蹴りたい背中
「つまり追い詰めた結果、自暴自棄になって暴走されたということだね」
會龍国、水瀬城。
本拠地であるその城にある6畳程度のけして広くない部屋で、古土元康は報告を受けていた。
私室に近い空間なのだろう。
彼は、紺色の緩い小袖を着ているだけで、くつろいだ姿勢だった。
小袖といってもつくりは丁寧で、染物の値段を考えると庶民が娘を質に出した程度では買えない代物ではあるが。
「誠に申し訳……」
謝罪の言葉を重ねようとした重臣、岡上信元をさっと手を挙げて黙らせる。
「いいさ。元々は佐登兼清があっさりやられたせいで急に進めた話だったし」
さらに平伏する信元を呆れたように見ながら元康の脳は急速に回転していた。
上洛……都を目指すには、彼にとって後背である燈鷲はせめて従属した勢力に抑えさせておきたい。
今のところ、前回の清正を斃した戦以前からの謀略はそのために行っていたのだが、結果としてうまくいっていない。
反清継勢力は手早く倒されてしまい、彼と連携することができていなかった。
(まぁあの少年は連携する気がなかったのだろうけど)
ともかく、上手くいっていない細作を繰り返すわけにもいかない。
「しょうがない、燈鷲に出かけようか。準備を頼むよ」
「承知いたしました」
散歩に出かけるような気安さで若い主君は、侵攻準備命令を下した。
重要な下知をこのような気楽さで下す主君に、信元は未だに馴れることができていなかった。
とはいえ、本格侵攻となると準備期間はそれなりにいる。
どんなに急いでも数か月はかかるだろう。
元康は猫のように目を細めて笑った。
「さて、清継君はどう動くかな」
正行君を討ったあと、清継は粛々と戦後処理を進めた。
謀反の実質的な黒幕であることが判明した綾の方は、上牧城の小さな屋敷に幽閉。生涯、外には出すな、ということになった。
清継本人は死罪にしようとしたが、立林様をはじめ、家臣団が諫めた。
女を殺すのは如何なものか、というわけだった。
正行君の家臣たちは、死罪を言い渡された。
とはいっても、ほとんどが彼と一緒に戦場で斃れていたから10名にも満たなかったけど。
宿老だった馬瀬久英殿だけは、正行君に謀反を止めるように諫言した結果追放されたとのことから佐登家への忠節を通したとして、許されていた。
領地に関しては一旦清継が召し上げて、吉家など戦功のあったものに分け与えた。
ということで仕置きは済んで一件落着……とはならなかった。
「清継」
江原城の清継の執務室。
締め切られたそこは薄暗く、清継の表情は見えなかった。
「なにをしているの?」
彼は私が呼びかけても反応は返ってこなかった。
戦後処理を終えた後からだ。
最低限の仕事だけをこなすと部屋を締め切り、誰とも会おうとしなくなったのは。
うつけと呼ばれるほど活動的だった若者は、薄暗い部屋で独り、弟のものだった刀に視線を落としたまま動かなかった。
正直なところここまで落ち込むと思っていなかった、というのが家臣一同の想いだった。
このご時世、家族で殺し合うことが普通に起こりえるのだった。
いちいち、そのたびに落ち込んでいては武士として生きていけない、というわけだ。
私としてはあまり理解できない感覚だけど、清継もそっち側だと私も思っていた。
ともかくこのままだと困る。そう考えた立林様も、一旦朝廷工作を切り上げて戻ってきた平井様も色々手を回したものの清継の気落ちはどうにもならなかった。
正直なところかなりまずい状態だと言っていいだろう。
乱は収まった。
だからこそ、勝ち残ったリーダーは部下に、なにか方向性を示さなければならない。
それはなんでもいい。
自分の野望でも、民の暮らしがよくなることでも。
それこそが組織の方針になるのだから。
でなければ、彼を勝たせたかいがない。
このまま放置すると、誰かが離反する。
そしてそれは次の離反者を生み、その連鎖は取り返しのつかない流れになるだろう。
穴のあいたバケツのように。
まぁ尤も、私としてはそれでいい。
だって、私は無理やり連れだされて付き合わされただけだもの。
このまま実家に……琴平の家に帰ればいい。
大うつけに付き合わされるのはもうこりごりだ。
ごろごろ寝転がりながら本でも読む生活を送ればいい。
だけど私はもう一度彼に声をかけていた。
「いつまでいじけているの。大うつけ」
びくり、と清継の肩が震えたのがわかった。
その様子に何だかムカついてきた。
反応するってことは初めから聞こえてたってことよね?
つまり聞こえていて無視してたってこと?
「おりゃっ」
私は清継の背中を蹴り飛ばした。
昔なんかの賞を取ったとか言う小説のタイトルを思い出した。
そう、蹴りたい背中。
なんて頭のおかしいタイトルだと思ったけど今初めてなんとなく理解できた。
清継は前転するように勢いよく一回転して、仰向けに倒れた。
ようやく目が合った。
「このお転婆っ!なにを」
「なにを、じゃないでしょ!」
怒声で清継の言葉をかき消した。
清継の腑抜けた顔を見たことでイラつきは増していた。
「ほっとけばうじうじうじうじうじうじと!湿気てカビるでしょうがうっとおしい!」
「誰が構えと言った!」
「アンタ自分の立場考えてから言いなさいよ!」
「その立場の相手を蹴っ飛ばしたのがどこのどいつだ!」
「蹴っ飛ばされる方が悪いでしょうが!」
そこからはこどもの喧嘩だ。
掴み合ってごろごろ転がってべちべち叩いたり叩かれたり、引っかいたり引っかかれたり。
そうして互いに疲れきってしばらく畳の上で転がって荒い息を吐いた。
「なにがしたいんだお前は」
清継はどこかなげやりな声でそれだけ言った。
「なにって、ムカついたから」
そこまで言って私はふと疑問に思った。
ムカついた?なににだろう。
失望したなら黙って部屋を出ればいいだけなんだし。
「ムカついた、で主君を足蹴にするやつがいるか」
清継の呆れた声で我に返った。
「ならそれらしいことをしてよね」
「ハッ」
清継は鼻で笑うと、起き上がる。
そして鞘に収まったままの刀を掴むと、上半身だけ身を起こした私に投げ渡した。
「ちょ」
何とか落とさずつかみ取る。
「やる」
それだけ言うと清継は私に背を向けて襖を開け放った。
そこからは、江原の町並みが良く見えた。
「お転婆。古土はどう動く?」
その景色を眺めながら清継は言った。
私は彼の隣に立つと同じ光景を見る。
そこは様々な人が行きかっていた。
市も開かれている。子供も走り回っているようだった。
「もうさすがに内乱の種も尽きたでしょう」
清継はしばらく黙って外を眺めていた。
私は彼の視線を追った。
清継は、子供たちを見ていた。
正行君とそう変わらないだろう年頃の子供たちは笑っていた。
急に先ほど受け取った刀の重みを感じた。
そんな私に気が付いたのかついていないのか、清継は息を吐くように言った。
「力攻めか」
つまり直接侵攻。
勝っても負けてもこれまでと比べ物にならない大戦になるだろう。




