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【歴史if小説】薩摩の風と城山 西郷どんと生きた人生  作者: 松本 俊介


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第3話:甲突川の鰻取り

**『薩摩の風と城山』**

**第3話:甲突川の鰻取り**


薩摩の夏は、肌を焦がすような容赦のない日差しと、むせ返る緑の匂いとともにやってくる。


ジリジリと照りつける午後、俺たち下加治屋町の郷中(ごじゅう)の仲間は、歓声を上げながら甲突川(こうつきがわ)の土手を駆け下りていた。


数えで七つの俺にとって、この川は遊び場であり、自分の度胸を試される小さな戦場でもあった。


「おい、ぐずぐずしとっと、デカかとが全部逃げるぞ!」


先頭を走る西郷吉之助(十一歳)が、バシャバシャと豪快に川へ飛び込んだ。


水しぶきが、夏の光をきらきらと乱反射する。吉之助さぁの上半身は、その歳ですでに大人顔負けの厚みがあった。その背中を追うだけで、胸が高鳴った。


今日の狙いはただ一つ、川底の岩陰に潜む鰻(うなぎ)だ。


薩摩の郷中では、川遊びも立派な鍛錬の一つだった。流れの速さを読み、冷たい水に潜り、素手や竹筒でぬるぬると逃げる大物を捕まえる。それには度胸と瞬発力が要る。


「周蔵、おはんはあの大きな岩の隙間を狙え。泥をかき出すときは下流からじゃ。上からやると濁って、何も見えんようになる」


そう言って助言をくれたのは、一つ上の大久保正助(八つ)だった。


正助は吉之助さぁのように派手に飛び込んだりはしない。だが、水の流れや魚の隠れ場所を見抜く目は、誰よりも確かだった。


「わかった、正助さぁ!」


俺は息を大きく吸い込み、日向で温まった体に川の水を浴びせながら、指された岩の下へ潜り込んだ。


足の裏で川底の丸い石を捉え、両手を泥の中に突っ込む。


「ぬっ……冷たっ!」


指先に、ぐにゃりと不気味なものが触れた。


心臓が跳ねる。逃がすまいと両手で抱え込んだが、相手はものすごい力で身をよじり、ぬるりと指の間をすり抜けていった。


「わっ! ああ、逃げられた……!」


悔しさに顔をゆがめて水面から顔を出すと、少し離れたところで、吉之助さぁが豪快に笑っていた。


「ハハハ! 周蔵、甘か甘か! 鰻のぬめりを舐めたらいかん! 逃げ道をふさいで、首根っこを一息で押さえ込むんじゃ!」


見れば、吉之助さぁの太い両手には、暴れる大きな鰻がしっかりと握られていた。


「すげぇ……!」


目を丸くする俺のところへ、吉之助さぁはバシャバシャと水を蹴って歩いてきた。


「ほれ、見てみい。こいつは精がつくぞ。みんなで焼いて食うんじゃ」


吉之助さぁは誇らしげに鰻を掲げ、それから急に優しい顔になって、ずぶ濡れの俺の頭を、大きな手でゴシゴシと拭った。


「初めてにしては、ようもぐった。最初からうまくいく者はおらん。何度も失敗して、体で覚えるんじゃ。のう、正助」


「そうじゃな。周蔵、次は俺も手伝うてやる。あそこの木の根のあたりに、もう一匹隠れとるのを見たんじゃ」


正助が、涼しい顔のまま、ふっと笑った。


頼れる兄貴分の吉之助。


頭の切れる正助。


二人にはさまれるようにして、俺はもう一度、水の中へ顔を突っ込んだ。


*


その、二度目の潜りのときだった。


木の根の下をまさぐるうち、俺はいつの間にか、岸から離れた深みのほうへ寄っていたらしい。


足の裏で踏みしめていたはずの石が、ずるりと滑った。


「あっ——」


体が、流れに持っていかれる。


川底に足が届かない。水が鼻と口に流れ込み、手足をばたつかせるほど、体は下流へと押し流されていく。冷たい水の底で、光が揺れて、遠ざかった。


(沈む——)


そう思った、そのときだった。


「周蔵ッ!」


雷のような声が水を割り、次の瞬間、首の後ろを、大きな手がぐいと掴んだ。


ものすごい力だった。俺の体は、鰻のように水から引き上げられ、浅瀬の石の上へ放り出された。


「げほっ、げほっ……!」


水を吐きながら顔を上げると、肩で息をする吉之助さぁが、俺の前に立っていた。


「無茶をしおって! 深みに入るなら、おいを呼べと言うたじゃろうが!」


怒鳴り声だった。だが、その大きな手は、小さく震えていた。


「……すいもはん、吉之助さぁ」


涙と川の水でぐしゃぐしゃになった顔で謝ると、吉之助さぁは、ふうっと大きく息を吐いた。


「……生きとって、よかった」


それだけ言って、今度はいつもの豪快な笑顔に戻り、俺の背中をバンバンと叩いた。


「ハハハ! おはんが流されたら、おいは鰻より先に泣くところじゃったわ!」


少し離れたところで、正助が、青い顔のまま、黙って俺たちを見ていた。


*


日が西に傾き、甲突川の水面が黄金色に染まる頃。


岸辺では小さな焚き火が燃え、捕った鰻が串に刺されて、香ばしい匂いを立ち上らせていた。


びしょ濡れの俺は、吉之助さぁと並んで火のそばに座り、二人してがたがたと震えていた。


「寒かか、周蔵」


「……はい」


「ほれ、くっつけ。おいの体は、でかかから温かぞ」


吉之助さぁの大きな体に引き寄せられると、泥と水の匂いに混じって、陽だまりのような熱が伝わってきた。


泥だらけの顔を突き合わせて、焼きたての鰻にかぶりつく。口の周りを煤と脂で真っ黒にして笑い合うその時間は、貧しくとも、何ものにも代えがたい誇りと熱気に満ちていた。


——あの頃の俺たちは、あんな過酷な別れが待っているとは、夢にも思っていなかった。


ただ、目の前の川の流れのように、明日も明後日も、この仲間たちと笑い合って生きていけるのだと、疑いもしなかったのだ。


(第4話へ続く)


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