万全の防衛計画
私たちは対古土戦用の準備を開始した。
いや今までも仮想敵は古土だったけど、内乱で予定が狂ってしまったのだからしょうがない。
とにかく城仕え……常備兵の補充と再編を急ピッチで進める。
清継直率で、前回私が陣地防御に投入した「衆」が特に大きな損害を受けていたのだった。
正直、内乱が頻発して格上の大名家と正面からやりあう滅亡寸前の大名家に仕官を希望する奇特な人間がいるとは思っていなかった。
けど、杞憂だった。
応募者が殺到したのだ。
上の考えは内にいるからこそ思うことで、外から見ると随分違ったらしい。
兼清・正行くんの乱は連続したものと捉えられたから、内乱は頻発してないし、古土家との対立は、領地が隣接している以上当たり前。
それに、清継本人は負け知らずの常勝将軍。
それなら、佐登家というより清継個人の上り調子に賭けるほうが自らの出世も望める。
成り上がった家は、急激に拡張した組織を補うために、後から加入したものでも立身出世が望める。これは家という縁戚でポストが決まる社会制度の世の中では貴重な機会なのだった。
さらには、佐登家は武士以外の足軽たちを常備兵として抱えようとしていたから、他の領地から戦乱を逃れてきた流民たちにとっては、たかが命を懸けるだけで家族を食わせられるひどく魅力的な条件に見えた、らしい。
ということで、佐登家は今、採用シーズンなのだった。
大部分は直接清継が面接することはないけど、将来の幹部候補(と思われるほど見込みがあるか、推薦者が大物の場合)は別だ。
清継の前に、一人の若者が平伏していた。
私や何人かの家臣が部屋の壁際に座って見守っている。
名を川宮一成。
清継の乳兄弟からの紹介で、天宮近辺から流れてきた男らしい。
故郷で鉄砲を習い、腕前は確か。
鉄砲に馴れているということは運用方法にも詳しいということで、これは鉄砲の装備率を上げている佐登家としては、高ポイントだ。
「上方から来たということは出身はあちらか」
顔を上げさせた清継が、話を振る。
一成は知性を感じさせる切れ長の瞳を、清継に向けた。
「瑝河の田舎で」
瑝河は天宮の南にある国で、古賀家という大名家の領地となっている。
周囲を山で囲まれているけど、天宮を追われた帝が、一時仮の都とした国でもある。
「なぜ古賀ではなく、佐登なのだ」
「古賀は古い家でございます」
一成はそういうと黙った。
それだけですべてはわかるだろうということらしい。
「古賀は鉄砲に熱心ではなかったか」
「は」
「一つ答えてもらいたいことがある」
頷いた一成に清継は尋ねた。
「攻撃に鉄砲を使うにはどうすればいい?」
鉄砲は攻撃には使えない。
弾を込めるためには立ち止まらなければならない、という致命的な欠陥があるからだ。
私もあくまで防御にしか使っていない。
「野戦で、ですか?」
一成の確認に清継は目で促した。
一成は手を組み蠢かせた。
考える時の癖なのだろうか。
考えていた時間は、十秒もなかっただろう。
「鉄砲上手を何人か回り込ませます」
「回り込ませて何をさせる」
「名のあるものを打たせます」
つまり、側面に回り込ませた射撃が上手い兵に指揮官を狙撃させる、と言っていた。
中世相当のこの世界では、兵は国家ではなく指揮官……大将に付き従っている。
その大将が倒れてしまうと……。
「そうすれば敵は崩れます」
その一成の断定に清継はにやりと笑うと
「わかった」
とだけいうと自ら筆を執るとさらさらなにか書きつけた。
「鉄砲指南役として召し抱えよう」
清継の言葉に一成は頭を再び下げた。
「有難く」
推薦した清継の乳兄弟……清水智弘がほっとした顔を浮かべた。
「上方の伝手も当てにしている」
それだけを言うと清継は一成を退出させた。
佐登家は、正行くんとその家臣たちを喪ったことで開いた穴を新規採用組でなんとか埋めようとしていた。
人材・戦力面はなんとかなりつつあるけど、問題は他にもあった。
どのように侵攻に対応するか……防衛計画の策定だった。
「水際での迎撃はまず無理でしょう」
主要な家臣が集まっての軍議で、立林様がそう口火を切った。
「色々あったため、国境地帯の城の強化が間に合っておりません。敵の数にもよりますが、難しいでしょう」
「予想される敵勢は?」
清継の確認に与一殿が手元の書類を見ながら答えた。
「おそらく2万前後でしょう。それ以上は、東が危うくなるため動かせないはずです」
皆が唸った。
2万。
こちらはどう頑張っても一万いるかどうかなのに。
「お転婆」
はい、恒例の無茶ぶりです。
とはいえ、一応はこうなると思って事前に考えてきたのですよ私は。
「敢えて敵を引き入れます」
即ち、縦深防御。
いくつかの城で、適当に敵を足止めしつつ、陥落する前に夜間などに脱出。
さらに後方の城などの陣地に再配置して時間を稼いでいく。
そして国境地帯は道があまり広くない。
攻め入っているうちに敵は、疲弊しつつ縦長に分散していく。
おそらく先備が1万、中備が5000~7000、後備が3000~5000だろう。
そこを主力が敵の後方に回り込んで、敵の小荷駄などの兵站輸送を妨害しつつ、後方の敵を襲撃する。
5000ぐらいなら、こちらの主力……清継直率の精鋭3000程度が奇襲すればまだなんとかなる数だ。
敵は、包囲される恐怖から後方に下がらざるを得ない。
そうなってしまえば、敵はもう前に進むことはできない。
前に進めば同じことが起きる。
しかし、後方に兵力を割きすぎるとこちらの城を落とせなくなる……こちらは主力を戻してしまえばいいのだから。
ちなみにこの後方への迂回機動は、陸路を塞がれても海上を通過してできるように船を用意することも計画に盛り込んでいる。
時間稼ぎをする城の補強には土嚢を用いて、比較的短期で行う計画も立ててある。
私の説明を聞いた皆が、感嘆の唸りを漏らした。
清継も珍しく感心したような顔をしている。
どやぁ、と私は内心胸を反らした。
おい、誰だ。小さい胸は反らしても小さいぞと思ったやつは(被害妄想)
「他に思案はあるか?」
誰もなにも言わなかった。
「ならばこの策でいく。準備を進めろ」
そうして三か月。
城の補強も、迂回路の選定も、物資の調達も順調に進んだ。
ほぼ準備万端と言っていい。
あとは上手くやるだけ……。
そう江原城で私たちが考えていたとき、伝令が放った言葉がすべてを崩した。
「汐坂を進発した敵勢、三万以上!すでに先手は梶峯城を取り囲んでおります!」
さ、3万以上……!?
つまり敵の後衛も1.5倍ということに……。
……無理では?




