雨中の乱戦
弱まった雨に打たれながら両勢力は激突した。
片や雨中の行軍を続けて疲れ切っており、もう片方は混乱の中脱出することだけを考えていた。
結果として激突は、どちらも優位を確保できずにあっという間に混戦となってしまった。
古土元康の脱出を阻止できている、という点では佐登勢に利していたが、そこに総大将である清継が巻き込まれていることを考えると、やはりどちらも、と言うべき状況だった。
混乱した環境の中、私は馬廻りの中でも古参の10名を清継の周りから離れないように手回しをしていた。
その甲斐あってか、清継の周囲はまだ混乱せずに済んでいる。
尤も、全体の状況はさっぱりなんだけど。
「殿!」
古参の内の一人である岩室という武者が、一つの方向を指さした。
そちらには他と比べて多くが固まっている古土勢がいた。
30名程度だろうか。
鎧や兜が立派……他よりも装備がいい。
つまり
「清継!」
私が呼び掛けると彼は頷き、
「者共!我が剣指すほうへ進めぇ!」
そう叫ぶと、赤く輝く緋断を掲げて振り回し、敵集団の方へと振り下ろした。
それを見ていた佐登勢が突撃する。
一度の突撃では崩せなかったけど、二度、三度と繰り返すうちに目に見えて敵の数は減っていった。だが崩れない。
我慢しきれなかったのか、四度目の突撃には清継自身が先頭に立って突撃を……
「ってあいつっ!」
私は慌てて清継の後を追いかける。
何考えているのあのうつけ!
もはや元康に打てる手はない。
なんとか敵を撃退して生き延びるしかない。
彼の供回りは小姓衆と重臣、そして文官たちと僅かな護衛だったが、そのうち半数は既に斃れており、残りも大小の違いはあれど何某かの傷を負っていた。
その光景を見ながら、元康は思わず考えてしまった。
どこで間違えたのか。
東に逃げることを選んだことだろうか。
先手や迂回した敵勢への対処のために戦力を分派したことだろうか。
この侵攻を行ったことだろうか。
それとも天下を抑える、その夢を抱いたことだろうか。
敵による四度目の突撃が始まった。
彼を庇うように敵に立ちはだかった元信が、輝く刀を持った若武者に斬り倒された。
その若武者は、枯れた喉から絞り出すように声を発した。
「古土元康殿とお目見えするが如何か!」
漸く追いついた時には清継は、身なりのよい立派な拵えの鎧を身に着けた青年の前で緋断を構えていた。
「古土元康殿とお目見えするが如何か!」
その問いに青年は、青く輝く刀を抜きながら答えた。
「如何にも」
その刀に、周辺からまとわりつくように水が集まる。
「君は佐登清継君だね。いけないな、大将ともあろうものが直接刀を振るうなど」
刀を構え、機を伺いながら清継は元康を中心に円を描くように横移動する。
「武士一人を遊ばせられるような戦況ではないからな」
その言葉に元康は笑ったようだった。
「なるほど」
それを隙と見た清継は雄叫びを上げながら上段から斬りかかった。
元康はそれを刀で受け止める。
緋断と元康の刀がぶつかった時、刀が纏っていた水が蒸発し、急速に水蒸気が発生した。
その熱と爆発染みた空気圧が清継の腕ごと緋断を弾く。
追撃で腹に叩き込まれた蹴りを受けてたたらを踏んだものの、清継は横なぎに緋断を振るい、なんとかさらなる追撃を防いだ。
「この刀、蛟は水を纏い、操ることができる」
元康は再び水を纏った蛟を構えた。
「そして、こういうこともできる」
元康が蛟を振り下ろす。
清継には届かない間合いだ。
だが清継は横に飛んだ。
「勘がいいね」
清継の肩鎧……袖が半分に切り裂かれて、地面に落ちた。
あれは……もしかして高圧水刃?
高圧で水を飛ばして切断しているの……?
蛟に水を纏わせながら元康は清継の隙を伺う。
「本来、水を再度纏うには時間がかかるんだが……。この雨のお陰だな」
清継も再び、横に移動しながら、なんとかウォーターカッターを避けて懐に飛び込む隙を伺っている。
元康は今度は横なぎに蛟を振るった。
清継はそれを飛び越えるように跳躍。
元康に斬りかかる。
だがその時には水は既に蛟を覆っている。
また小さな水蒸気爆発が起きて、緋断が弾かれた。
熱で相手を切断する緋断ではあの蛟という刀と相性が最悪だ。
清継はそのまま距離を詰めたままの斬り合いを挑んでいる。
援護に向かいたいけど、元康の背後はしっかりと小姓だろう若武者たちが護っているためその隙が無い。
大将同士の一騎討ちを邪魔することは難しそうだった。
いや、もしかしたらできるかも。
私は自らの刀を見た。
元康から見ても、清継は大した若者だった。
この不利な環境でも、こちらに食らいついてくる。
たしかに自分は刀を振る機会は少なくなっていたとはいえ、それでも幼少のころより剣豪に剣術を仕込まれてきたのだ。
打ち合っても先ほどよりも蒸気が発生しなくなってきている。
蛟の様子は変わっていない。となれば、清継が魔導器の出力を下げているのだろう。
水蒸気爆発で距離を開けられる隙を作られたくないと言ったところか。
それだけこちらの飛び道具である高圧水刃を使われたくないと見える。
だが、甘い。
元康は蛟に纏っている水に流れを発生させた。
本来は高圧水刃を放つための予備動作だが、その状態で刀を受け止めれば……
刀にかかった力に引っ張られ、清継の体勢が揺らいだ。
元康は清継に前蹴りを叩き込んだ。
肉体強化込みの前蹴りだ。
咄嗟に肉体強化で守られなければ内腑が破裂しているような威力だ。
振らついた体勢で踏ん張れるはずない。
清継は刀の間合いの外まで蹴り飛ばされた。
再びの間合いで、元康と清継は睨み合った。
高圧水刃は届くが、刀には数歩の踏み込みが必要な距離。
元康は、高圧水刃を放つため水を回転させ始めた。
そして構える。
清継も躱すために脚に力を込めて、微かな動きも見逃さないように元康に集中した。
その時、「清継!」そう若い女の声が響いた。
元康が疑問に眉を顰めた瞬間、突如、蛟を狙って烈風が吹き荒れた。
蛟に纏っていた水が一瞬で吹き飛ぶほどの風だった。
元康は、それでもなんとか蛟を取り落とさなかった。
だが、致命的な隙だった。
清継は蛟が再び水を纏うよりも早く、彼の間合いに踏み込んでいた。
刀が、緋断が今まで最も強く輝きながら振り下ろされる。
元康はとっさに蛟で受け止めようとしたが、水を纏っていない蛟は紙のようにあっさりと切断し、緋断はそのまま元康の鎧と肉体を断ち切った。
元康は前のめりに倒れ込んだ。
激痛が彼の思考を埋め尽くすようだった。
焼かれた傷からは血が出なかったが、いくつかの内腑が斬られたことを激痛が教えていた。
それでも強いて胡坐をかいて座ろうとし、彼は何とかそれに成功した。
もう死ぬのはわかっていたが、首を斬られるときに無様な姿でいたくなかった。
誰が見ているとかではなく、彼自身のためのせめてもの意地だった。
「清継君、君はこのあとどうするのだ」
うつむくような姿勢で、元康は尋ねた。
精いっぱい大きな声を出したつもりだったが、蚊の羽音のようにか細い声しか出なかった。
「天下を取る」
若者は力強く断言した。
「取ってどうする」
「戦のない世を作る。兄弟で殺しあわなくていいような」
そのまっすぐな言葉に元康は笑った。
彼は知っていた。
例え戦がなくなっても人は家族ですら争うものだ。
それどころか大戦の原因は家族の、身内の小さな争いであることすら珍しくない。
だが、そのまっすぐさは彼が喪っていたものだった。
元康は眩しそうに目を細めながら清継を見上げた。
「そうか」
そうして振り下ろされた緋断が、豆腐よりたやすく元康の首を胴体から切り離した。




