死守
状況は混沌としている。
防御射撃を突破した敵足軽に、こちらの予備戦力となっていた槍足軽が逆襲。
もみくちゃになって、ともかく敵の突破を防げたと思ったところで敵がさらに武士を投入して突破を図りはじめた。
本来ならこちらも500名もいる武士を投入すべきだった。
だけど彼らは清継の構想のために彼自身が引き連れてしまって、ここにはいない。
代わりに用意した武士戦力は各『衆』の組頭など、下級指揮官である武士を引き抜いた(私や立林様も含めて)30名だけだった。
突破を図っている武士の数は何人?
ここからだとわからない。
武士を投入すべき?それともすべてを捨てて逃げるべき?
混沌とした状況は、人間に判断を迷わせる。
後から考えればわかり切った答えを決断できないことがある。
この時の私もそうだった。
秒単位で決断を下すべき状況だったのに、どちらを選ぶべきかわからなくなって立ち尽くしていた。
「軍師殿、腕が鳴りますな」
立林様が鞘に収まった刀の柄を叩きながら笑った。
私は数瞬その姿をぼんやり眺め……我に返って頭を振った。
そして立林様に感謝の気持ちを込めて頷いた。
小さく息を吸ってから囁くように声を出した。
「私たちは敵武士を叩き返します。総員抜刀」
30の刀を抜く音が響く。
簡単なことだった。
そもそも清継の命令はこの陣地の固守……正直な表現を用いるなら死守なのだ。
逆襲が失敗するかどうかは重要ではない。
結果として、陣地が一秒でも長く保てばいいのだった。
不安そうな顔をしている何人か(その中には信次もいた)に笑いかけてやる。
武士のような、前世風に言うなら体育会系の人間にとって、このような状況で女より不安そうにしていると思われるのは死ぬよりも辛いもの、らしい。
私にはわからない文化だけど。
狙い通り彼らは、は?元々全然余裕だと思っていましたが?というような顔をする。
それに吹き出しそうになるのを堪えながら、私は刀を敵武士たちに向ける。
大きく息を吸う。
「突撃!」
それだけ叫ぶと、私は駆けだした。
後から皆が付いてきているのを感じながら走る。
さっと敵の数を確認する。
どう考えてもこちらの倍以上はいた。
数呼吸で距離は詰まる。
どの敵を狙うかを考える。
強そうな奴はダメだ。返り討ちに合っちゃう。
まだこちらを見ていない敵がいた。
部品ごとに色も形もばらばらでちぐはぐな印象を受ける鎧を身に着けている。
下級武士なのだろう。きっと戦地に落ちている鎧から使えそうな部品を組み立てたに違いない。
叫びながら突進する。
ようやく私に気付いた相手は反応が遅かった。
女が突っ込んできたことに動揺したのかもしれない。
何かされる前にわき腹を目掛けて刀を突き出しながら体ごとぶつかる。
腐っても肉体強化込みでの突撃だ。間に合わせの鎧では防げない。
刃が薄い肉を貫通して内蔵に突き刺さる気持ち悪い感触を刀越しに感じながら敵をそのまま押し倒す。
地面に倒れ込んだ。
衝撃で舞った土の匂いが妙に印象に残った。
そのまま刀を押し込む。
敵が唸りながら、刀を持つほうの腕を掴んで引きはなさそうとしてくる。
私はそれに逆らわず刀を捻りつつ引き抜き、飛び離れた。
敵はなんとか起き上がった。
腹から大量の血があふれ出す。
色も鮮やかな紅色……鮮血だ。
さっきの一撃はどこか動脈を切ったらしい。
それでも敵は近づき、私に向けて刀を振り下ろそうとした。
一歩近寄り、腕を掴む。押し合いになったところで、足払いをかけた。
既にフラフラだった敵はそのまま倒れた。
マウントポジションを取り、首に刀を突き刺し、なんとか止めを刺す。
荒い息を吐く。
一人を倒しただけで疲労困憊だった。
いや一人を倒せたのもほぼ不意をつけたからだろう。
周りを見る。
素直に驚いた。
倍以上はいた敵に押し勝っている。
こちらは組頭以上がほとんどなだけあって、個人の技量では(私以外は)敵を上回っているらしい。
悪鬼もかくやという武士たちの勢いに、遂に敵は逃げ出した。
柵を越えて元居たところ目掛けて駆けだしている。
(なんとかなった……)
私は安堵から大きく息をついた。
だけど。
首を振って考えを追い出した。
それを考えるのはあとでいい。
後退を全員に命じる。
予備陣地に足軽たちを再配置した後、損害の報告を受けた。
射撃部隊は、100名近い損害を受け残数は弓鉄砲合計で300強。
槍足軽たちは900名の内、残り600名。損害が大きいのは、武士との近接戦闘に陥ったのが原因だった。
武士は30名の内、死者10名。戦闘不可能な重傷者が5名。
戦闘可能なのは、15名。
私は確信した。
次の攻撃は防げない。
清継の指定した刻限は、今日いっぱい。
私にできることは、再攻撃がないことを祈ることだけだった。
正行は再攻撃の準備を急がせに急がせた。
その甲斐あって、なんとか今日もう一度攻撃できそうだった。
正行は確信していた。
次で、勝てる。
敵はどうやら武士が少ないらしい。
次の突撃は防げないだろう。
しかし、それはそれで不安が残る。
兄の子飼いの武士は500はいるはずだったのに。
島田久秀に聞いてみたが、彼は「別方面の謀反勢に投入したのでしょう」と笑うだけだった。
(久英が居ればもう少しなにかわかったかもしれない)
正行は宿老がいないかとあたりを見回してしまった。
当然、馬瀬久英はかれ自身が追い出したのでこの場にはいない。
正行は鼻を鳴らした。
まぁいいや。
とにかく今は目の前の敵を倒してしまおう。
その後、考える時間はあるはず。
正行は決断した。
軍配を振り下ろす。
その合図で防弾盾を構えた足軽と刀を持った足軽の組がいくつも前進し、敵陣へと近づいていく。
敵の防御射撃。
何人かが倒れる。
だが、敵の防御射撃は先ほどと比べると弱まっているのがはっきりとわかった。
うん。やっぱり。
これならいける。
武士たちにも突入の準備をさせる。
足軽たちが敵陣に乗り込んだ後に敵の本陣を蹂躙するためだった。
それにしても、兄様に勝てるなんて。
どこか呆気なさを覚える。
僕は兄さまを過大評価をしていたのだろうか。
いやでも。
そのとき、彼を呼ぶ悲鳴が聞こえた。
「若!」
久秀だった。
彼は後ろを……彼の軍勢が来た道を指さしていた。
そこには軍勢がいた。
数はおそらく500程度。
正行の口は思わず笑みの形に歪んでいた。
指物旗は、それが彼の兄さまの軍勢であることを示していた。




