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少し先の未来の続き

プロローグを読み返してから読んでいただくことを推奨させていただきます。

 笑いが収まると、皆また押し黙って雨の中歩き出した。

 それからしばらく歩き続けると、先頭が立ち止まるのが見えた。


 すぐに伝令が駆け寄ってくる。

 伝令は最近召し抱えた清継の下男だった。

 顔は正直かなりぶ、もとい、あまり整っていないが、周りをよく見ており、細かなことによく気が回せる男だ。

 農民出身だったが、元は没落した武士の家系らしく、弱いが一応身体強化が使えるということもあり、清継が今回の作戦に連れてきたのだった。


 下男はぬかるんだ地面にも構わず平伏すると報告した。

「殿、前方に灯が見えました」

 清継は頷くと、後列に警戒態勢を取るように腕を上げて指示する。

 その命令を近習や組頭たちが小声で伝えるのを見てから下男の方に向いた。

「石、物見せよ」

 その言葉に石と呼ばれた下男はようやく顔を上げた。

 暗い中でもわかる、どこか人懐っこさを感じる醜顔だった。

 彼は「へ、直ちに」とだけ答え、泥も払わず駆け出した。


「はしっこいというかなんというか……」

「あいつは使える」

 呆れを含んだ私の感想に清継はさっと答えると、「降りるぞ」とだけ言い、ひらりと馬から降りた。

「ちょ、なんで」

「馬で近づくとバレる、ここからは徒歩だ」

 そういうと私に手を差し出した。

「………」

 雨の中、頬が熱くなるのを感じながら彼に抱きかかえられるように、馬から降りた。

 ふと周りを見ると、またみんながにやにやと私を見ていた。

「~~~~~~~ッ!」

 なにか言いたかったけど、大声を出すと敵に見つかるかもしれない。

 私はなんとかその衝動を堪えたのだった。

 なんか馬からも呆れた目で見られていた気がする……。



 全員が馬から降りて、隊形を二列の縦列から戦闘をある程度前提にした横にやや広がったものに変えた頃に、石は戻ってきた。


「敵は雨のせいか、あちこち火を焚いたところに固まっているようで」


 寒さを避けるためか、はぐれるのを防ぐためか、はたまた脱走を防ぐためか、敵は少数、おそらく数十名単位で固まっているらしい。


「充分に離れていたな?」

「互いに見えているかもあやしそうで」

「よし」


 清継は丘までの最短ルート上にいる敵にこっそり近づき、殲滅することにしたようだ。

 十人ほどが選ばれ、泥の中を這うようにして敵に近づく。

 そして一斉に襲い掛かると、敵は声を上げることも、もちろん逃げることもできないままやられた。


 安全が確保されたそこに私たちは立ち、古土元康がいる丘を見上げた。

 私たちは雨中、敵の警戒網を突破し、ついに古土勢本陣のふもとへ辿り着いたのだった。





 雨が滴る音が強くなった気がした。

 古土元康は、徴用した民家(住民は古土勢がここに来る前にすでに逃げ散っていた)の中で横たえていた身体を起こした。

 襖をあけて雨空を見上げる。


 明日からの行動を考えるなら、寝れるときに寝ておくべきだった。


 彼の手勢は、先手勢の後詰に向かうか、敵の側面を迂回するか、どちらにせよ大きな運動を行わなければならない。

 運動を、つまり大きな距離を行軍する、そして戦闘を行う(かもしれない)ことは大きな消耗を生む。

 例えば、どこかで隊列からはぐれるものが出るかもしれない。

 足軽の内、いくらかは戦闘の前に逃げ出すかもしれない。

 補給物資を運んでくる小荷駄が、ぬかるんだ道に足を取られて到着が遅れてしまうかもしれない。

 そして単純に皆、ぬかるんだ道を進むことに疲れてしまう。


 そういった塩梅だと司令官である彼も蚊帳の外ではない。

 細かい騒動(トラブル)の報告を受け、対応を指示し、そして先手、後備、そういった古土勢全体の問題にも対処しなければならない。

 思わずため息が出そうになる。

 司令官とはいつの時代も、どんな世界でも過労との隣り合わせの立場なのだ。


 その時、なにか音が聞こえた気がした。

 微かな、金属がぶつかり合うような音。


「なにか聞こえたかい?」

 傍らに来ていた小姓に聞くと、彼は見てまいります、と小走りで駆け出した。

 そういったつもりじゃなかったんだけどな、と頭を掻いたところで、再び音が聞こえた。

 今度ははっきりと。

 怒号も聞こえたようだった。


 先ほどの小姓が駆け戻ってくる。

 許しを得ないまま叫ぶように報告した。


「夜討ちでございます!佐登勢が!」


 一瞬、元康は呆然とした。


 彼も敵の()襲を警戒していなかったわけではない。

 だから直轄の手勢3500の内、2000で警戒網を作り上げ、()襲だけは受けないようにしていた。

 いやそもそも主要な街道上には彼の軍勢がいたはずなのだ。

 それらと接触しないでここに来れるはずがない。ないのだ。


 だが、元康は優秀な漢だった。

 頭を支配しかけた『何故』を一旦、棚に上げることができた。

 一度だけ小さく息を吐くと、できるだけ普段通りに聞こえるように努力して声を出した。


「周りの味方に伝令を出せ。直ちにここの救援に来るように、だ」

 その言葉を聞いた小姓が駆け出すと、別の小姓に

「具足を身に着ける」

 と言った。


 小姓が鎧を持ってくるのを見ながら、この状況にどう対応すべきか、頭を回転させる。

 元康は鎧を身に付けさせながら抗戦の指示を出し始めた。




 佐登勢の奇襲は成功した。


 雨中、夜間という要素も大きかったが、古土勢の意識の問題もまた大きかった。

 元康自身が警戒網をしっかりと築き上げたため、彼を直接護衛していた足軽500、武士1000は予備隊としての意識が強かった、

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という意識だった。


 このことが主将以外の、特に末端の兵から警戒心を奪っており、現実にすぐ対応できなかった。

 彼らは元康ほど優秀でなかった、というべきかもしれない。

 尤もそれを求めるのは酷かもしれないが。


 佐登勢は、古土勢本陣外周部を短時間で突破すると、まだ寝ぼけている本陣中央部への突入を果たしたのだった。

 赤く光る太刀を掲げた主将に率いられながら。

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