2話
うちの両親は、海外赴任ってやつで不在だ。
仕事の都合で、今はほとんど日本にいない。
だからこの家には、基本的に俺と——妹の二人だけだ。
……まあ、そのおかげで気楽にやれてる部分もあるけどな。
干渉してくる大人もいないし、生活リズムも自分のペースで決められる。
あいつもあいつで、好きにやってるみたいだし。
……もっとも。
あいつは昔から、あんまり俺に懐いてる感じはなかったけど。
同じ家で育ってるはずなのに、どこか距離があるというか。
性格も、見た目も、正直あんまり似てない。
俺はどっちかというと落ち着いてるタイプだし、あいつは——気が強い。
顔立ちも、全然違うしな。
……だから、たまに思うことがある。
もしかして——あいつ、血が繋がってないんじゃないかって。
いや、まさかな。
そんなドラマみたいな話、あるわけない。
でも、もし……もしも、そうだとしたら……。
あの態度にも、ちょっとは納得がいく気もする。
「……いやいや、考えすぎだろ! 落ち着け俺!」
どうせ、ただの反抗期だ。
そういう年頃ってやつ。
俺も昔は、親に対して似たような態度取ってたしな。そういうもんだと思っておこう。
強火で炒めている米が弾けて軽く跳ねた。
ネギが少し焦げ、醤油の香ばしい匂いがキッチンに広がる。
炒飯も作りなれた物だ。父親が作るこだわり炒飯に味も近付いてきている気がする。
『男は必ず炒飯を極める道を通る定めなのだ!』
高笑いをしながら俺に語った父の言葉が脳裏を過ぎる。
「親父、俺の炒飯……いつか食ってくれよな」
ぼそりと呟いた言葉は、フライパンを煽り五徳にこすりつける音にかき消されて消えていく。
「ほっ……! よっしゃ完成だ!」
火を消し、二つ用意した皿に炒飯を盛っていく。
片方は山盛りに、もう一方は少し控えめに。
部活はしていないが、食べ盛りの17歳! 俺はとにかく腹ペコだ。
二つ歳下の月はあまり食べたがらないが……お兄ちゃんは心配だからしっかりと食べさせている。
最近はツンデレにも磨きがかかって、ツンツンしている事が多い。
でも、放っておけないんだよな、あいつのこと。
さっきも「いらない」とか言ってたけど、どうせあとで腹減るに決まってる。
素直じゃないだけで、ちゃんと頼ってきてるのは分かってるし。
湯気を上げる炒飯の皿を持って、廊下へ出る。
そのまま階段を登っていくが、足音がやけに響いた気がした。
月の部屋の前で、立ち止まる。
『つきの部屋 絶対入るな!!』と書かれた吊り看板に、今日も俺は苦笑する。
「おーい、月ー?」
軽く声をかけるが返事はない。
少しだけ、眉をひそめる。
「……おい、炒飯できてるぞ」
もう一度。
今度は少しだけ、声を強めて。
それでも、返事は返ってこない。
……まったく。ほんと、手のかかるやつだ。
俺は小さく息を吐いて、迷いなくドアノブを回した。
* * *
ドアは、すんなりと開いた。
今日は鍵がかかっていない。
……まったく。
炒飯の皿を手に、俺は月の部屋に入った。
少し籠もった……でもどこか甘い香りがする。
カーテンは閉め切られていて、部屋の中は薄暗い。
ベッドの上に、月の姿があった。
布団にくるまって背を向けていたが、突然開いたドアに驚いたのか、目を見開いて俺を見ていた。
「ちょっと!! 勝手に入らないでって言ったでしょ!!」
「おーおー、可愛い妹の為に炒飯持ってきてやったのに。お兄ちゃん悲しい」
「チッ……」
舌打ちをして目を逸らされる。
……本当にお兄ちゃん悲しいぞ。
「……いいから、出てってよ」
「……はいはい」
とりあえず、皿を月の勉強机の上に置いた。
湯気が、ゆっくりと立ち上っていく。
そのまま視線を部屋の中に巡らせた。
綺麗に整えられた机。
余計なものはほとんど置かれていない。
……相変わらず、几帳面だ。
その端に、小さな鍵付きの引き出し。
……あれ? こんなの付いていたっけ?
鍵穴をなぞる様に指で触っていると。
「触んないで!!」
キャンキャンと吠える妹。……ほんと、神経質だ。
俺は苦笑しながら、軽く肩をすくめた。
プライバシーってやつは、大事だ。
いくら家族でも、踏み込みすぎるのはよくない。
……ちゃんと、分かってるさ。
ベッドの方へ視線を戻すと、月はぴくりと身体を震わせた。
その顔は薄暗いながらにも赤く染まって見えていた。
数歩近付くと、上目遣いで俺を見上げて来る。
少しはだけた部屋着の胸元からは、桃色に染まる素肌が見え隠れしていた。
「な……なによ!」
「ちゃんと食えよな。大きくならないぞ」
「……? ——ッ!!」
小さく声をかけると、俺の視線に気付いたのか月は枕や目覚まし時計など手当たり次第に俺に向けて投げつけてきた。
「ぐえっ!? ちょ、時計は駄目だろ!! 常識的に考えて!!!」
「うるさいバカッ!! 死ねッ!!」
「ごめん! 出ていくから! タンマ!!」
時計の当たり処が悪かったのか、鳩尾に激しい痛みを覚えて月の部屋を一目散に退散する。
……乙女心は中々に難しい。
* * *
リビングに退散した俺は、少し冷めてしまった炒飯を頬張りながら、テレビから流れるニュースを眺めていた。
「信号無視したトラックに高校生が撥ねられて意識不明の重体……ねぇ」
事故現場を空撮した映像が流れ、公園前の横断歩道には激しいブレーキ痕。そして勢いそのまま電信柱に突っ込んだトラックのひしゃげた姿が映し出される。
「うっわ、ひどいなぁ……可哀想に」
でも、俺は不謹慎ながら心の奥底でふと思った事があった。
(これ、異世界転生したんじゃ?)
俺は、ライトノベルが好きだ。部屋の本棚にもぎっちりと書籍が並んでいる。
嬉しい事に今はパソコンからでもスマホからでも無数にラノベが読める素敵な時代だ。
そして、その主人公達は何の変哲もない……俺みたいな学生ばかりだ。
異世界ものなら、主人公はトラック事故や通り魔に襲われて死んだあと、異世界にチート召喚されて好きに生きて、ハーレム作って成り上がる。
故にトラック事故は、異世界転生装置と呼ばれるくらいだ。
……まあ、さすがに現実でそんなことあるわけないけど。
スプーンを口に運びながら、ぼんやりと考える。
——もし、あれが俺だったら。
(俺は大丈夫だな。頭の中で何度もやってるし)
なんとなく、そう思った。
少なくとも、あんな風に無防備に道路を渡るようなヘマはしない。
ちゃんと周りを見て、タイミングを測って——
……いや、違うな。
仮に、ああいう事故に巻き込まれたとしても、神様に選ばれて転生できる。
こういうの、主人公の役目だしな。
(どうせなら、チートくらい欲しいよな)
妄想が膨らみ、思わず口元が緩む。
魔法とか、スキルとか。
ステータスオープン! で情報が見えて、レベルが上がって。
……そんな都合のいい話あるわけないけど。
でもあるとしたら——
(俺なら、上手くやれる気がする)
なぜか、そんな気がした。
テレビの中では、事故の続報が流れている。
「なお、運転手は——」
「ん……?」
上の階から、物音がした。
ドン、と。
何かが落ちたような音。
「……月か?」
食べる手を止める。
さっきの様子が頭を過ったが、どうせ大したことじゃないだろう。
多分、また何かに八つ当たりしてるだけだ。
気にせず、残りの炒飯を口に運ぶ。
……やっぱり、ちょっと冷めてるな。




