いている。
俺は普通の光景にじぃん、と感動さえした。
…あ、母ちゃん!弟!家におるかな?
スマホの事は一旦置いておこう、修理屋に見てもらったらええわ。
まずは家や、家に行こう!!
あのクソな番組のせいで久々に感じるわ。でも、俺は勝ちとった。
ちんけな奴らを落として、実力で勝ち取ったんや、今、会いに行くで!
地図がなくても感覚で行けそうやった。
ご丁寧に公園は、仕組まれていたかのように家の近くにあったから。
足取りは軽く久々に走るような気がして、それすら爽快だ。
すぐに家の近くに着いた。
「ん?……なんでこの周りだけ、変わってるんや……?」
記憶にある景色が、変わっている。
それも、俺の家や、火事の被害にあった場所だけ、外観が変わっている。
自分の家の表札を見ると、違う苗字がかかっていた。
ずっと住んでた家やなくて、……綺麗な家。
あれ?場所間違えた?
電信柱や地図アプリで場所を確認するが、絶対にここだ。
咄嗟に、俺の家だった家のドアを叩く。
「すみません!すみませんー!!」
ガチャ、と扉が半分だけ開き…顔をのぞかせ出てきたのは、知らない男の人。
「な、なんですか?」
「あ、あの、俺……えっと、前ここに住んどった久我山と言います。あのー、俺の家、引っ越したんか……ようわからんくて……前住んでた人とかの情報、知ってませんか?」
「んー……さぁ。この家は、私たちが結婚したときに建てたんで……もう15年になりますから。そんな前の土地主については……わかりません」
「……15年…!?そ、そ、そうですか……ありがとうございます、すんません」
母ちゃんたち…どこ…??
俺置いて引っ越してしもうたんか?
ここはもう、俺ん家やない。
……時が……経ってる……っちゅーことか?なんや……この違和感。
でも……
はっとして、スマホを取り出す。
時間はしっかりと動いていた。 表示された日時。
……火事の時と、全然変わっとらんぞ?
なんや……?なんでや……?
ふと、MCのあの声が、頭の中に蘇る。
『勝ち残った一名には、生き返れる豪華商品付き!ちゃんと死んだのも……世間は忘れてくれる⭐︎』
嘘やろ?
――死んだのも。
――世間は忘れる。
世間……?
胸の奥に、嫌な予感が走る。
俺はそのまま、学校へと走り出した。
おかしい、引っ越しも転校もしてない筈や。
俺は平たんな道から坂道まで全速力で駆け、汗で髪が肌にぺったりと貼りつく。途中こけそうにもなったが、なんとか大勢
見慣れた高校の門はまだ開かれていて、玄関を突っ切って職員室へ……勢いよく滑り込む。
「すんません!!っ…俺!い、一年の……久我山 純平です!!」
ゼェゼェと息を切らしながら叫ぶと、数人の教員がその勢いに驚いて、入口から一番近い女性教員が椅子に座ったままくるりと向きを変えて、こちらを見る。
「えっと……久我山くん?どうしたの?」
「あの、俺……ここの、この高校の一組なんですけど……名前、ありますか?」
「名前……?」
俺の必死な態度に不審そうにしながらも、その先生は生徒名簿を手に取り、パラパラとページをめくりはじめる。
一組だけじゃない。
二組、三組まで……。
え、え。俺、一組…。
「あの……久我山くん……あなたの名前、ないけど……。どこか、違う学校と間違えてない?」
「……うそや……。ここの、生徒やねん……!制服だって……ほら!見てください!」
後ろを向いてトレーナーを少しをまくり、ズボンのポケットに縫われている小さい校章を見せる。それでも、先生は首をかしげたまま。
嘘や、確かに勝ち抜いてきて俺は生き返って、ちゃんと元の世界に戻れたはずや。だから先生だって、友達だって…!
―友達?
公園で見た、スマホの通話アプリを思い出す。
友達、0人。
「確かにウチのよねえ。……でも、名簿には載ってないしねえ。似たような制服だから……どこかと間違えちゃったんじゃない?ズボン履き間違えちゃったとか」
俺は納得ができず、唾が飛ぶ勢いで質問をする。
「じゃ、じゃあ!転校したとか、そんなデータはないんですか!!」
先生は少し引き気味で眉を潜めながらもう一度、一組の名簿と詳細のページのような所を上から下まで視線を動かし確認する。
「…そうねえ、ないみたい」
冗談を言っているようではないようで、これ以上訪ねても結果は一緒だと悟った。
「そうですか、ありがとう…ございます…」
それ以上……もう、何も言えなかった。
俺は大人しく職員室から出ていき、校門へとぼとぼと向かう。
過ごしなれたこの高校、間違える筈がない。
家だってそうや、あそこには俺の家があった筈。
でも、転校された記録もなかった。俺の名前すらなかった。
……死んだのも……世間は忘れる。
もしかして…あのゲームで生き返れたはずやのに……。
俺の存在自体が……この世界から、消されてるんちゃうか。
いつも鞄に入れている学生手帳を探すと、それはあった。
…だけど、カバーだけはこの学校だが中身は全部白紙。
写真も、真っ白。
「世間が忘れてくれる”って、まさか……“最初からいなかったこと”にされる、ってことなんか……?」
学校の前で持っていた鞄と学生手帳を落とし、俺は、立ち尽くした。
落とした鞄の中から教科書とプリントが散らばった。
風で捲られたページには、何も書かれていない。まるで、最初から中身が存在しなかったかのように。
俺の文字さえ消えている。友達と落書きした覚えのある数学のノートを開いてみた。
しかし、その落書きも、跡形もなく、真っ白。
カァカァ、と電線から一羽のカラスが飛んで行った。
まるで、俺だけをこの世界に置いていったと感じさせる。
あぁ、俺がなかった事にされてる。
なら、…もう母ちゃんも、弟も……存在しない。
生き返っても……戻る場所が、ない。
なんやねん、なんやねんこれ……。
俺が……望んでたんと……ちゃう。
あんなモン見てきて、醜くて計算したり観察したり貶しあったり見せ物になって…。
頭にあの忌々しい視聴者たちのコメントが、脳裏に蘇る。
だが、そこにはモニターもなく、頭で流れていった文字は虚しく消えていった。
そして確かに見た、今までの脱落者の文字、最後俺へ向けた”優勝”という文字。
俺……なんで、生き返ったん…。
誰も覚えてへん…はは、死人に口なしって奴か?笑えへんわ。
勝ち抜いてきたのに。
もう…ただの透明人間やんけ。
でも、もうあのふざけた番組のMCの笑い声もアナウンスも、一切ない。
生き残った筈やのに……戻れたのは、誰も知らん世界やった。
全身の力がストンと抜けて、膝から崩れ落ちた。
母ちゃん……みんなぁ……。
俺は最後に買ってもらった緑のトレーナーをぎゅっと握りしめた。
優勝者は俺のはずやのに。
生き返った先は――俺を知らん世界やった。
――END――




