第18話:最後の「遠行」
**『薩摩の風と城山』**
**第18話:最後の「遠行」**
嘉永六年(一八五三年)——旧暦九月十四日の夜。
秋の冷たい夜風が、伊集院へ続く街道を吹き抜けていく。
下加治屋町の郷中の仲間たちは、今年も、妙円寺詣りの隊列を組んで、夜の山道を歩いていた。
数えで二十三になった俺——周蔵の隣には、二十七の吉之助さぁと、二十四の正助が並んでいる。
少し後ろには、十二になった岩次郎が、年下の稚児たちを励ましながら、胸を張って歩いていた。その隣では、十一の信吾が、兄の背中を、じっと見つめている。
「……周蔵」
足を緩めずに、吉之助さぁが声をかけてきた。
「はい、吉之助さぁ」
「覚えとるか。おはんが九つのとき、この山道で足の豆がつぶれて、泣きそうになっとった夜のことを」
懐かしそうに目を細める吉之助さぁに、俺は、照れくさくて苦笑した。
「覚えておりもす。正助さぁが手拭いを引き裂いて足に巻いてくれて、吉之助さぁが、いろは歌を唱えて歩かせてくれもした。あれがなければ、おいは、あん夜、行き倒れとりもした」
「あの頃は、ただ、必死じゃったな」
正助が、静かに言った。
「あの頃の悩みと言えば、先輩に叱られることと、詮議でうまく答えられるかくらいじゃった。……じゃっどん、いまは、違う」
三人とも、黙って頷いた。
この年の六月。
アメリカのペリーが率いる黒い船が四隻、江戸の入り口、浦賀沖に姿を現した。
「泰平の眠りをさます上喜撰 たった四杯で夜も寝られず」
そんな狂歌が、江戸の町で詠まれたという。上等な茶「上喜撰」を四杯飲んだだけで眠れなくなる、という洒落に、蒸気船の「蒸気」と、四隻の黒船の数をかけたものだ。幕府の権威は揺らぎ、国中が、これまでにない不安に包まれていた。
薩摩でも、磯の反射炉が、この夏、火入れの日を迎えた。だが、煉瓦の質が悪く、炉は思うように働かなかった。俺の帳面にも、割れた煉瓦の数が、積み重なっていた。
(それでも、お殿様は、やめられなかった)
「国の命運が、大きく傾こうとしとる」
吉之助さぁが、重い声で言った。松明の赤い炎が、その大きな瞳に揺れている。
「周蔵。正助。おはんらには、まず言うとかにゃならんことがある」
足を止めずに、吉之助さぁは続けた。
「どうやら、来年の春、お殿様の江戸へのご参勤に、おいも、お供として加わることになりそうじゃ」
胸が、どきんと跳ねた。
とうとう、その時が来たのだ。
下加治屋町という小さな郷中で、甲突川で遊び、錦江湾で泳ぎ、同じ釜の飯を食って育った俺たちの「子どもの時代」が、本当に終わろうとしている。
「兄さぁ、江戸は、遠かか」
後ろから、小さな声がした。信吾だった。
「遠か。じゃっどん、信吾、おいは必ず帰ってくる。それまで、おっかさあの墓と、家のことを、頼むぞ」
「……うん」
信吾が、唇を噛んで、頷いた。
「吉之助」
正助が、前を見たまま、吉之助さぁの名を呼んだ。
「江戸へ行ったら、おはんのその心の深さを、存分に使うてこい。天下の人と交わり、お殿様のお考えを、日本中に伝えてこい」
「正助……」
「薩摩の足元は、おいが固める。おはんが江戸で、自由に動けるようにな」
正助の言葉には、迷いが少しもなかった。
けれども、その「迷いのなさ」が、俺の胸には、なぜか、ひやりと冷たく響いた。
吉之助さぁは、表の舞台へ。正助は、裏の、深い場所へ。
二人は、同じ誓いを胸に、別々の方向へ、歩き始めようとしている。
「……周蔵」
吉之助さぁが、ふと、俺を見た。
「おはんは、どげんすっと」
「おいは……」
少し考えてから、俺は、はっきりと答えた。
「おいは、ここに残りもす。お二人が、どこへ行かれても、つながっとれるように。間に、立っとりもす」
吉之助さぁの目が、ふっと和らいだ。
「……頼もしかな」
「おいからも、頼む」
正助が、短く言った。その声が、いつもより、ほんの少し、柔らかかった。
「岩次郎! 遅れるなよ!」
吉之助さぁが、後ろを振り返った。
「チェストーッ! 遅れてなどおりもはん!」
後ろから、十二の岩次郎の威勢のいい声が、返ってきた。
東の空が、ゆっくりと茜色に染まり始めた。
夜明けの光が、妙円寺の境内を、神々しく照らし出していく。
これが、下加治屋町の仲間が、そろって歩いた、最後の妙円寺詣りとなった。
朝日を浴びて立つ吉之助さぁの背中は、もはや、一藩の侍にとどまらない。日本という大きな国を背負う男の背中へと、変わりつつあった。
俺は、その背中を目に焼きつけながら、静かに拳を握りしめた。
(第19話へ続く)
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