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陰キャでぼっちの俺が、なぜかクラス一の美少女委員長に好かれている件〜しかもツンデレ妹まで可愛いんだが、これってもしかして俺モテ期来てる?〜  作者: 伊太利式焙煎珈琲


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14/24

14話 月

 学校から帰ると、家には誰もいない。

 ……いつものこと。


 お父さんもお母さんも、海外赴任で滅多に帰ってこない。

 でも、独りぼっちじゃない。……いや、最近は独りの方が良かったとさえ思う。


 だって……あの兄がいるからだ。


 

 初めからあんな兄だったわけじゃない。

 小さい頃からアニメや特撮が好きだった兄は、明るくやんちゃだった。

 私が物心ついた頃には、よく泣かされていた思い出がある。



 でも……ある日、兄は傷だらけで帰ってきた。

 ケンカをしたと言っていた。それがきっかけで、長い長いいじめが始まったらしい。


 それから、兄は変わってしまった。


 誰かと積極的に関わるのを避け、すぐに家に帰るとライトノベルという薄い小説を読み始めた。

 ……日に日に、兄の部屋にライトノベルが増えていった。それと同時に漫画も増えていった。


 話し方も人が変わったようになった。

 

 今まではハキハキと喋っていたのに、ボソボソと口をあまり動かさず、何を言っているのか聞き取れないようになった。


 笑顔も、にっこりと歯を見せて笑っていたのが、どこか粘着質なニチャッとした卑屈そうな笑顔に。

 

 ……何より、私を見る目が……キモい。

 今まではちゃんと妹として見てくれていたはずなのに、最近は……異性として見られている気がする。


 ……私の自意識過剰ならそれでいい。でも……視線は間違いなく私の胸や手足に向いているのは分かっている。


 時々見せる荒い息遣いが……怖い。


 

 ……どうして、こうなってしまったんだろう。

 あのやんちゃだけど優しかった兄は、どこへ行ってしまったんだろう。


 脂っこく味の濃い物ばかりを食べて、太って……髪も伸びてぼさぼさ。

 本当に……同じ兄だと思いたくなかった。

 



*   *   *


 

 私は帰ってから特に何もすることもなくて、ソファに座ってスマホをいじるのが日課。

 動画を流して、時間を潰す。

 

 音を少し大きめにしているのは、ただ静かすぎるのが嫌だから。


 ……もうすぐ受験なのも分かってる。でも、貴重なリビングで過ごせる時間だからやめる気はない。



 時計を見る。


 もうすぐ、兄が帰ってくる時間だ。



 ——カチャ。


 玄関から鍵の開く音がした。


  


 びくっと、肩が揺れた。

 

 でもすぐにスマホへ視線を戻す。



「……ただいまー」


 聞き慣れた声。


 分かってたのに……どうしてか、少しだけ息を止めてしまった。


 顔は上げない。

 スマホを見たまま、視線だけ一瞬向ける。


 目が合いそうになって——逸らした。


 ……見られたくない。


 理由は、分かってる。

 

 ……でも、それを考えるのはやめた。

 考えたら、きっと——普通にいられなくなるから。




「おっす」 



 ……いつも通り兄が声をかけて来る。……少しだけ距離を取りたくなる。


 スマホを見るふりを続ける。

 視界の端で、カバンをリビングに置く動きが見えた。



「ちゃんと飯食ってんのか?」



 身体を心配する問いかけ。

 言葉だけを取れば、良い兄だと思うかもしれない。

 

 でも……足や胸に感じるねっとりとした視線が……キモい。



「……別に。関係ないでしょ」


 出来るだけ短く返す。会話を広げないように。


 視線は合わせない。

 合わせたら、何かを読み取られそうで。



「夕飯、適当に作るけど食う?」



「いらない」 


 即答した。

 でもどうせ何か作って持ってくるんだ……私の意思は無視して。

 

「……あとで、食べるから」


 嘘じゃない。

 ただ、兄の食事を食べるとは言っていない。


 

 両親が海外に行ってから、兄が食事を作るようになった。

 脂っぽい、肉や炭水化物だらけのご飯。


 栄養も何も考えていない、脂ぎった料理。


 ご飯は無駄にしちゃいけない、その心は十二分に理解しているつもり。

 でも……あのご飯は、どうしても食べたくない。



 だって……。



 視線の端で、冷蔵庫を開けるのが見える。



「そっか。じゃあ月の好きな炒飯にするからな」


 

 ——やめて。


 喉まで出かけて、飲み込む。

 何も言わない。言わない方が、良い。


 包丁の音が響く。


 トントン、トントン。


 規則的な音が、やけに大きく感じる。


 スマホの画面をスクロールする。

 何も頭に入ってこない。



 ちらりと視線を上げると、キッチンに立つ兄の姿。

 ——時々、兄の視線は感じていた。

 

(まだ見てる……)

 

 そのまま、すぐに視線を逸らした。

 ……見てるって思われたくない。


 でも、料理もそこそこにずっと見られているのは気分が悪い。


「……何?」


 思わず、声が出た。


「別に。見てただけ」



 飄々としたその返しに、背中が少しだけ強張る。



「……キモ」 


 小さく吐き捨てる。

 心からの言葉だが、それ以上何も言わない。


 怒らせたら、怖いから……。


 



 ごま油の匂いが広がる。……匂いは悪くない……けど。

 

 ——逃げたい。

 ふいに、そう思った。


 スマホを握る手に、力が入る。


 このままここにいたくない。

 でも、立ち上がるタイミングが分からない。


 ——いや、やっぱり無理。


 ソファーから立ち上がろうとした時、足がぶつかって音が思ったより大きく鳴った。

 びくっと、自分で驚く。 


 でも、そのまま立ち上がり、視線を向けないようにして何も言わずに、リビングを出る。



 廊下。


 空気が、少しだけ軽くなる。


 そのまま、足早に自分の部屋へ。


 ドアを閉め、鍵をかける。



 カチ、という音。

 私を守ってくれる結界の音。

 それだけで、少しだけ安心した。


 ベッドに座り、スマホを見下ろす。


 画面は、変わらず真っ暗のまま。


 何も、見ていなかった。



 ……ため息が漏れる。

 


「……なんなんだろ」



 小さく呟くが、分からない。

 でも、このままじゃ、いけない気がする。



 理由は分からないけど……ただ、なんとなく。

 嫌な感じが、ずっと残っていた。


*   *   *



 廊下から足音が聞こえてくる。

 コツ、コツ、と階段を上がる音。そして、私の部屋の前で止まった。


「おーい、月ー?」


 声。反射的に布団を引き寄せる。意味なんてないのに。


 返事は、しない。


「……おい、炒飯できてるぞ」


 少しだけ強くなる声。……無理。喉が動かない。言葉を返したら、開けられる気がした。

 だから、黙る。


 ——ガチャ。


 ドアノブが回る音。

 心臓が跳ねる。


(なんで、鍵……!?)


 ——かけてなかった。緩く回したせいで、ちゃんとかかってなかった。


 頭が真っ白になる。次の瞬間、ドアが開いた。


 光が差し込む。反射的に目を見開く。


 ——入ってきた。


「ちょっと!! 勝手に入らないでって言ったでしょ!!」


 声が裏返る。思ってたより大きな声が出た。でも、兄は止まらない。


「おーおー、可愛い妹の為に炒飯持ってきてやったのに。お兄ちゃん悲しい」


 ……その言い方。軽い。何も分かってないみたいに。舌打ちが漏れる。


「……いいから、出てってよ」


 できるだけ短く。それ以上、会話を続けたくない。


「……はいはい」


 机に何かを置く音。

 出来立ての炒飯の匂い。


 ……私は視線を逸らした。危険な獣が徘徊しているから。


(早く出てって……お願いだから……!)


 でも——動く気配が消えない。

 部屋を、見てる。


(やめて……!!)


 何も言えない。

 

 兄の視線が机に向かい——引き出しの鍵を撫でた。


「触んないで!!」


 反射だった。

 自分でも驚くくらい大きな声。まだ心臓がバクバクしてる。


 ……見られたら、だめ。絶対に……だめ。



 苦笑する声で軽く流される。……分かってない。全然。



 少しでも身を小さくしようとして、ベッドが沈む。

 まだ近くにいる……身体が固まる。

 逃げたい。でも、動けない。



 ねっとりと視線が降りてくる。


(……やだ、見られてる。どこ見て……ッ!! やだ……!)


「な……なによ!」


 声が震える。


「ちゃんと食えよな。大きくならないぞ」


 違う。そういうことじゃない。

 その視線。意味が分かる。分かるから——


「……ッ!!」


 枕を掴み投げる。

 何でもいいから、距離を取りたかった。


 手当たり次第に物を投げ付ける。


「うるさいバカッ!! 死ねッ!!」


 言葉が荒れる。止められない……だって、怖い……!



「ごめん! 出ていくから! タンマ!!」



 ようやく離れる気配。

 慌ててドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。



 しばらく、動けなかった。


 心臓の音だけがうるさい。呼吸が浅い。


 まだ、手が震えてる。


 ……大丈夫。何もされてない。ただ、入ってきただけ。……それだけなのに——喉が詰まる。目の奥が熱い。


 ベッドの上で膝を抱えてスマホを握る。

 画面が……揺れて見える。


 思わずスマホを床へ投げ付けてしまった。 

 ドンッと大きな音がして、肩が跳ねる。

 

 自分でやったのに。



 ……はぁ、と息を吐く。このままじゃだめだって分かってる。でも、どうすればいいのか分からない。


 スマホを見る。誰かに連絡する?……誰に。指が止まる。画面が暗くなる。


 そのまま、私は何もできずに——ただ、時間だけが過ぎていった。




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