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敗者

 清継の軍勢……馬廻り衆498名は火砕流のような勢いで正行勢の背後へ襲い掛かった。

 正行の武士戦力200は正面にほとんど振り向けられていたため、その勢いを防ぐことは不可能だった。



 島田久秀は、魔王の軍勢のような馬廻衆の暴れっぷりに完全に士気を挫かれていた。

 なんで後ろから。だめだ、防げない。殺される。

「ひ、退け!退けぇ!」

 悲鳴を上げるようにそう周囲に叫ぶと愛馬に跨ろうとした。


 その時、不意に首に痛みを覚えた。

 視線を下に向けると、刃が見えた。

 刀が、喉から生えているのだ。

 何事か、そう問いただそうとしたが声が出ない。

 血がごぼごぼと不快な音を立てただけだった。


 後ろにいるのが誰かを確認したいが、刃で首が固定されているため、振り向くこともできない。

 なんとか目だけを後ろに向けようとした。


「うつけが。今からが本番だろ」


 刃が引き抜かれる。

 躰から力が抜け、立っていられない。


 倒れた久秀の視界に下手人が入った。

 かれを貫いていたのは、少年だった。

 満面の笑みを浮かべている。


 あるべき、動揺も恐怖もない。

 久秀があってほしいと願った狂気すら感じられない。

 純粋な喜色しか感じられなかった。


 まるで何年も会えなかった家族と再会できたかのような。



 刀を引き抜くと、正行は腹に力を込めて大音声で叫んだ。

「逃げるなぁ!逃げる場所などないぞ!」


 足軽たちが怯えながらも自分を見たことを確認した少年は満足そうに頷いた。

 彼は血で汚れた刀で前方の陣地を指した。

「前は塞がれ!」

 そして今迫ってきている軍勢を指で示す。

「後ろには兄さまの馬廻り!どこにも逃げ場などない!降っても無駄だ!兄さまは裏切りを許さない!」

 少年は内心思った。

 どうかな?あの人意外と甘いから案外あっさりと許してしまうかも。

 だが正行は叫び続けた。仮にそうだとしても今は兵を騙すしかない。

 そうでないと一瞬で崩れてしまう。


「生き延びる可能性は唯一つ!ここで私と共に戦うことだけだ!」

 正行は叫びながら頭を回し続けていた。

 兄が勝つのはいい。だけどこのまま()()負けるのも厭だ。


「そちは久秀殿の手勢を率いて敵を防げ!」

 近くにいた久秀の近習に命じる。

 勢いに飲まれてくれたのだろう。

 その名も知らない漢は、その久秀を殺した少年の指示を為すために慌てて駆けだした。


 これでいい。

 正行は久秀勢残余を生贄に捧げることでわずかな時間を稼いだ。


 彼の思考は纏まりつつあった。

 彼には三つの選択肢があった。

 1.ここで囲まれて死ぬまで戦う。

 2.前方の陣を突破。脱出する。

 3.後方の清継直率の馬廻衆を突破し、脱出する。


 1は最期にそうなるだけだ。他の選択肢を試してからでよい。

 2はどうか。仮に成功してもその後がない。なぜなら彼の今の本拠は、馬廻衆の、兄の背後なのだから、突破した後に逃げる場所がない。謀反を起こした他の連中のところに辿り着くにはいくつもの城や砦の勢力圏を通過しないといけない。まず無理だろう。


 正行は一人頷いた。

 うん。やはりそれしかない。兄さまに向かって正面から突撃する。

 上手くいけば兄さまを殺せるかもしれない。


 彼の本音ではこのまま殺されてもよかったのだけど、歴史にただ謀反にしくじった無能と書かれるのも面白くなかった。

 それに。

 彼は自分の元に集まってきた武士たち……彼の馬廻りを見て思う。

 こいつらをただ死なせるのも悪いからね。


 腹を括れば正行の行動は兄のように、もしかすると兄よりも早かった。


「今から兄さまに向けて突撃する。そしてその後そのまま敵勢を突き抜けて帰城する!」


 彼の武士たちは一瞬臆した顔をしたが、すぐにふてぶてしい笑みを浮かべた。

 それが演技にせよ、まことに頼もしい限りだった。

「勝ち目がないと思うか?いくら兄さまの馬廻りとはいえ、後ろに回るにはよほどの無理をしたはずだ。つまり、疲れている」

 なら簡単だ、などと強がっている部下たちを正行は満足げに眺めた。

 死なせるのが惜しくなってきたぞ。

 だが彼は既に決断してしまっていた。


 彼は彼の兄さまがいるであろう方向へと刀の切っ先を向けた。

「よし!続けぇっ!」

 正行は、彼の兄へ……死へと向けて駆けだした。




 結衣のいた場所からはそれがよく見えた。


 彼女に恐ろしい勢いで迫りつつあった武士たちはあっさりと反転し、背後に現れた清継に向けて突撃を始めた。

 清継の手勢のほうが倍はいたから、その突撃はあっという間に対応され、勢いをそがれていく。


 勢いがなくなってからはもうダメだった。

 囲まれて、槍や刀で突かれてどんどん数が減っていく。

 そして見えなくなった。


 吉家だろう。

 長鑓を担いだ武士が首を掲げた。

 勝鬨の声がここまで聞こえてくる。


「終わりましたね」

 同じ光景を見ていた立林様が、そう私に話しかけてきた。

「……ええ」

 私は勝利に沸く軍勢の向こうにいる青年というにはまだ若い男を見た。

 彼もこちらを見ていたらしい、ふと視線が合った。

 彼は……清継はにこりともしていなかった。その顔面にはなにも表情がない。

 勝利に沸く周囲の中でそれはことさら浮いて見えた。


「ええ……確かに……」


 だけど勝ったのは誰なんだろうか。


 少なくとも私の主君の顔は、勝者のそれより敗者に相応しいものに思えた。

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