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第5話 全部渡す必要なくない?

Aは、50話の長編を書くために作ったマスタープロットを見直していた。


そこには、作品全体の情報が詰め込まれている。


世界の仕組み。主人公の過去。仲間たちの性格。敵対する勢力。各章で起きる出来事。長期的な伏線。終盤で明らかになる秘密。そして、最後に物語がたどり着く場所。


これを一つにまとめたこと自体は、間違いではない。


むしろ、まとめておかなければ、途中で設定がばらばらになる。最初に決めたことを忘れたり、後から思いついた展開と矛盾したりする。作品全体の基準になる文書は必要だった。


問題は、その文書を本文を書くたびに全部渡していることだった。


Aは、第20話を書く場合を想像した。


第20話に必要なのは、主人公が今どこにいるのか、誰と行動しているのか、何を知っているのか、今回何が起きるのか、といった情報だ。第45話で明らかになる秘密を知っている必要はない。少なくとも、細かな展開まで渡す必要はない。


もちろん、未来の情報がまったく不要とは限らない。伏線を自然に置くためには、先の展開を意識した方がよい場合もある。


しかし、50話分の情報をすべて同じ重さで渡す必要があるのかと考えると、やはり疑問が残る。


Aはメモに書いた。


「必要な情報だけ渡す」


簡単な一文だった。


だが、実際にやろうとすると、何を残して何を削るのかを決めなければならない。


マスタープロットは、本文を書くための指示書ではない。


作品全体の正解を保持する原本だ。


Aは、そう定義し直した。


マスタープロットには、世界設定やキャラクター情報、全体の構成、各幕の目的、長期的な伏線、最終的な着地点を残す。途中で変更があった場合も、まずはここを更新する。


ただし、実際に第20話を書くAIへは、そのすべてを渡さない。


代わりに、マスタープロットから執筆範囲に必要な情報を取り出す。


Aは試しに、第1章から第5章までの内容を一つの資料にまとめた。章全体の目的。各話の役割。登場人物の状態。そこで明らかになる情報。次の章へつなぐ条件。


さらに、第1話から第5話までの執筆に必要な情報を、別の詳細プロットとして整理した。


その資料には、今回の話で起きる出来事を時系列に並べた。主人公がどこから始まり、何を見て、誰と会い、何を選ぶのか。場面ごとの目的と、描写してほしい要素も書き加えた。


以前のマスタープロットにも、出来事は書かれていた。


しかし、全体の中に埋もれていた。


詳細プロットでは、それを実際に本文へ変換する範囲に集める。AIが今見るべき情報を、最初から整理しておく。


構造を図にすると、こうなる。


マスタープロット。


その下に、章や幕単位の詳細プロット。


さらにその下に、各話の本文。


Aは、資料を作りながら少しずつ感覚をつかんでいった。


マスタープロットは、作品全体の地図に近い。どこへ向かう物語なのかを示す。


詳細プロットは、今回歩く道の案内だ。すべての道を載せる必要はない。いま歩く範囲で迷わないための情報があればよい。


本文は、その案内を使って実際に進んだ結果としてできる。


これなら、毎回巨大なマスタープロットを渡さずに済む。入力する情報が減るため、コストも抑えられる。何より、今回の本文に必要な情報が埋もれにくくなる。


Aは、第20話用の詳細プロットを作ってみた。


そこには、主人公の現在の目的と、今回起きる問題が書かれている。主人公が知らない情報は、当然、主人公の認識としては書かない。伏線として必要なものは、読者にどの程度見せるのかを区別する。


細かな台詞までは決めていない。


AIに任せられる部分は残しておく。Aが決めるのは、物語の方向、場面の役割、人物の状態、外してはいけない条件だ。


この資料を使って本文を生成させる。


返ってきた文章を読んで、Aは以前よりも内容を確認しやすいと感じた。


何を書くべきかが絞られているからだ。マスタープロット全体を眺めながら、どこまで反映されたかを探す必要がない。詳細プロットと本文を見比べれば、抜けている要素や、強調しすぎた部分が分かる。


Aはそこで、普段の仕事との共通点に気づいた。


巨大な要求を、そのまま一つの作業として渡さない。


上位の設計から、実際に処理できる大きさのタスクへ分解する。各工程には、その作業に必要な情報を渡す。そして、上位の成果物を基準にして下位の成果物を確認する。


小説を書いていたはずなのに、やっていることはシステム開発とよく似ていた。


Aは少し笑った。


自分は、文章を書くのが苦手だからAIを使い始めた。ところが、AIに小説を書かせるために、いつものように工程を設計している。


最初は「AIに全部書いてもらう」つもりだった。


しかし、実際には全部を渡すのではなく、何をどこまで渡すかを考えなければならない。


Aは、マスタープロットの冒頭に新しい説明を追加した。


「この文書は作品全体の原本であり、毎回の執筆にそのまま使用するものではない」


保存ボタンを押す。


これで、長編を安定して書くための方法が見えた気がした。


Aは、第6話以降の詳細プロット作りに取りかかった。


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