17話:叶え、守り、救いも罪も
壮絶な光景の後、休憩時間が与えられた。俺は無言で控室に向かう。
もう、あいつらの顔すら見たくない。控室には血の匂いがするはずがないのに、さっきまでの映像が脳内で何度もリフレインして、吐き気がこみ上げる。深く息を吸って、どうにか落ち着こうとする。
天井を見上げても、さっきの光景が鮮明に蘇る。タクヤの暴露、……そして、蘇ってくる忌々しい記憶なんだろうか、あの炎の情景が、重なるように浮かんできた。
「……もう、ぐちゃぐちゃだ」
休憩時間は必要だったはずなのに、逆に苦しい。
光景だけじゃない。どんどん自分の過去が鮮明になっていく。ペットボトルの水を頭からかぶり、両頬を叩く。気合を入れないと。……あれ?俺、何に気合を入れてるんだ?生き返る為?みんなを助ける為?…みんなって、誰?
もう、それすらわからなくなっていた。
頭の中が整理されないまま控室にあるタイマーが残りを刻んでいた。俺はもう自分の意志ではなく、無意識に、自動的にあの地獄の場へと足を運び、踏み入れた。
先ほどの光景が嘘のように、机も椅子もなく、血まみれの手術の痕跡もない。
そんな中、モニター越しにMCの明るい声が響く。
「はーい!いよいよ準決勝でーす!続けて、本日もたくさんのご視聴、ありがとうございます!まだまだ熱い戦いが続きますよ!」
コメント欄が一気に賑わう。
『はじまったーーー!w』
『まずタクヤを落とそうぜ』
『てか落とす奴一択じゃね?』
『地獄の空気』
『ぺー君だけは残ってくれ…』
『次、どんな脱落の仕掛けあるのか楽しみ』
俺、タクヤ、ぺー君、それぞれ無言で席についた。
椅子は当たり前のように俺たちを拘束する。
空気は、どんよりと重い。
「では、開始です!」
MCの掛け声と共に、議論が始まる。
「なぁ」
開口一番、タクヤが口を開いた。
「俺はもうほぼ暴露した。お前らはどうなんだ?もう思い出してるんだろ?そこまでして、生き返りたいか?」
……。すぐに答えられない。頭の中では、あの炎の中を走り回る人々の姿がよみがえる。"水を!""助けて!"そんな叫びが、こびりついて離れない。 思い出してきてしまっているから。
「俺は最初の方に言った通り、ほんまに事故や。火事で家がバーッと燃えてしもうてな……」
ぺー君が、小さな声で言い出す。無理に明るく振る舞うように、笑い混じりで続けた。
「せやから、もう少し生きて、んでたこ焼きぱーっと食って、たい焼きも食いたいねん。あの新しい白いやつとか……また食べたいわぁ」
生き返りたい。こいつは心から、そう願っているんだろう。
「ジュンは?」
タクヤが俺に視線を向けてくる。
「……俺も、火事なんだ。嘘じゃない。まだ完全に思い出せてないんだけど…今思い出したのは、みんなが逃げて、家が崩れて、叫び声が響いて……。俺は何もできなかった。ただ立ち尽くしてた。役に立たない、そんな俺が、生き返るなんて……正直、よくわかんねえ」
コメントが次々と流れる。
『二人とも火事かよ』
『ホントに?』
『つか殺人鬼早く捌け』
俺は視線を落とすが、ぺー君はしっかりと前を向いて言った。
「それより、タクヤさん。俺らの事探ってきたけどな、さっきの出来事、忘れてへんで。ストーカーして、よーすけを追い込んで命奪って。アンタに生き返る資格はないわ。脱落すべきは、アンタや」
コメント欄がさらに湧き上がる。
『それな』
『間違いないww』
『タクヤ落ちろ』
タクヤは小さく息を吐き、天井を仰いだ。
「折角お前らの話を引き出してやろうと思ったに、もう俺の話かよ。……そう、かもな。追い詰めたのは俺かもしれない」
「かもしれないちゃうやろ!アンタや!!」
拘束がなければペー君は今にでもタクヤに人差し指でも向けていただろう。
タクヤは遠い目で、吐き捨てるように言う。
「配信であいつが見ててほしいっていうから、俺は日常の写真とか動画、全部撮って見てた」
「それを盗撮言うんやぞ…」
ペー君の盗撮、には反応せず、タクヤは言葉を続ける。
「ポストに入れた花束、普通に捨てられてた。登録者15万人突破おめでとうって意味だったんだけどな。俺用の歯ブラシも置いて、部屋の中までお前を俺が見てるから、って合図みたいなもんだったけど気付き難かったのか、捨てられてたわ。他のゴミも確認した。俺があげたものばかり。あいつは配信で『誰かに自分を見てほしい』って言ってた。だから俺は……ファンとして、『見てほしい』、それを叶えようとしただけ」
その歪んだ理屈に、俺は頭が痛くなる。けど、この番組に来てから、どこかこういう歪みが"普通"に思えてきた自分も、また怖い。
「でも、ファンとしてのルールは守ってた。直接手は出してないし触ってもないぞ。まぁ…悪戯で…印として、飲み物に入れたことはあるけど」
「は?」
「今回脱落するなら、もう言ってもいいかと思って。あれは…やりすぎたかなとは、自分でも思ってる」
「…なんやねん…その印って、まさか……おいおいおいおい!」
「あぁ、精子混ぜた」
俺はぞわっと、鳥肌が立った。ファンとしてなのか、これはファンを超えた執着なんじゃないか。ただの憧れじゃなくて、自分の好意、それにどうにか気づいてもらおうとしているようだ。
コメント欄は大荒れだった。
『普通にサイコパス』
『変態wwwww』
『いや最初から犯罪なのよw』
『それがこの番組の良さ』
『あえてタクヤ残そうぜw』
「登録者が増えていって、よーすけは俺のスパチャしか見てくれてない。少ない額だと読まれやしない。だから親のクレカまで使って投げ銭してたのに」
タクヤ虚空を見つめて言葉を続ける。
「控室入って俺のIDも言った。「誰?」って。体の血か抜けていく感覚になったわ。コメントも沢山してたのに。でも、「わからない」とか…。俺はあいつの全部を見てきた、LSDを使ってトリップしてる所も、中毒にまでなってる所も。俺が一番見てきたんだ。けどもっと配信を見たい、だから他の人に知られて捕まる前に、俺が先回りして守ってやった」
親のクレカ、…取り返しのつかない所まで、金額を突っ込んでいたんだろう。自分のバイト代だけじゃ足りない、そんな額。俺にはさっぱり想像もつかない。
俺はタクヤが自分の話をこんなにしているのを初めて見た。現実ではずっと静かで、あまり自分の事を言わない、そんなタイプだった。
「このクソ番組に来てから、よーすけがぬいぐるみになりたいって言ってたのは、控室に入ってすぐ思い出した。あいつに誰かわからない、って言われても俺は我慢してあいつの願いを叶えようと思ったんだよ。…よーすけもその願いを思い出してたみたいだったし。逃げないようにぶん殴って模様作ってやった」
「ほんなら早く脱落させてぬいぐるみにしたったら良かったやないか」
ペー君が眉間に皺を寄せながら敵意丸出しでタクヤへ向く。
「…少しでも、一緒の空気を吸っていたくて」
「だから自分、変にせっかちやったんか、おかしいと思ったわ…正味、気持ち悪いわ」
タクヤはそんな事も気にせず自分の拳へ視線を落とす。
「…やっと、実物に触れられたんだ。この拳だけでも」
「考えが狂いすぎや!」
「現実でも、こっちでも願いを叶えてやった。……さっきやっと”本物”が完成したのにな」
よーすけが回収されていった番組セットの床へ視線を送る。
俺は静かに言った。
「お前さ、さっきから"叶えてやった"、"守ってやった"って…それは本当によーすけが望んでた行為なのか?聞いてるとさ、…してやったって、お前の一方的な押し付けにしか聞こえねーよ」
タクヤは小さく息を吐いて俺から目を背ける。
「だからあいつはトリップしながら追い込まれたんだろ?お前は自分がした行為を正当化してるだけだ、実際お前がそんな行為してなけりゃよーすけは…」
「うるさい」
言葉を遮断するように、低く、あくまで冷静な強い声が通る。それは大きな声でもないのに、俺は言葉が止まった。
「最期だってよーすけは喜んでた、俺は警察からも守ってた、何が違うってんだよ」
「全部だよ!お前のやり方、全部!やり方さえ間違えなければ普通のファンで居られたろ……!」
「…でも、よーすけは最期に俺にありがとうって言ったぞ」
「それはお前が現実で殺して、ここであいつは更に狂ってお前が殺した。……満足したかよ、あいつが自分の物になったってのは」
「別に俺は、あいつを自分の物になんか……」
否定しようとする言葉が濁っては空気へ消えていく。
それが答えであって、こいつの本心だろう。
少しの沈黙の後、弱い声が聞こえた。
「俺は……、ただ、気づいて欲しかっただけなんだ…」
もうコメント欄を見ている暇も気持ちもない。
俺は目の前のこいつと友達だった身として、気持ちをぶつけあわないといけない気がするから。
「タクヤ……これは視聴者が決めることだけどさ。俺、お前にはちゃんと罪を償ってほしい。もう自覚すらできないくらい、お前、狂ってるよ。だから……友達だった俺が、お前を止めなきゃならないと思う」
「……友達だった、か」
タクヤはまだ目を合わせようとしない。
「…じゃあお前らは火事の事故同士、どうやって決着つけるつもりだ?お互い被害者で可哀想、同情の取り合いか?友達だから一緒に生き返ろうって平和に終わる?」
相変わらず落ち着いた声で言い放ち、漸く視線をこちらに向けた。
自分が脱落しかけているのに、まるで他人事だ。
「ど、同情やなくて……次もし残れたら決勝やろ?その時に全部思い出して、真っ向勝負をちゃんとするで?ま、この回で脱落しなければ、の話やけどな。でも、俺はタクヤさんが落ちるべきやと思うで。それは変わらへん」
ぺー君の言葉に、俺も頷く。
「悪い、タクヤ。俺も同意見だ。償え」
ようやく、タクヤの目を見て、はっきり言えた。
ふと、視聴者コメントが見えた。
言い合いに夢中になりすぎて見えてなかった。
『ジュンよく言った!』
『ペー君に全面同意』
『タクヤOUT』
『でもこのまま終わる番組じゃないよね』
『スパチャ少しだけ用意したわ』
そのとき、MCの声が明るく響いた。
「はーい、残り1分でーす!これはタクヤさん不利かー!?視聴者のみなさん、ラストチャンスですよー!ぜひご投票ください!」
タクヤはそれでも落ち着いていた。どこまでも、最後まで。
「俺も友達だとは思ってた。……でも、お前は正義を振りかざして、逃げてるだけじゃないのか?みんなを助けたい、って結局何もしてない、出来てないだろ?事実、お前はここまで、脱落を逃れてきてる」
その言葉に、心臓が跳ねた。
逃げてる……俺が。 正義を盾に、誰かを、何人も、脱落させてきた。いや、させてしまった。 タクヤは目を細め、静かに言った。
「それに生きてた世界って、正義だけで成り立ってるわけじゃないだろ?」
タイムアップのブザーが鳴り、MCがコールする。
「投票終了です! さあ、結果は……!」
コメント欄が爆発的に盛り上がる。
『これは決まり』
『タクヤやろ』
『いや当然すぎるw』
『一択』
『満場一致きた』
いつも通りスタジオに警告音が鳴り響く。
モニターに【脱落者:タクヤ】の文字が表示された。
タクヤは一切動かず、ただ静かに脱落の刑を待った。
ぺー君が、脱落を当然のように受け止め、準備を見ながらぼそっと呟く。
「さっき”一番俺がスパチャで貢いできた”って言ってたけど、なんぼやったんやろ」
よーすけの刑とは全く違い、動揺もせず感想を続ける。
「【1000万】って、簡単にでかい数字出てきたけどタクヤさんが親のクレカにまで手を出して、命をかけながら貢いだ”これっぽちの金額”は、一発で抜かれてしまったやろうなぁ」
椅子がガシャン、と音を立てると目を閉じれなくされる仕組みなのかゴーグルが食い込み、耳には鼓膜まで細い機械が突っ込まれる。機械に覆われてしまったタクヤはぶつぶつと呪文のように歌を口ずさんでいる。
「お星様がキラキラ、お昼に夜に……」
あぁ、あいつの心にはまだよーすけが居るのか。俺じゃなく、最期まで見ていたのはよーすけだったんだな。
そして椅子が遠ざかる中、タクヤは最期に、しっかり俺に聞こえるよう呟いた。
「ジュン……こんな俺でも、友達でいてくれて、ありがとう、もっと、話しておけばよかった」
俺はその声を聞き、唇を噛み、自分の情けなさに、こっそりと涙を流していた。
MCがコールする。
「ではみなさま!お楽しみのこちら、今回は~~ジャジャン!目と耳が痛い痛いですよー☆」
コメント欄でも待機中だ。
『派手じゃないな』
『これ、おもろいかも』
『普通に痛い痛いよw』
そして、急に俺らにも聞こえるような甲高い音が機械から発する。目を覆う機械は中で光っているのだろう、光が少し漏れ出している。
「っう、……あ、あ゛……!!」
俺まで心が痛い。
今まで見てきた残虐な物とはまた別の痛みが心臓を締め付ける。
あんなに余裕そうにしていたタクヤの体が震え出し息苦しそうに拘束具から逃れようと体を捩らせている。手首は拘束具が食い込む程何度も大きく動かし手首が千切れるんじゃないかというくらいに。
それでも尚止まらない音と光、生々しくその体は暴れ出し抜け出そうとするもそれは叶わず、ビクリ、と体の筋肉が反応し、鼓膜が破れたのか耳から血が滴り落ちた。
「がはッ、」
あまりの痛みに体全身とあの長い脚もバタつこうと必死に音を立てて震え、口が塞がらず空きっぱなしになり、顎がガクガクとなっている。涎が垂れてきて、そして目からも血が滴り落ちると、タクヤの動きはピタリ、と止まり力なく椅子へともたれかかった。先ほどまで鋭く指摘をしていたその口からは、泡が吹いており、筋肉の痙攣で指だけがぴくぴくと、動いている。
「あーあ、これで…よーすけの配信も見れへんし聞こえへん。投げ銭も高額に一瞬で抜かれる、これも償いって奴なんか。まぁ、もう配信者もおらんけど」
「皮肉なもんやなぁ」
償い、それを聞くと俺がタクヤを殺した様で、胸が張り裂けそうだった。これ以上狼狽えては涙が止まらなくなる。すっと顔を上げて、床へ回収されていく友達を見ない様にした。
「お前、案外余裕なんだな?」
俺は涙目で涙声だったと思う。それでも、目の前にいるぺー君は顔色を変えていなかった。
「まー、今回は前よりグロくはなかったしな。殺人犯を脱落させるのは当然やと思っただけや。よーすけの時から言うとったやろ。俺の意見は変わらへんかった。…アンタは友達としてだいぶダメージ食らってそうやけどな」
「…」
何も言えなかった、返せなかった。
何かを口に出してしまえば涙が溢れ出てきそうで、今までのみんなの事も思い出して溢れそうで。
必死で呼吸を整え、なんとか涙だけは堪えるが、拘束は解かれずきっと涙だって拭う事さえ許されない。
そうか。
次で最後。
俺は生き返るのか、脱落するのか、もうどうにでもなれという自棄な気持ちにもなっている。
どうせ死んでるんだ、ならタクヤみたいに俺だって逝ってしまった方が楽かもしれない。
違和感すらなかったが、俺は自然と、もう自分が死んでいた事を受け入れていた。




