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第4話 じゃあ50話を書こう

短編をいくつか完成させたAは、次の目標を決めた。


もっと長い話を書いてみる。


目標は、50話前後だった。


短編では、主人公が一つの問題に向き合い、数話のうちに決着する。だが、長い物語なら、主人公が成長する時間を描ける。仲間との関係も変化させられる。最初に出した小さな情報を、ずっと後になって意味のあるものとして回収することもできる。


Aは、長編ならではの展開を考え始めた。


主人公。仲間。敵対する勢力。舞台となる世界。物語の最初に起きる事件。中盤で明らかになる秘密。各章の終わりに置く転換点。そして、終盤の決戦とエピローグ。


短編のときより、考えることが多い。


Aは、思いつくたびにAIへ投げた。


「この人物を仲間に加える理由を考えてください」


「第一章で出した情報が、終盤で別の意味を持つようにしてください」


「主人公が勝つだけではなく、一度選択を間違える展開にしてください」


AIは、それぞれに案を返した。


Aは採用するものと、採用しないものを選んだ。足りない部分を指摘し、展開をつなぎ直す。会話を重ねるたびに、物語全体が少しずつ具体的になっていった。


やがて、マスタープロットができあがった。


Aはその文書を開き、上から下まで眺めた。


長い。


短編のときに作ったものとは、明らかに違う。登場人物の一覧だけでもかなりの量がある。世界設定、各章の目的、伏線、人物の認識の変化、最終的な着地点。すべてを一つにまとめた結果、スクロールバーが小さくなっていた。


それでも、Aは満足していた。


これだけ整理されていれば、本文も書けるはずだ。


Aは第1話の執筆をAIへ依頼した。


マスタープロットを渡し、今回の話で起きる出来事を指定する。さらに、前回の短編で効果があった文章方針も加えた。


返ってきた本文を読んで、Aは納得した。


大きな問題はない。


次に第2話を書かせる。第3話、第4話と続けていく。


数話のあいだは、順調だった。


しかし、執筆を進めるにつれて、Aは一つの疑問を持つようになった。


毎回、マスタープロットを全部渡している。


もちろん、本文を書く話数の指定は変えている。だが、作品全体の情報を毎回読み込ませていることに変わりはない。


Aは第10話の依頼画面を見ながら、ふと手を止めた。


「これ、毎回全部渡すのか?」


疑問に思ってから、実際に必要な情報を考えてみる。


第10話を書くために、第40話の細かな会話まで必要だろうか。最終決戦の詳しい手順を、今のAIが知っている必要はあるだろうか。


もちろん、長期的な伏線や最終的な目的を知っていた方がよい場合はある。しかし、すべての情報を同じ濃さで渡す必要はない。


Aは、それまであまり意識していなかった問題に気づいた。


情報が入っていることと、情報が有効に使われることは別なのだ。


マスタープロットが大きくなれば、そこには重要な情報も、今の場面には関係のない情報も含まれる。AIがすべてを参照しているように見えても、必要な内容が埋もれる可能性がある。


さらに、現実的な問題もあった。


毎回、巨大なプロットを入力し、長い本文を生成させる。そうすると、使うクレジットも増えていく。


最初は遊びだった。


多少の消費なら気にならない。しかし、50話分を同じ方法で書くとなると話は変わる。1話ごとの処理が大きければ、全体のコストも積み上がる。


Aは、使っている環境を確認した。


短編を書くときは、多少効率が悪くても問題にならなかった。だが、長編では、同じやり方を続けること自体が負担になる。


そこでAは、執筆環境をLuna中心の運用へ切り替えることにした。


処理を軽くし、コストを抑える。


しかし、モデルを変えただけでは、根本的な問題は解決しなかった。


巨大なマスタープロットを、毎回すべて渡している。


この構造が変わっていないからだ。


Aは画面を閉じずに、マスタープロットをもう一度見直した。


その文書には、作品全体に必要な情報が確かに入っている。だからこそ、執筆のたびに使いたくなる。


しかし、原本として必要な情報と、本文を書くために必要な情報は、同じではないのかもしれない。


Aは椅子に座ったまま、仕事で扱っている設計資料のことを思い出した。


システム全体の設計書を、そのまま一つの作業者へ毎回渡すことはない。大きな要求は、担当する範囲に分ける。必要な情報を整理し、その作業に合わせた資料を渡す。


小説でも、同じようにできるのではないか。


Aはそう考えた。


ただし、まだ具体的な方法は見えていない。


50話の物語を、どう分けるのか。


どこまでの情報を残し、どこからを省くのか。


マスタープロットを、本文を書くための指示ではなく、別の役割で扱えるのか。


Aは新しいメモを開いた。


その先頭に、短い一文を書いた。


「全部渡す必要はない」


書いてから、Aは少しだけ笑った。


小説を書いているはずなのに、考えていることは完全に仕事の問題整理になっていた。


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