第8話 気づけば開発していた
約五日間、AはAIを使って小説を書き続けた。
最初の日は、アイデアを入力しただけだった。
自分が読みたいと思っていた話の断片をAIに伝え、返ってきた案を見ながら設定を膨らませる。主人公や世界のことを決め、物語の展開を考え、最後にAIへ本文を書かせる。
そのときの工程は、単純だった。
アイデア。AI。小説。
しかし、実際に何話も書かせてみると、文章の癖が見つかった。短文の連続。一語だけの独立行。不要な改行。体言止めの多用。さらに、設定やキャラクターの認識にも少しずつズレが出た。
Aは、問題の原因を考えた。
AIが小説を書けないからではない。必要な条件を、十分に渡していなかったからだ。
次に短編を書いたときは、前回の失敗を執筆方針へ反映した。短い物語に範囲を絞り、文章表現の条件を具体的に伝えた。
結果は改善した。
AIの性能が変わったわけではない。仕事の渡し方が変わっただけだった。
その成功を見て、Aは50話の長編へ挑戦した。
長編では、別の問題が起きた。マスタープロットが巨大になり、毎回すべてを渡すのが難しくなった。情報が多すぎれば、必要な情報が埋もれる。生成にかかるコストも増える。
Aはそこで、マスタープロットの役割を変更した。
マスタープロットは、執筆のたびに使う巨大な指示文ではない。
作品全体の正解を保持する原本だ。
世界設定、キャラクター、全体の構成、各幕の目的、長期的な伏線、最終的な着地点。作品に関する重要な情報を、そこへ集約する。
本文を書くときには、マスタープロットをそのまま渡さない。
執筆する章や幕、数話分の範囲に必要な情報を取り出し、詳細プロットを作る。その詳細プロットを中心に、AIへ本文を書かせる。
マスタープロットから詳細プロットへ。詳細プロットから本文へ。
大きな仕事を、そのままAIへ投げない。処理できる大きさに分け、必要な情報だけを渡す。
そして、設計しただけでは終わらない。
本文を生成したあとには、レビューを行う。詳細プロットに沿っているか。出来事が抜けていないか。人物が設定から外れていないか。前後の話と矛盾していないか。文章が読みやすいか。
問題が見つかれば修正する。
Aは、最終的な工程を一枚のメモにまとめた。
1. アイデアを持つ。
何を書きたいのかを決める。これは人間の仕事だ。AIに案を出させることはできるが、どんな物語を読みたいのか、その方向を判断するのはA自身である。
2. AIと壁打ちする。
アイデアをAIへ投げ、設定や展開を具体化する。AIが出した案をそのまま採用するのではなく、Aが選び、修正し、必要なものだけを残す。
3. マスタープロットを作る。
作品全体の設計を原本へ集約する。途中で設定を変更したら、ここを更新する。全体の基準を一つに保つ。
4. 詳細プロットを作る。
執筆する範囲を決め、その範囲に必要な情報を整理する。本文を書くAIが扱いやすい大きさへ、タスクとコンテキストを分割する。
5. 本文を生成する。
必要な情報と執筆方針を渡し、AIに文章化させる。AIに任せるのは、決められた方向を具体的な文章へ変換する作業だ。
6. レビューする。
生成された成果物を一発で完成品とみなさない。要求を満たしているか、抜けや矛盾がないか、文章として自然かを確認する。
7. 修正する。
レビュー結果をもとに、Aが採用する内容を判断し、本文を改善する。
工程表を見ていると、Aは不思議な気分になった。
最初の目的は、AIに小説を書かせることだった。
だが、実際に作っていたのは、小説そのものだけではない。
アイデアを整理する仕組み。全体設計を保持する原本。執筆単位へ分ける方法。必要なコンテキストを渡す手順。生成物を確認し、修正する流れ。
Aが作っていたのは、AIが小説を書くためのシステムだった。
このやり方は、小説だけに使えるものではない。
ある程度複雑な成果物をAIに作らせるなら、同じ問題が起きる。情報が多すぎる。目的が曖昧になる。途中で設定がずれる。一度の生成で品質を保証できない。
だから、人間が工程を設計する必要がある。
何を作りたいのか決める。情報を整理する。タスクを適切な大きさへ分ける。必要なコンテキストを渡す。生成された成果物を評価する。
AIへ仕事を丸投げするのではなく、AIが仕事をできる工程を作る。
それが、五日間の試行錯誤を経て、Aがたどり着いた結論だった。
Aは完成した長編を読み始めた。
大筋の展開は、自分が考えたものだ。主人公が最後に何を選ぶのかも知っている。結末へ向かう道筋も、マスタープロットに書かれていた。
それでも、細かな描写や台詞は、生成されるまで分からない。
主人公がどんな表情をするのか。相棒がどんな言葉を選ぶのか。何気ない場面に、どんな情景が加わるのか。
Aは、先の展開を知っている読者のように、画面をスクロールした。
最後のページまで読み終える。
自分が考えた物語なのに、普通に面白かった。
Aは文章を閉じ、しばらく画面を見ていた。
以前なら、「こういう小説があれば読みたい」と思って終わっていた。
今は違う。
Aは、生成AIを開いた。
新しい会話を開始する。
そして、最初のアイデアを入力した。
「こういう小説を考えているんだけど――」
物語は、ここで終わる。
しかし、Aの小説生成は、ここからさらに続いていく。




