1話
これから毎日1話ずつ投稿していきます!
全24話ですので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。
それでは、いってらっしゃい~!
俺、白井悠太は、ごく普通のどこにでもいる感じの男子高校生だ。
都内のそこそこ偏差値の高い高校に通う、どこにでもいるようなやつ。
……強いて言うなら、少し人付き合いが苦手なくらいかな。
中学の頃にいろいろあってな。
……まぁ、人間関係ってやつにちょっとだけ疲れちまったんだ。
だから高校では、無理に誰かと関わろうとは思っていない。
教室の隅で、静かに過ごす。それが一番楽だ。
周りのやつらは相変わらず騒がしい。
何がそんなに楽しいのか、正直よく分からない。
くだらない話で笑って、群れて、馴れ合って。
馬鹿みたいな青春ってやつを謳歌している気分なんだろうな。
他人に迷惑をかけてる自覚がないのか、楽しそうにやってる。
お年頃の男子って、ああいうのが普通なんだろうな。
ま、俺には関係ない世界の話だ。
俺は俺で、ちゃんと自分を持ってるしな。
一人でも困ることはないし、むしろ気楽なくらいだ。群れなきゃ粋がれない羊の群れより、一匹狼の方が柄に合っている。
それに、俺は……いざとなれば強いんだ。
昔、本で読んだ中国拳法。
独学だけど、理屈は理解してるし、型も一通り覚えてる。
本気でやれば、このクラスの男子くらいなら、全員まとめて相手にできると思う。
……まあ、そんなことするつもりはないけどな。可哀想だし。
脳内の老師も『それで良いのだ、我が弟子よ』と満足げに頷いている。
心の中で拱手して礼をしておこう。
だからだろう。
クラスのやつらは、俺にあまり近付いてこない。
無理に絡んでこないのは、むしろありがたい。
距離感をわきまえてるっていうか――まあ、悪くない判断だと思う。
火傷したくないだろ? 俺だって嫌だ。無駄な事は避けたい。
……そんな中でも、たった一人だけ。分け隔てなく接してくれるもの好きな奴がいる。
「おはよう、白井くんっ!」
朝、教室に入ると必ず声をかけてくれる。
彼女はクラス委員長の清川奈々。
誰にでも優しくて面倒見が良い、いわゆる天使ってやつだ。
俺みたいなのにも、普通に話しかけてくるあたり――やっぱり、特別なんだと思う。
目が合えば、ちゃんと微笑んでくれるし、授業中でも時々こっちを気にしてるような気がする。
ああいうタイプって分かりやすいからな。
多分、俺のこと、嫌いじゃない。
いや――むしろ。
(……好かれてる、よな)
ちょっと照れ臭くなって頭の後ろを掻く。
あえて、気付いてないふりをしてやるのも、優しさってやつだ。
――ほら、あんまり露骨に反応したら、向こうも困るだろ?
「……どうかした?」
ふと気付くと、奈々がこちらを見ていた。
少しだけ、頬が赤い気がする。……勇気を出してくれたんだな。
「……おはよ。いや、なんでもない」
そう言うと、彼女は一瞬だけ目を伏せて――すぐに、いつものように微笑んだ。
あまり長く話していて周りに察されても可哀想だ。
俺は僅かに微笑み返すと、いつも通り窓際の一番後ろの自席へと座った。
奈々がいるから、このつまらない学校も楽しめる。奈々には感謝しかないな。
ざわざわと教室内の喧騒を子守歌に、俺はそっと机に突っ伏して瞼を閉じた。
* * *
授業終了のチャイムが鳴り、束の間の休憩時間がやってくる。
周りは相変わらず騒がしい。グループで集まって放課後の計画だの何だの。
「学生なんだから、勉強しろよ……ったく」
俺は伸びをして、冷ややかに教室内へ視線を走らせる。
——と、視界の端で奈々がこちらを見ているのが見えた。
目が合った瞬間、彼女は軽く会釈して、すぐに視線を逸らした。
……周りに気を遣ってるんだろうな。分かる。
そのまま奈々は、近くの女子に何かを小声で伝えてから、俺の席の方へ歩いてきた。
「白井くん、ちょっといい?」
声のトーンは、いつもより少しだけ低い気がする。
……緊張してるのかもしれない。
「今度のグループワークなんだけど……班分け、どうする?」
「別にどこでもいいよ。俺は一人でもやれるし」
そう答えると、奈々は一瞬だけ言葉に詰まって、すぐに頷いた。
「……うん。でも、一応決まりだから。こっちで決めてもいい?」
「ああ、委員長に任せる」
あえて深く関わらない方がいい。
その方が奈々も楽だろうし、周りも変に勘繰らないだろうから。
「ありがとう」
短く礼を言って、奈々は少しだけ距離を取るように一歩下がった。
——やっぱり、周りの目を気にしてるんだな。
背中越しに、誰かの視線が刺さる気がした。
ちらっと振り返ると、何人かがすぐに目を逸らす。
……ああ、なるほど。
やっぱり俺と奈々が話してるの、気になってるんだな。
まあ、無理もないか。
奈々と俺じゃ、組み合わせとしてはちょっと目立つし、変に噂になって奈々が困るのも嫌だしな。
ここは俺が一歩引いてやるのが、大人ってもんだ。
ポリポリと頭を掻きながら机の上のスマホに手を伸ばす。
画面は真っ黒で、自分の顔がぼんやり映り込んだ。
ちょっと寝癖が……まあ、悪くない。
少しラフな感じの方が、雰囲気は出るしな。
前髪を指で軽く整えて、満足してポケットにしまう。
そのまま、また机に肘をついて窓の外を眺めるふりをして、窓に反射した教室内を見ていた。
奈々が、別のグループに何か説明している。
真面目で、丁寧で、誰に対しても平等で。
——やっぱり、天使だ。
「……ほんと、いいやつだよな。奈々は」
思わず口元が緩む。
そのまま目を瞑り、次のチャイムが鳴るのを待った。
* * *
放課後。
特に寄り道する理由もない俺は、そのまま真っ直ぐ帰路についた。
クラスの連中はどこかに遊びに行くらしい。
騒がしく笑いながら、連れ立って校門を出ていく。
……ほんと、元気だよな。
嫌いじゃないけど俺にはちょっと合わない。
静かに音楽を聴いているのが性に合っている。
ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して、俺は自分の世界へと潜っていった。
特に何事もなく家に着くと、いつものように鍵を開ける。
玄関に靴は一足。
先に帰ってるみたいだな。
「ただいま」
返事はない。
……まあ、あいつはそういうやつだ。
リビングに入ると、ソファに座ってスマホをいじっている妹——月の姿があった。
顔も上げずに、視線だけ一瞬向けてから短いため息を吐く。
相変わらず愛想はない。
思春期の女の子なんて、そんなものだろう。
「おっす」
軽く声を掛けて、カバンを適当に置く。
テーブルの上には、ペットボトルと菓子の袋。
……またこんなもん食ってんのか。
「ちゃんと飯食ってんのか?」
「……別に。関係ないでしょ」
ぶっきらぼうな返事。
視線は一度もこちらに向かない。
——まったく。
素直じゃないよな。
冷蔵庫を開けて、中身をざっと確認する。
まあ、最低限はあるか。
「夕飯、適当に作るけど食う?」
「いらない」
即答。
少し間を置いてから、付け足すように。
「……あとで、食べるから」
ほらな。
こういうところだ。
最初は強がって断るくせに、結局は甘えてくる。
分かりやすい。
「そっか。じゃあ月の好きな炒飯にするからな」
あえて深くは突っ込まない。ここで押すと、余計に拗れるからな。
距離感ってやつは大事だぞ? 聞いているか世の父達よ。
手を洗ってから、ネギを冷蔵庫から取り出してまな板に置く。
リズムよくネギを刻む包丁の音が静かなリビングに響いていく。
——微かに視線を感じた気がした。
時々手元から視線をリビングへ送ると、月がちらちらとこっちを見ていた。
でも、目が合いそうになるとすぐ逸らす。
……ほんと、不器用で可愛い妹だ。
「……何?」
耐えきれなくなったのか、少しだけ棘のある声。
目線を上げると、月はスマホを持ったまま、こちらを睨んでいる。
いや、睨んでるというより——照れてるんだろうな。
「別に。見てただけ」
「……キモ」
小さく吐き捨てるように言って、そっぽを向く。
はいはい。ツンデレ、ツンデレ。お兄ちゃんは寂しいぞーっと。
口元が緩むのを、わざと隠さずにそのままにする。
お兄ちゃんは怒ってないからな、妹よ。
「ほら、あとで食うんだろ。多めに作っとくから」
「……いらないって言ってるでしょ!」
「はいはい」
聞いてないふりをして、コンロのボタンを押した。
パチチっと火が灯り、ごま油が熱せられて良い匂いが弾けていく。
——こういう日常も、悪くない。
奈々は奈々で、学校で支えてくれて。
月は月で、家でこうして構ってくる。
(……なんだかんだ、恵まれてるよな。俺)
そう思うと、少しだけ笑えてきた。
気分も良く、鼻歌も歌ってみたりして。
リビングから椅子が軋む音がした。
気配が遠ざかる。
月は……部屋に戻ったか。
……まあいいや。
出来たら部屋に持って行ってやろう。
あいつは恥ずかしがり屋だからな。
フライパンを軽く煽りながら、俺は小さく息を吐いた。




