15話 奈々
あっという間に時間は流れて、気付けば期末試験前。
教室の空気はどこか落ち着かなくて、休み時間になるとあちこちでノートを広げる音がする。
問題を出し合ったり、教え合ったり——そんな中に、私もいた。
いつものメンバーで机を寄せ合って、問題を解いていく。
仲良しの美香と佳奈。それから……幼馴染みの快人と、工藤くん。
自然とできたグループ。……正直、安心できる場所。
でも時々、どうしても気になってしまう。
教室の後ろ。窓際の席に座る白井くん。
さっきまで寝ていたはずなのに、いつの間にか起きていて、こっちを見ている。
目が合いそうになって、慌てて視線を逸らした。
(……見てる)
ただそれだけなのに、胸の奥がざわっとする。
嫌とか、そういうのじゃない。でも——落ち着かない。
私は何事もないように、目の前の問題に意識を戻す。
「ここさ、こうやって解くと早いよ」
工藤君のノートに身を乗り出して説明する。距離が近いのは分かってる。でも、ちゃんと教えなきゃいけないから。
……その時。
ふと、また視線を感じて顔を上げた。
白井くんと一瞬目が合う。
すぐに小さく会釈して、視線を戻した。
(……大丈夫、大丈夫)
普通にしてればいい。いつも通りに。
そう思っていたのに……無情にもガタンッと音を立てて、白井くんが立ち上がる。
教室の空気が、ほんの少しだけ変わる。
(……やだ)
理由は分からない。でも、少しだけ嫌な予感がした。
「あーあ、勉強どうするかな……」
独り言で発したにしては、妙に大きく響く声。
勉強——そう聞いて、先程彼が寝ていて渡していないプリントがあった事を思い出した。
気付いたら、私は立ち上がっていた。
「白井くん」
呼んでしまってから、少し後悔する。
でも、止められなかった。
机に置いてあった余分のプリントを手に取って、差し出す。
「これ、範囲のまとめ。余ってたから」
……話を聞いていない、居眠りして受け取らないこういう子がいるから。
委員長としてフォローしてあげなきゃいけない。
「あと、ここ。問題出るかもって先生言ってたよ」
できるだけ、事務的に。
余計な感情を乗せないように。
「……ありがと、な……委員長」
受け取る時、ほんの少しだけ妙に距離が近くて。
目線が、妙に絡みつくみたいで。
気味が悪くて思わず一歩下がる。
「うん。無理しないでね」
それだけ言って、すぐに戻った。
背中に視線を感じる。
(……怖い)
ほんの少しだけ、そう思ってしまった。
でも、それを表に出すわけにはいかない。
気を取り直してまた問題に戻り、楽しい勉強会が始まる——そのはずだったのに。
「……ちょっといい?」
すぐ近くからする声に、びくっと肩が揺れる。
振り返ると、すぐ近くに白井くんが立っていた。
(どうしよう)
みんなの視線もある。
逃げるわけにもいかない。
「……あ、白井くん。一緒に勉強する?」
とっさに、無難な提案をする。
波風を立てないように。
「あー、白井、そこ座る?」
工藤くんもフォローしてくれる。
でも。
「いや、立ったままでいい」
ぴしゃりと断られる。
そして、そのままノートを覗き込まれる。
距離が……さらに近くなる。
むわりと鼻につく汗臭さとカビ臭さが鼻腔を支配する。
(やだ……)
思わず息を止めてしまう。
硬直してしまったまま視線だけで白井の手元を追うと、机の上に置かれたままの快人のシャーペンを勝手に拾い上げ、工藤君のノートへと手を付ける。
「ここさ——」
勝手に書き足される式。
何やってるんだと一瞬、空気が止まる。
みんなが戸惑う中、私は落ち着いて答える。
「この問題、指定の解き方あるから」
できるだけ優しく。
角が立たないように。
その後も、やり取りは続く。
ぎこちない空気の中、誰もはっきり言わないけど、みんな困ってるのが分かる。
私はわざとらしく笑った。
場を和ませるように。
「……違うよー、ここね」
白井くんの間違いを軽く訂正して、空気を戻す。
誰かが小さく笑って、ようやく穏やかさが戻る。
(……大丈夫)
なんとか、崩れずに耐えきった。
「邪魔したな」
白井くんが去っていく。
ほっとした。
……心の底から。
気付かれないように、小さく息を吐く。
その背中を見送ってから、もう一度ノートに目を落とす。
……でも。
しばらく、手が動かなかった。




