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陰キャでぼっちの俺が、なぜかクラス一の美少女委員長に好かれている件〜しかもツンデレ妹まで可愛いんだが、これってもしかして俺モテ期来てる?〜  作者: 伊太利式焙煎珈琲


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7話

 奈々の家から自宅に帰ると、家はいつも通り静かだった。



「ただいま」


 空しく俺の声だけが廊下に響く。

 返事はない。分かってたけどな。


 

 一旦自室に戻って荷物を置き、キッチンに向かう。


 


 冷蔵庫を開けて、適当に中を眺める。

 ……腹は減ってるけど、今日はそれどころじゃない。


 さっきのことが、頭から離れない。



 あと一歩だった。あれは、流れが悪かっただけだ。


 残す問題は……。


(どう詰めるか、だよな)


 俺は大きくため息を吐いた。


 

 ……こういう時は、可愛い妹に相談するとしよう。


「……月ぃ~!」


 階段を登りながら、月の部屋に向かって声をかける。


「ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 

 ドアノブを回すも相変わらず鍵がかかっている。

 仕方なく合い鍵で開錠して、ドアノブを回す――が、ドアが開かない。



「……? おい、月。なんで開かない?」


 ドンドンと中にいるだろう月へ向けてノック――というには荒々しいかもしれないが、ドアを叩いて俺の存在をアピールした。



「おかしいなぁ……建付けが悪いのかな? 今開けて助けてやるからな!! 待ってろ月ぃ!!」



 自分の家を壊すのは忍びないが、ドアを蹴破るのって映画みたいだ。

 

 足を引いて、タイミングを測る。

 いよいよ助走をつけて体当たりをしようとした――その時だった。



「うっさい!! 壊れてないから!!! 入ってくんな!!」


 ドア越しに月の叫び声が響いた。



 ……なんだ。ちゃんと中にいるじゃないか。



「なんだよ、無事ならそう言えって」


 ほっとして、軽く肩の力を抜く。

 ……やっぱり、建付けが悪くて焦ってたんだろうな。

 


「開かないんだろ? 任せとけって!」


「違う!! 開くから……開けないでよ!! 着替えてんの!!」


 食い気味に返ってくる声は、どこか切羽詰まっているようにも聞こえる。



「あ~……そりゃ悪い。ごめんな」


 一瞬着替えている下着姿の妹を思い浮かべ、ぶんぶんと頭を振って煩悩を追い出した。

 

 俺は仕方なくドアを背にするように軽く寄りかかる。


 薄い一枚の板越し。この向こうに月がいる。


 ……なんかこれ。

 


(ラノベでよくあるやつじゃね?)


 

 思わず、口元が緩む。


 部屋に閉じこもるヒロインと、ドア越しに語りかける主人公。

 普段は素直じゃないけど、こういう時に本音が聞けるやつ。


 ……何か興奮してきた。


「なあ、月」



 少しだけ声を落として、言葉に真剣さを乗せて呼びかける。


「ちょっと相談乗ってくれない?」


 ドア越しに、静寂が落ちる。

 


「……は?」

 

 低い声。



「恋愛相談……ってやつ」


 身内に、しかも俺に好意を覚えている妹に相談するのも悪い気はする。

 少し恥ずかしいが、あえてはっきりと言った。


 ——こういうのは、隠さない方がいい。


「はぁ!?」


 明らかに戸惑った声。

 ……まあ、そりゃそうか。お兄ちゃんが取られそうなんだし、必死にもなるよな。



「今日さ、同じクラスの奈々——あ、奈々って言うのは、俺に好意を向けてくれる天使みたいな委員長なんだけど、帰り道に一緒になってさ」



 ドアにコツンと軽く額を当てる。

 向こうの気配を探るように。


「奈々は俺が好きなんだと思う。でも花火大会に誘うタイミングを逃し続けて……今日、誘いやすいようにチャンスを作ってあげたんだ。向こうから言いやすいように。」



 少しだけ間を置く。


「でも、奈々は恥ずかしがって誘ってくれなかったんだ。だから明日……終業式が終わったら、俺から誘おうと思って」


 妹に惚気るって……恥ずかしいな。妙に頭が痒くなり、ポリポリと頭を掻く。



「何て誘ったら、奈々は喜んでくれると思う?」


 ……待てども返事がない。

 おかしいな。こういうの、女の方が詳しいだろうに。


 

「おい、聞いてるか? 俺も恥ずかしいんだぞ?」



「……聞いてる」

 


 間を置いて、ようやく返ってくる。

 その声は、さっきよりもずっと低かった。


「……やめときなよ」 


 ぽつり、と呟くような短い一言。


「は?」


 思わず聞き返す。


「そういうの……やめた方がいいって言ってんの」



 ドア越しに、衣擦れの音がした。月が少し離れたのかもしれない。


「いや、なんでだよ。別に悪いことしてるわけじゃないだろ?」


 苦笑交じりに肩をすくめた。


「むしろ勇気が出ない奈々に代わって俺が動こうかなって思っただけだよ。結果は同じなんだから。ドラウェモンの大阪理論と一緒さ」


 むしろ、ちゃんと段階踏んでるし、焦ってもない。

 誰が聞いても普通だ。 



「……馬鹿じゃないの」



「は?」


 即答だった。

 

 ドア越しに、空気が張り詰める。

 

 ……何言ってんだこいつ。



「月さ、ちょっと過剰反応すぎじゃね? 俺が取られるからって、俺の妹である事は変わらないだろ?」



 ため息混じりに言う。



「こういうのってさ、タイミングとか流れが大事なんだよ」


 軽く指でドアを叩く。


「今はちょっとそれがズレただけで——」


「違う!!」


 遮るように、強い声。


「そういう問題じゃないから!!」



 ドン、と。 


 内側から、何かがドアに当たる音がした。


 ……ほんと、分かってないな。


 やれやれと小さく息を吐く。


「……まあいいや」


 立ち上がって、月の部屋に背を向ける。



「月にはまだ難しかったか、ごめんな」


 クールにその場を離れる。


(……やっぱり、俺が動かないとダメだな。奈々のためにも)



 そう心の中で呟きながら、階段を下りていった。


 

 *   *   *

 


 食事や入浴を終えて部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。


 なんとなく、落ち着かない。さっきのやり取りが、頭の中で何度も繰り返されているからだ。


 ……あと一歩だった。あと一歩で、俺のバラ色の学園生活が、甘酸っぱい夏休みが……。 



「……よし」


 小さく呟いて、机の上に置いてあった本を手に取る。

 ラノベだ。


 何度も読み返している、お気に入りの一冊。



 ページをめくる。

 インクの匂いと、紙の手触り。


 それだけで、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 


 物語の中の主人公は、俺とよく似ている。 

 

 ぼっちで、周りとは一線を引いていて。

 どこか達観していて、クールさがカッコいい。

 どう見ても彼が一番まともな人間だった。


 ……そういうやつだ。 



 クラスの中心にいるような連中とは違う。

 群れることに価値を見出していない。


 一匹狼でも、やる事はしっかりとやっている。能ある鷹は爪を隠すように。

 

 挿絵では、窓際の一番後ろの席で、頬杖をつきながら外を眺めるシーンが描かれている。

 髪の毛の感じも、雰囲気も、俺そっくりなんだ。

 

 ……鏡で見る自分より、しっくりくる。



 孤高の虎である主人公——でも、ちゃんと見ているやつは、見ているんだ。


 ページをめくる。

 何度も読み返して、暗唱できるほど俺が気に入ってるシーンだ。

 

 それは、ヒロインが主人公に話しかけるシーン。



 最初はぎこちなくて。

 

 でも少しずつ、距離が縮まっていく。



 ……分かる。

 ああいうのは、一日二日でいきなり来るもんじゃない。

 ちゃんと日々の積み重ねがあって、ふとしたきっかけで——赤い糸が繋がるんだ。



「……やっぱりな」



 思った通りだ。

 思わず、口元が緩む。


 奈々も、そういうタイプだ。

 誰にでも優しいけど、本当に大事な相手には慎重になる。


 

 だからこそ——今日みたいにチャンスを逃すんだ。


 ……でも、それでいい。



 完璧な彼女にも、そういう弱点があるから、俺が足りないところを補えばいい。


 ページをめくる。


 夏祭りのシーン。

 浴衣姿のヒロインの挿絵。見れば見る程に、奈々に似ている。


 ——いや、これは奈々そのものだ。


 細いしなやかな身体に真珠のような白く輝く素肌。大和撫子を体現した黒髪ロングの清楚な嶺の花。

 

 凄い、本当に奈々だ。間違えるはずがない。

 

 見れば見る程に、奈々にしか見えなくなっていく。


 俺は少し興奮しながら続きのページを繰る。

 人混みの中ではぐれそうになって——手を引く主人公。


 そのまま、少しだけ距離が縮まる。


 ……ああ、こういうの、いいなぁ。


 自然で。無理がなくて。



「……そうだよな」



 小さく呟く。


 今日のはちょっと急ぎすぎた。あれじゃ、奈々も対応に困る。 



 挿絵で、ヒロインが頬を赤らめながら幸せそうに笑っている。


 その表情を見ながら、ふと思う。

 


(俺も、同じだ)


 今はまだ途中なだけで、物語は進んでいる。


 今日のは失敗じゃない。……イベントの一つだ。



「……俺は、主人公だからな」


 ぽつりと、呟く。 


 誰に聞かせるわけでもなく、ただ自然に。


 声に出して、耳で聞けば、よりそう思えた。


 それだけで、少しだけ安心する。


「よし……」


 この先、どう動けばいいのかも見えてきた。

 大丈夫。上手くいく。 


 ページをめくる指先に、迷いはなかった。


 俺は俺の物語を、ハッピーエンドにするだけなんだ。

 ——そう決まっているから。

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