15話:『どっち落とす?』
視聴者のコメントも誰に投票するか、いや、正しく言えばどちらに投票するかで割れている。
『えwみんなこれどっちにする?』
『よーすけに一票 お人形』
『まずはストーカーを消せ』
『殺人犯残すのはネタでありw』
俺は悔しさを込めなら言う。
「お前が人殺しってのなら、お前から脱落してもらうのが筋だと思うけど…、正直、脱落して欲しくない気持ちもある。お前はもう記憶が飛んでるかもしれねぇけどさ。…俺たち教室でよく話してたの、覚えてるか?」
タクヤはいつもと変わらぬ調子で返した。
「あぁ、覚えてる」
「俺が教科書全部忘れて、お前の一冊パクった事も…?」
「いやそれは生きてる時に言えよ。お前だったのかよ」
一瞬、怖かった表情が、緩んだ。が、すぐ無表情になる。
「でも、もう俺らは死んでる」
そう言われると視線を落とさざる終えない。話はすぐに切り替えられる。
「先によーすけを脱落させるんだ、その次は俺でいい」
ペー君が鋭い目で睨みにかかる。
「なんでやねん!今の討論だとアンタが一番悪い奴やで?殺人犯って!……あ、ん?でもアンタの死因は交通事故やねんな?よーすけをさっくりやった後に、マジで事故ったんか?」
が、すぐに頭をかしげた。
低い声が鼻で笑った。
全てを馬鹿にしたような片頬が上がり、悪人そのものの顔。
俺はこんなタクヤの表情と態度を見るのは初めてかもしれない。2年間一緒に居たはずなのに、教室で沢山話してた筈なのに、放課後遊んだりもしたよな。そんなこいつの、こんな顔を見るなんて。
「あれは嘘。さっき言った通り、俺はよーすけの横で命を切った。それで良かったんだ。よーすけだって死にきれなかったし苦しそうだった、悪意はない」
「ふざけんな!!殺人しておいて悪意はないってなんだよ!!」
俺は友達に対して喧嘩をするように怒鳴った。唾が飛ぶくらい、腹から心から声を出した。
しかし、タクヤの心には、響いていないようだ。
「俺はよーすけが飛び降りてぬいぐるみになりたいって思ってた事も、死ぬ時も、見てた。ずっと。…だから、今はまず、願いは必ず叶えてやりたい。それだけなんだ。…それに、付け回した行為だって、あいつが隠していた事を、守りたかっただけで…」
「だからと言って人を殺していいってのはまた違う話だろ!見てたなら助けられた筈だ!!救急車を呼んだりさ」
「俺の気持ちがお前にわかるわけない。俺、ずっとよーすけの配信を追いかけたんだ、最初の頃から、俺はずっと見てきて、スパチャ投げて、どんどん成長していって。でも影で応援するつもりだった」
「お前!どこまで馬鹿なんだよ!!」
俺は拘束椅子を揺らし暴れるも、結局は椅子が揺れるだけで殴りにいけなかった。本気で殴ってやりたかった。お前の思考は間違えてる、正しい方に戻ってこいって、友達として、伝えたかった。
…それももう、出来ない。
俺らのやり取りを聞いて、よーすけがぼんやりと低い声で言う。
「そっかー、はは、生きてた頃、追い詰めてきたストーカーって……、タクヤだったのかぁ。ふふ、……随分と陰湿だねぇ……。ま、あの事知ってたなら控室で言ってきた脅し文句としても成立するって事?あっはは、はーーーーー、」
「くだらねー」
しーん、と静まり返る。
俺の叫んでいた言葉よりもタクヤはよーすけに反応しぴくり、とする。
「……でも、誰よりもスパチャを贈ったのは…事実だろ」
「…しーらない。誰から貰ったとか、いちいち覚えてないし」
配信者とリスナーの壁がよく見える。大勢に対して配信してスパチャっていう投げ銭をもらっていたとしても、たかが視聴者の1人。
今、この番組を見て、スパチャが投げられているとしても、俺らは実際に誰1人わからない。そんな感覚なんだろうか。
「でもこの番組の初日から俺に粘着してきて、微かに残った俺の記憶の“ぬいぐるみになりたい”に協力する、ってのを言い当ててから、本当にしてくれるのか?と思ってみたよ。お前が体殴って模様つけたり、口の縫う痛いのも絶えたでしょ?けど、結局、薬は止めろとか言ってまたぶん殴ってくるし、……ふん、何様だよ」
よーすけは体の力をだらーんと抜いて、今度は拗ねて頬を膨らませるが、糸で筋肉が引っかかっているのかうまく膨らんでいないし、不気味。文句を言うが視線はどこへいっているのだろう、俺たちでもモニターでもない場所に黒目がうろうろしてる。
ペー君が話を整理するように口を開いた。
「その、脅し文句って奴はなんやねん。初日からアンタらは確かに怪しいと思ったで、やけど…初日に脅せる事なんてあるんか?」
「…控室でね"お前の薬全部預かる"って。俺の大事な薬をさ、奪って来ようとしたんだよ?ま~じありえない」
「薬?」
「そう、大事な大事な俺の相棒。うさちゃんポーチと一緒だよ」
「なんやねん、それ…?」
ペー君はよーすけだと話にならないと思ったのか、タクヤへ視線を向ける。しかし、タクヤはそれに気づいても口を開かない。俺も疑問に思ったが口をはさめなかった。
タクヤは無表情ながらも、どこか寂しげな顔になっている。悪気がなかったのに怒られている時の子供のようだ。少なくとも、俺にはそうみえた。
何度かタクヤは話そうと口を開きなおし、ようやく口にする。
「…でも、俺はお前を守りたい気持ちもあって……、ファンだから、お前が捕まっちゃうと、もう配信みれないと思ったから、部屋漁って薬を隠そうと思ったり、薬買ってる時だって俺はずっと見てた。お前の周りに敵が居ないかを…」
これも子供の言い訳のようだ。でも、だから、って。
よーすけの手と足が徐々にだが微かに震えてきている。
「…へえ、下調べ、すっご。いいじゃん?最高だよ?カラフルな世界になって、ぬいぐるみも輝いて、俺も輝けるんだ。世界が俺を歓迎しててさ、声が聞こえるんだよ。みんなが見てるよ、みんな楽しんでるよ!って。そんなの手放せない止められるわけないじゃん。薬を使えば、みんなが俺を見てくれるんだもん」
「だから、俺は警察に捕まって欲しくなくて…!!」
「はぁ、うるせーな。お前のストーカー、粘着っぷり、気持ち悪すぎ。だから俺が飛び降りたくなる原因にもなったんでしょ?大好きな配信者を守るつもりがー、壊しちゃいましたー、ってね!おめでとう!!大好きな配信者が貴方のおかげで死にました!大手柄です!金メダル!ぱちぱちぱち!!」
「…っ」
面と向かって言われるとタクヤはその無表情を崩し明らかに悔しそうに眉間に皺を寄せた。今にも泣きそうに見えるが、それは俺の勝手な想像だ。
ペー君がはっとした。
「カラフル…幻聴?薬って、まさか……そっち系の薬やったんか。どおりで…あの弁当の近くにあった砂糖舐めた後、変な夢見たと思ったわ。…げっ、トリップやん…!」
あぁ、トイレでペー君は変な夢をみた、カラフルがどうの、って言ってたっけ。でもそれが薬の効果の一部だとすると、ペー君はひとりでに青ざめて口をぽかーんとさせた。
「よーすけ、お前、薬物依存だったのか…」
「違うよ、依存じゃないの、この子と生きていかないといけないの」
それを依存というんだ、と俺はもう突っ込む事さえできなかった。多分、話は通じない。
薬依存していた事を隠してやりたくて、タクヤの付けて回っていたのも良くないけど、結局はよーすけだって自業自得じゃないか。薬に依存していたのは、こいつ自身だから。……だけど、そんなこいつでも人間だった、俺は見捨てたいとまでは思えない。辛い思いをして、その行動に至ったのかもしれない。どうしても人を除外する事なんてしたくない。
「まぁ、”ぬいぐるみになりたい”、ってのは確かに俺が望んだ事だよ。もう記憶は思い出せてる。序盤で脱落出来てれば、思い出さずに済んだのになー。…だから今回こそ、俺をぬいぐるみにして、完成させちゃおうぜ、粘着ストーカーの、大ファンくん♡視聴者も大喜びだよぉ」
コメントも盛り上がる。
『ジュンとの友情やばい』
『よーすけ落とした方が夢叶うかも』
『狂いすぎてて頭おかしくなりそう好き』
『どうするどっちにする』
『制限時間来ちゃうよ』
「よーすけもそれでいいのかよ…!確かに、聞いてりゃ自業自得だけどよ。俺はお前の事よくしらねーけど、ストーカーされて殺されて、また見せ物にされていいのか!?生きても死んでも、視聴者の玩具じゃねえか…。せめて薬の罪を償えば…」
机を叩きたいが叩けない、拳だけ握って俺は強く叫んだ。
「せ、せや…さっきも言うたけどまず危ないんはタクヤさんやと思う。そこから消した方が討論にもなるんちゃう…?」
ペー君は少し焦ってはいたが、さらっとタクヤを脱落させる方へ賛成していた。俺はまだどっちも落ちて欲しくない。でも今の状況はまずい。
よーすけか、タクヤか、どちらかが確実に落ちる。
「ん-?この展開、最高じゃん。俺は最高の玩具。"魅せ物”であって“唯一のぬいぐるみ”になれる。ねぇねぇ、やり遂げたらいつものちょうだい。あー!ねえ、もうがまんできない、ちょうだい、はやく、そろそろ切れてきた」
へらっとした笑顔の口の糸が解れそうになる。
あぁ、これは…禁断症状って奴か。目の前で見ると人間離れしている表情と目、体の震え。これが拘束されてなかったらと思うとこちらまで害がありそうだ。
「ぴっかぴかでー、お星様がキラキラ♪」
…!あの歌だ。スタジオが暗くなった後に何度か聞こえた幼稚な曲調と声。よーすけが歌っていたのか。
その目はどこを見ているかわからない。
「よ、よ、よーすけも危ないけど、…言うても脱落者ってのは、視聴者が決める事やからな……。俺らがどうこう、もう言うても無駄や」
ぺー君は明らかに引き気味に言った。
確かに、俺たちがどう話し合っても、結局運命はこの狂った視聴者たちが握っている。
「俺が脱落決定した時はぁ~“ぬいぐるみの刑!なんと、あのよーすけがぬいぐるみに!貴重な映像を見逃すな!”なんて、どう?MCさん。あれもはやくちょーだいちょーだい。そんで俺に綿を詰めて縫って、完成するんだ~」
まだ決定していないからなのかMCの返答はなかったが、視聴者コメントで希望の声がどんどんと流れてくる。
視聴者でも意見が割れている。
『ストーカーきもいけど愛がイイ』
『友情表でタクヤ残す?』
『殺人犯は消えろ消えろ消えろ』
『薬中残しても面白い』
『よーすけもう少し見てみたいw』
「どないなるねんこれぇ……!」
俺はもう声の届かない友達の横顔を見つめて言葉を失ってしまっていた。
いくら叫んでも届かない。よーすけにばっさりと言われてから、もう口が動きそうにないくらい、いつものタクヤの空気が感じられない。
お前とは生きてる時に早く喧嘩しておくべきだった。そうしたら、この配信者なんかよりも俺の声を聞いてくれたんじゃないか、…とやり切れない気持ちになる。
MCの無機質な声が響いた。
「はい、タイムアーップ!」
一斉にモニターのコメント欄が、信じられないほどのスピードで流れていく。
『どっち落とす!?』
『いやタクヤやろ』
『ぬいぐるみ刑は見たいw』
『俺は殺人犯推す』
『視聴者の総意はよーすけだな』
『お前らマジでいいのか?』
その文字の洪水に、俺は思わず息を飲んだ。
視聴者たちもまだ言い合っている。
何だよ、これ……。
この空気。この狂った空気。
みんなが、画面の向こうの「俺の友達たち」を、まるで消費されるコンテンツみたいに…指差して、笑って、煽って、投票して、脱落を待ってる。 俺の頭の中に、またあの最悪の映像が浮かびかける。
誰かが叫んで、誰かが苦しんで、誰かが消える。
次も、その次も。
また、あの“悪夢の脱落”が、始まるんだ。
俺は、立て続けに息を吸い込んで、発表までの空気を何とか耐えようとする。
視線を不気味なよーすけに向けると…あの気だるそうな態勢のまま、首をゆらゆら揺らして、まるで自分がショーの主役であることを楽しんでるように、ニヤつきながら集計を待っている。 よーすけ、お前は本当にこんな討論でよかったのか。
思い出した記憶は望んだ死だったかもしれない、でも、生きてるうちに救いの手が1つでもあったとしたら……。この、今は目の前で狂っている高校生が、普通に生活して配信して、笑っていられたのかと思うと。
生き返ってやりなおせ、と言いたい。が、それはみんなに言いたい事。だから誰か1人に言うなんて都合のいい事は言えず、今はただモニターを見続けるしかない。
その横でぺー君はじっとモニターを凝視して、コメントの1つ1つを読むように、目を細めながら情報を集めていた。こいつも案外しっかりしてる。だけど、濃すぎたこの回で、俺と同じく精神は削れてるだろう。
こんな狂った番組、今すぐにでも精神が壊れてしまいそうだ。
……そしてタクヤはモニターではなく、よーすけを、ただ静かに、客観的に、視聴者目線で観察しているように見えた。 いつものように、スパチャを送ろうとしているのかもしれない、コメントを送ろうとしているのかもしれない。
隣の席に座っている筈の2人の間に、スマホの画面が見えるような気がした。
MCが、楽しげに声を張る。
「はぁあああああい!!!!それでは、投票結果が出ましたー!」
そして…スタジオに警告音が鳴り響く。
モニターに【脱落者:よーすけ】の文字が表示された。
「今回の脱落者は……よーすけさんです!!」
セットに、拍手を重ねたような効果音が響く。
『きたーーー本命!』
『配信者の脱落見たすぎて録画決定』
『みたいみたいみたいみた』
『ぬいぐるみよーすけ発売よろしく』
『くっそーーーこっちかよ』
『タクヤじゃねえのかよ!!』
その言葉と告げられる声に、よーすけは言う。
「よっしゃ!この番組で一番楽しませてやるから、みんなスパチャ用意しとけよー」
いつもの気だるそうな声で言うと再びどこにいるかわからないMCへ「ぬいぐるみの刑できるでしょ、よろしくー」と指示を出していた。
タクヤはその結果にモニターに映る脱落者の名前を見て、安堵したように一息をついて肩の力を抜いたのが見えた。
「よかったな、よーすけ…」
俺はなんとなく、この結果になるとわかっていたのに、心がおかしくなっていた。
頭では助けたいと思ってた。でもまた何も出来ずに無情に時間だけが過ぎて行って。
よーすけも生き返ってやり直せばいいと思った。
けど………これでよかったんだ、って心のどこっかで思ってしまっている自分が居た。
そして殺人をした友達、そいつでもなくてよかったと、複雑な心境で一つため息をした。
自分もこの番組に脳が侵されている…。
正気はどこかへ飛んでいってしまったような、そんな気がして血の気が引いた。




