暗雨の丘
丘を登る途中で、緋断の赤く輝く刀身を大きく振りながら清継は喚いた。
「吉家!与一!」
「うっす」「承知」
吉家と与一殿はそれぞれ100程度の武士を率いて北と南に走り出す。
彼らは丘を回り、元康の退路を断つ役目が与えられていた。
残った私たち、主力300名はそのまま丘を駆け上る。
私はちらりと清継を見た。
清継は嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
それにどこか安心して、正面を向き直す。
正行君の形見となった刀を抜く。
緑色の刀身が何とも頼もしい。
これも魔導器としての力を持つ、魔石を練り込まれた刀だった。
緋断の熱に対してこちらは風の魔法を放てる。
ちなみにこのような魔導器一つを買うお金で小さな城が建てられる。
兄弟それぞれにこんなものを与えられるあたり佐登の財力がヤバイ。
こんなものより立派な城の方が役に立つかもしれないけど。
雨の中、私たちは蛮声を上げながら駆け上り、その勢いのまま古土勢に襲い掛かった。
はじめに出くわした武士たちはぽかんとした顔で、私たちを見た。
1人が誰何しようとして、
「止まれ止まれ!貴様らどこの……ぐわっ!」
声を上げたところを清継に斬り倒された。
それを見た者たちが慌てて刀を抜こうとしたが、私たちに襲われて禄に抵抗もできず殲滅される。
「石!」
「へっ」
石を中心とした身体強化があまり強力でない20名程度が西に駆け出した。
彼らは脱出路を確保する任務を与えられていた。
「よし!元康の首を取る!雑魚には構うな!」
馬廻り衆の応ッ!という雄叫びと共に清継は命じた。
「進めぇッ!」
「殿っ!お逃げください!」
具足を着込んだ元康の元に転がるように姿を見せた岡上信元が叫ぶように言った。
雨で全身濡れている。寝ていたところを取るものも取らずに駆け込んできたのだろう。
刀以外はなにも持っていないありさまだった。
苦笑を浮かべた元康は小姓に
「具足を」
と言い、信元の具足を取りに行かせた。
「私のことより殿!ここにいてはなりませぬ!敵がすぐ傍まで!」
「わかっているよ」
元康は頷いた。
「問題はどこに逃げるかだ」
北には先手勢、南には後備えがいる。どちらもかなりの戦力だ。
東は敵が迫ってきている方角だが、その先には迂回した敵の背後に向かわせている横井勢がいる。
西は逃げてもダメだろう。味方はいないし、すぐに海だから追い詰められる。
「しかし早く決めねば……」
「今探りに行かせている。少し待て」
その時、近習が駆け込んできた。
南へ脱出路を探しに行かせた者の1人だった。左腕を抑えている。
負傷しているようだ。
彼は呻くように報告した。
「南は敵勢が網を張っております……!」
元康は頷くと
「苦労。今は休め」
といい、小姓たちに顎で手当をしてやるように示した。
「殿……」
「ああ」
信元の言葉に元康は相槌を打つ。
これで南は危険なルートとなった。
そして北に派遣したものは誰も戻ってこない。
討ち取られたのかもしれない。
北も南も難しそうだ。元康はそう考えた。
この考えは奇妙なような面があった。
佐登勢は圧倒的少数で、丘全体を包囲できるような戦力はない。
元康が手元の手勢を纏めれば、それだけで少なくとも数百となり、北でも南でも脱出できたはずだった。
だが、彼にはまだ襲撃してきた軍勢の全貌がつかめていなかった。
実数の数倍……いや数十倍で考えてしまっていた。
これこそが奇襲、という戦術行動の最大の効果かもしれない。
相手に正確な情報を得、冷静な判断を下すことを許さないのだった。
元康は思った。
しかし、敵の狙いはなんだろう。
このまま正面から(奇襲だけど)襲って俺を殺す事だろうか。
ここまで手筈を整えられる相手ならもう一段なにか仕込んでいないだろうか。
元康は自身に思案を強いた。
こめかみから汗が伝う。
北か南に逃げたところを伏撃(待ち伏せ)するのかも。
北を探らせた連中が戻ってこないのは伏撃でやられたからか。
なら、この正面から迫ってきているのはそこに追いやるための脅しみたいなものか。
狩りで言う勢子と言ったところか。
なら、そちらのほうが案外手薄、ということになる。
うん、と彼は頷くと信元に考えを伝え、直ちに行動を開始した。
信元たちはここまでの元康の実績から、その判断に信を置き、異を挟むことはなかった。
奇襲部隊の主力に、奇襲された側が正面から挑む、といった妙なことが起きようとしていた。
「元康は見つからんのか!」
清継の叫びに答える人はいなかった。
夜間、雨天、といった環境に馬廻り衆たちも混乱し始めていた。
なにせ真っ暗で見通しも悪いので、敵がどこにいるのかがわかりにくいのだった。
下手をしなくても同士討ちしかねない状況だった。
誰かが清継をなだめているのを横目で見ながら、【聴】の札を顔に貼り、目を閉じ、耳を澄ませる。
目で見えないなら音を頼りにしてみる。
近くの清継の声をシャットアウトして、遠くに意識を集中しようとしたとき、濡れた地面をたたく音が聞こえた。足音だ。
1人ではない。複数。
いや、もっと。
音は少しずつ大きくなってくる。
つまりこちらに向かってきている。
「清継!こっちにかなりの数が向かってくる!」
「どの程度だ!」
「わからない!たくさん!」
私は音が聞こえた方角を指し示した。
「隊列を組め!構えろ!」
馬廻り衆は、横隊のような形に何とか集まった。
そこにこちらと同数かそれ以上の一団が姿を見せた。
彼らはこちらに戸惑ったのかやや乱れたように思えた。
その時、その一団の旗印が見えた。
旗印は古土家のもの。
即ち。
「元康だ!討ち取れェ!」
清継の叫びに馬廻り衆は突撃を開始した。
「殿をお守りせよ!」
敵も雄叫びを上げながら速度を増す。
遂に清継は元康と直接の激突を開始した。
雨は上がろうとしていた。




