第6話 設計したのに品質が悪い
新しい方法で、Aは長編の執筆を再開した。
まず、マスタープロットを確認する。そこから、今回の範囲に必要な情報を抜き出し、詳細プロットを作る。その詳細プロットと執筆方針をAIへ渡して、本文を生成させる。
以前とは違い、毎回50話分の情報を読み込ませることはない。
AIが参照する範囲は小さくなった。今回の話で起きる出来事も、主人公や登場人物の状態も、前より明確に整理されている。
これなら、設定迷子は減るはずだった。
実際、設定に関する大きな間違いは減った。主人公が知らない情報を突然知っているような描写も少なくなった。章の目的から外れた展開も、以前ほどは出てこない。
Aは、手応えを感じていた。
情報を整理し、タスクを分ける。
やはり、これでうまくいく。
そう思いながら、生成された本文を読み始めた。
しばらくすると、Aの指が止まった。
プロット上は間違っていない。
必要な出来事も、順番どおりに入っている。主人公の目的も守られている。登場人物の設定が大きく崩れているわけでもない。
それでも、面白さが弱かった。
詳細プロットでは、主人公が重要な決断をする場面になっている。そこが今回の話の中心だった。しかし本文では、その決断が数行で終わっている。
決断に至るまでの迷いも、選んだことによる重さも、十分に描かれていなかった。
Aは、該当箇所を読み返した。
出来事としては正しい。
だが、場面の重点が違う。
Aが読みたかったのは、主人公が簡単に答えを出す話ではない。これまでの経験を思い出し、仲間の言葉を受け止め、それでも自分で選ぶ場面だった。
詳細プロットには、その内容を書いたつもりだった。
しかし、全体の文章の中では、重要度が十分に伝わっていなかったのかもしれない。
別の箇所では、台詞のニュアンスが気になった。
相棒は、本当は主人公を心配している。だが、素直に心配だとは言わず、軽口にして伝える人物として設定している。
ところが本文の台詞は、ただの軽口に見えた。
その裏にある気遣いが弱い。読者には、相棒が主人公を馬鹿にしているようにも読める。
Aは、文章方針を追加して、同じ場面を書き直させた。
今度は、感情が少し分かりやすくなった。
しかし、別の問題が出た。
説明が増えすぎて、台詞の自然さが失われている。相棒が本来言わないような、感情の説明をそのまま口にしていた。
さらに読み進めると、以前の癖も戻っていた。
短い文の連続。不要な改行。一語だけの独立行。短編のときには抑えられていた表現が、長編の本文ではまた現れている。
Aは画面から目を離した。
コンテキストは整理した。
タスクも分けた。
何を書くべきかも、以前より明確にした。
それなのに、本文の品質は安定しない。
Aは、しばらくプロンプトの修正を続けた。
「描写を厚くしてください」
「この場面を重視してください」
「台詞に裏の感情を持たせてください」
「AIらしい表現を避けてください」
指示を増やすほど、文章が改善する箇所もある。だが、別の箇所が不自然になることもあった。条件を積み重ねた結果、本文全体が指示を守ろうとしているように見える場合すらある。
Aは、詳細プロットと本文を並べた。
プロットの内容が、本文に入っているかどうかだけなら確認できる。
しかし、入っていることと、うまく書けていることは別だ。
重要な場面が、重要な場面として描かれているか。人物の感情が、説明ではなく行動や台詞に表れているか。読者が自然に意味を受け取れるか。文体が作品全体で揃っているか。
これらは、本文を生成する前にすべて指定できるとは限らない。
Aは、そこで一つの考えにたどり着いた。
そもそも、自分は一発で完成品を作ろうとしている。
プロットを渡して、本文を生成させる。問題がなければ、そのまま採用する。問題があれば、プロンプトを直してもう一度生成させる。
しかし、普段の仕事では、そんな進め方はしない。
コードを書けば、テストをする。設計書を作れば、レビューをする。動くものができたとしても、要求を満たしているか、想定外の問題がないかを確認する。
なぜAIが作った小説だけ、一度の生成で完成品になると思っていたのだろう。
Aは苦笑した。
情報を整理することは必要だ。
タスクを分けることも必要だ。
だが、それだけで品質が保証されるわけではない。
設計したものを作る工程と、作られたものを確認する工程は、別に必要なのだ。
Aは新しいメモを開いた。
その先頭に、今度はこう書いた。
「生成した本文を、そのまま完成品として扱わない」
続けて、確認すべき項目を書き出す。
詳細プロットに沿っているか。
必要な出来事が抜けていないか。
キャラクターが設定から逸脱していないか。
前後の話と矛盾していないか。
文章表現に、いつものAIらしい癖が出ていないか。
読みやすい文章になっているか。
項目を書き終えたAは、生成された本文をもう一度開いた。
次に必要なのは、執筆用の指示を増やすことではない。
生成された成果物を、別の視点から確認することだ。
Aは、本文のレビューをAIにも依頼してみることにした。




