16話:縫い合わされた1000万円
ストーカーの被害者側が脱落者として選ばれる
――普通ならあり得ないだろう。
でも、今、目の前で票が集まり、脱落準備が着々と進んでいる。
苦しんでいた被害者が先に脱落するなんて本当に狂ってる。いや、その本人すら狂っていて話にならないくらいだけど。この狂った茶番はいつまで続けられるのだろうか…目の前にある大きいモニターに脱落、という事実が決まると俺は毎回手のひらにじわりと汗をにじませてしまう。
派手な脱落案として、俊のアディショナルタイムのときみたいに、「番組的に映える」と判断されたものなら何でもOKなのかもしれない。まるで本物のテレビ局みたいに、小道具も豊富に揃ってるんだろうな。
俺たちのやりとりが数字をとってリアクションで映えさせて、数字稼ぎに必死なのかよ、数字稼ぎもそうだがスパチャ稼ぎなんかにも利用してるのかも…なんて、 そんなことを、ぼんやりと考えていた。
するとよーすけの椅子が、スタジオの地面セットごとガタリと動き、討論席の横にある、画面映えしそうな特設スペースへと運ばれていく。ウイーンと音を出しながら手術台のように背もたれが倒れ、足元が持ち上がり、拘束されたままの彼はまるで「これから手術される患者」のような姿になった。
「おー、どうやってやってくれんのかな?」
よーすけは恐怖よりも、むしろ楽しそうに笑っていた。 しかしその声はもうどこか生気がなく、感情もこもっていないようで。拘束されている中で、ゆらゆらと頭が揺れている。指先は薬でも切れたのか小刻みに震えている。
そしてよーすけはタクヤに言う。
小声だけど確かに聞こえるように、どこか妖艶に。
「ねぇ、じゃあ最期に一緒にやらない?気持ちいい事」
カメラは逃さんばかりにドアップで映し出す。番組のセットの光で反射しているのか、瞳と唇が潤んでいる。
え、
スタジオ内もコメントも一瞬、止まった。
「……LSDは、ここにはない」
タクヤはきっぱりと言った。
LSD……。 チグハグなテンション、突然歌い出す、変に笑う、虚ろな視線。
改めて思う。こいつは重度の薬物中毒だったんだ。
警察に見つかったら一発アウトだろうな。
ちょっと卑猥な事を想像してしまったのは俺だけではないだろう…。
俺が知ってるよーすけは、タクヤに怯えて、俺にまで助けを求めてきたはずなのに。あれが本当の姿だったのか、それとも今、死の直前でも一切怯えないこの様子こそが素なのか。
……正直、もう、どっちが本当なのか、わからない。
モニターに映るMCが、明るく声を張る。
「さあ皆さま、大変お待たせいたしましたー!本日、ぬいぐるみの刑、担当していただくのは!大ファンである~~~タクヤさんです!」
会場に効果音混じりの歓声SEが流れる。
「もちろん!逃げ出しちゃダメですよ~。逃げたら首輪が爆発しちゃいますからね♪お楽しみ、愛のこもった手術タイムッ。良かったですねぇ〜"2人の希望"が叶いますよぉ!」
その一言で、タクヤの拘束具が外された。
タクヤはなくゆっくりと立ち上がり逃げる事なく、手術台によーすけが寝かされているその場所へと近づいていく。
目の前の椅子に視線を落とし、ずっと憧れていたその存在を……真上から、静かに見下ろす。 すると突然、椅子の両サイドから、ナイフや太い糸がせり出してきた。
タクヤは、一瞬だけそれに視線を向けると、何のためらいもなくナイフを手に取った。 まるで、最初からそのためにここに立っていたかのように。
俺とペー君が拘束されている椅から少し距離が離れてしまい、聞こえにくいが、また何やら2人が小声で話している。
よーすけは拘束されたまま、上目でタクヤを捉える。
「…俺ってさ、ここまでしないと、皆に見てもらえないんだよね」
「大丈夫、俺が見てる」
「ほんと?ラリってる俺でも?汚い俺でも?見てくれる?」
「見る。最初から最期まで、俺は見てるから」
「俺のこと、忘れない?」
「忘れる筈がない」
「はは、きっしょー…」
余裕だったよーすけの涙声が微かに聞こえる。
それを宥めるように、そして真っすぐと本気でタクヤは答えを返していた。
視聴者コメントがモニターに次々と流れる。
『私がやりたかった』
『今回一番ぐろ回決定』
『神すぎない?』
『最高のファンサ!!!』
『いけいけ薬中』
ペー君は、その流れ続けるコメントと、目の前で繰り広げられる光景に、一瞬だけ細めた目を伏せた。深く、息を吸い込む。そして目をぎゅっと閉じる。沢山の血を予想してなのか口で呼吸をしているようで、鼻声になっている。
「あかん……俺もう嫌や……見たくない……!自分までおかしくなってまう……」
そんな彼の声も虚しく、MCのカウントが明るく鳴り響く。
「はーいっ!準備が整いましたので、いよいよ、ぬいぐるみの刑――開始です!」
その瞬間、映像は大きく切り替わり、演出が始まった。
――タクヤはナイフとよーすけを交互に見るが、このままじゃ切りにくい、と判断して雑にセーターとワイシャツをナイフで切り裂いて肌を露わにさせる。 よーすけはへらへら笑ったままだ。 白い肌、それをじっとタクヤは見つめていた。
俺は生唾を飲み込む。
出来ればこんな事はして欲しくないけど、止められない。それにこれからタクヤがやる事から目を背けてはいけない気がする。勿論、嫌な予感しかしないが、友達として真実を知ってあげるべきなんじゃないか、って、思ってしまった。
コメント欄がざわつく。
『あああくっそ楽しみ』
『最初からこいつおかしかったもん』
『グロはじまるぞ苦手な人逃げろ』
『しゅきです』
『スプラッタ説あり』
「なぁ、タクヤは俺を追い込んだ、きっしょい最悪のストーカーだったかもしれないけど。…俺の事見ててくれて、…ありがと」
モニターによーすけのへらっとした笑顔。
ラリってない、普通の高校生。
よーすけが声をかけると、タクヤは唇を噛み締め、数秒顔を背けた。
そして言葉には何も返さず、決意を固めたのか、どこから刃を食い込ませようか悩んでから、冷たい刃先をぴたっと肌へつけた。ぴくっとよーすけも反応して、笑っている。その瞬間、手の力が入れられ、その刃先が肌を破った。
「ぐぁ……うっ!!」
俺は目を逸らさず、モニターに映し出される、友達の姿を見ていた。気分が悪くなるのは承知の上だ。でも、タクヤが見てやってる事なら、俺も一緒に見てやる、お前だって本当は辛いんだろう。なら、俺は助けてやりたい。
タクヤは腹の中央へと奥まで突き刺さない程度に調整し、徐々に食い込ませていく。
よーすけのありがとう、という言葉は脳に届いているのか、俺からすれば、タクヤの目は少し満足しているようにも見えた。だから、今行っている手術とやらが楽しいかもしれない。
今までよーすけに相手にされなかったタクヤ。その対象が目の前にいて、話しかけてくれて、自分だけに感謝の述べている。…本当は、こんな状況じゃなければ、この上なく嬉しい事だろうに…。
「痛、いだ、ああ゛ああ゛!!!」
冷たい刃物が皮膚を破って食い込み切ると、次は刃を縦に滑らせ皮膚を開いて、よーすけの腹を二つへと割った。肌は思ったよりもすっと、切れてそこから血がたらり、と垂れたと思えばどんどんと噴き出して椅子を赤く染めていく。止まらない血に、タクヤは動じない。
腹を開けば内臓が飛び出して、流石に素人切りなのか臓器からも出血し、傷ついた血管は口へも血を運び、よーすけが咽た。咽た時に内蔵も一緒に動いたのが、目に焼き付いた。流石に俺は吐きそうになった、気持ちが悪い…。
「み、んな゛、…魅て、る………?」
声にならないような掠れた声で、小さく言った。最後の力を振り絞って頭を少し上げたようだが、流石に限界がきてそのまま全身の力が一気に抜けた。だらん、と椅子と拘束具に体を預けられたその顔も、目が見開いたまま虚ろになっている。
俺がいつしか配信で見たことのある、よーすけとはまるで違った姿だった。
そして、これがよーすけの最期の言葉となった。
「…これ、どうすりゃいいんだろ。捨てればいいのかな」
タクヤは冷静に模索しながら体の中を空っぽにする為に、臓器の繋がりを切っては椅子の外へ乱雑に投げ捨てていく。べちょ、っと音を立てて床へと。
そしてなんとか腹から胸あたりの邪魔な中身は取り除いた。骨は邪魔ではあるが、変に折ると完成した時に形が崩れてしまうと思ったのだろうか、骨には一切手を出していない。
黒いセーターに黒い髪、長身のアイツ、そこにいるのは、俺の友達だったはずの、誰かだった。
ウイーン、と椅子の横から大量に素材となる綿が出てくる。
タクヤはそれも淡々とよーすけの腹などに詰め込んでいき、よーすけの中を満たしていく。出血で綿が縮んでしまい、結構な量を使用している。 切った皮もびろん、と横へと剥がれていたが、丁寧に手を伸ばし、不慣れな波縫いでなんとか切断した部分を縫う。 とてもじゃないが、肌を縫える糸としては太く難しく、皮に針を通すのにも苦戦していた。
「……医者って大変なんだな」
そんな独り言を言いながら、半分空いた口、吹き出す血、白目に近いよーすけの顔を見て、冷静に綿を手に取っては口に詰め込んでいく。溢れそうなところまで入れ終わると、縫い途中の口を縫い直す。なんとか笑ってるようにしたかったが、流石にそこまで再現はできなかった。 最後に白目を剥いた目を無理やり閉じさせ、大き目のボタンを瞼に縫い付けようとする。…しかし、素人過ぎて上手くいかず、出血させながら今にも取れそうな状態で、ボタンも赤く染まってしまったが、完全なぬいぐるみへと仕上げる。
その顔をそっと、愛おしそうに頭から頬へ、ゆっくり撫でてやっていた。
やっと普通に触れられたんだな…こんな安らかな“人形の顔”に。
手術とか殴るとか、そんな事をしないで触れられたのが、今だなんて。
タクヤは先ほど割いてしまった制服を、なんとなくで整える。 ―
「……いいじゃん」
長い一仕事を終えたタクヤは、滲んだ汗を血に染まったセーターの袖で無造作に拭った。顔までよーすけの血が飛び散っているが、まったく気にしていない様子だ。
その一部始終は、ノーカットで生放送され続けていた。施術中、完成後―
―コメント欄は異様な盛り上がりを見せ、
グロい拒絶反応で離脱者が出たはずなのに、コメント欄はむしろ勢いを増していて、リアルタイムコメントは1500件を超えていた。
"完成品"がモニターに映し出されると、MCが大きな声で叫ぶ。
「おおっと! 本日最大金額のスパチャいただきましたー! ありがとうございます!!なんと【1000万円】!!過去最大!!おっと、立て続けに応援が入ってきております、ありがとうございます!いやあ、皆さまのおかげで、スタッフも大変励みになっております!」
視聴者のコメント、普段俺たちを映しているモニター、そして完成品のモニター全てに大げさなお金の溢れるやらしい黄色のジャラジャラとコインがあふれ、カラフルに光っては【1000万円】の文字がくるくると回り派手な演出が表示をされる。
まるで、宝くじに当たったような演出だ。
さらに流れる視聴者コメント。
『金額えっぐwwww』
『うわ、ガチでぬいぐるみ化されてるwww』
『今日の演出、タクヤにボーナスあげて』
『タクヤの手つきが職人』
『保存版きた』
『富豪見てるの草www』
俺は、その血の匂いと光景に、込み上げてくる吐き気を必死で押し殺していた。
しかもこれに1000万円贈るバカが居るのか!?
本当にこの番組の視聴者は頭がおかしい!!!
狂ってやがる!! !
そして、またモニターがよーすけへと移り、あらゆる角度から視聴者、俺たちに見せつける。これこそ世界で1つだけのぬいぐるみですよと言わんばかりに、それこそよーすけの配信のように紹介されている風に見える。
一通りの“よーすけぬいぐるみ”鑑賞が終わったタイミングで、いつものようにセットの床が静かに開き、完成品は下へと回収されていく。
「あ……、プレミア人形だったのに……」
そんな台詞を残し、タクヤは血で汚れた床を名残惜しそうに眺めていた。
まるで、大事な玩具でも取り上げられた子供みたいに。




