13話 奈々
私のクラスには、少しだけ変わった男の子がいる。
白井悠太くん。
最初に見た時の印象は——正直、ちょっと怖い……だった。
別に怒ってるわけじゃない。
騒いでるわけでもない。むしろ……とっても寡黙。
ずっと一人で寝ているか、外を眺めているのを見る。
友達もいないみたいで、誰とも話さない。
目も、あまり合わせようとしない。
……どこか近寄りがたい空気があった。
だから最初は、どう接したらいいのか分からなかった。
でも、私はクラス委員だし……そういう子を放っておくのは違うと思った。
だから——
「おはよう、白井くん」
できるだけ明るく、普通に声をかける。
これは別に彼にだから特別に、なんてことじゃない。
みんなにやっていることと同じ。
……ただ、白井くんに声をかける時だけ、少しだけ緊張する。
返事が返ってくるかどうか、分からないから。
「……おはよ」
短い返事。
でも、返事が返ってくるだけで少しだけほっとする。
その時、ふと視線を感じて顔を上げた。
目が合う。
「ッ……」
逸らさないようにする。
すぐに逸らしたら……嫌な思いをさせてしまうかもしれないから。
だから、軽く微笑む。貼り付けたように。
それだけ。
……それだけのはずなのに。
何故か白井くんは、少し照れたように頭を掻いた。
その反応に、逆に戸惑ってしまって、私は目を伏せた。
——なんで今、ああいう反応だったんだろう。
少しだけ胸の奥がざわつくけど、やめたら可哀そうだもんね……。
* * *
私が白井くんに挨拶するようになって、担任の先生からも、感謝されていた。
「ありがとうな清川。白井のやつ、中々気難しいみたいでな……声をかけてやればいつかは心を開いてくれると思うんだが……」
「いえ、委員長としてやれることはやるつもりです……!」
そう、私は委員長なんだから。
他人がやりたがらない事をするのも、私の仕事だから。
仏頂面だった白井くんは、ぎこちない笑顔を見せるようになっていた。
最初は笑っているのか分からなかったけど、きっと笑っている。そう信じて私も笑顔で挨拶を続けていた。
だから、この日もいつも通りに挨拶をした。
「おはよう、白井くん」
何故か、今日は白井くんが私の顔をじっと見つめて来る。
口元をにちゃりと歪めながら、伸びた髪の毛をガシガシと掻きむしる。
……ふわふわと白いフケが飛び散り、彼の着るブレザーに積もっていくのを目で追ってしまう。
(……ぅ、見ちゃだめ……気にしちゃだめ……)
思わず顔に出てしまわないように、きゅっと顔に力を入れて唇を軽く噛むようにして耐える。
……それでも限界で、声をかける事にした。
「……どうかした?」
「……おはよ。いや、なんでもない」
ようやく白井くんが歩き出し、ほっとして表情を緩めた。
(……やっぱり、白井くん……ちょっと怖いよね……)
* * *
その後、グループワークの班決めをしないといけなくて、私はクラスを見回した。
自然とグループができていく中で——白井くんだけが、いつも通り一人だった。
(……どうしよう)
正直に言うと、同じ班にするのは少し不安がある。それに友達の美香も佳奈も嫌がるかもしれない。
……でも、一人にするわけにもいかない。
先程から視線を感じて、チラリと白井くんの方を覗き見ると、頬杖をつきながらこちらをじっと眺めていた。
「っ……」
すぐに顔ごと視線を反らして小さくため息をつく。
「ねぇ奈々……大丈夫?」
美香の声に私は声を上げて、無理に笑みを見せる。
「うん……大丈夫。ちょっと委員長の仕事、してくるね……」
私は席を立って、白井くんへ声をかけに行った。
「白井くん、ちょっといい?」
少しだけ声を落とす。
あまり、周りに聞かれないように。
「今度のグループワークなんだけど……班分け、どうする?」
「別にどこでもいいよ。俺は一人でもやれるし」
ぼそぼそと聞こえたその言葉に、一瞬だけ言葉に詰まる。
一人でもやれる。
それはたぶん、本心なんだと思う。でも、それで本当にいいわけじゃない。
「……うん。でも、一応決まりだから。こっちで決めてもいい?」
「委員長に任せる」
あっさりとした返事。
その距離感に、少しだけ安心する。
深く関わろうとしてこない。
……それなら、大丈夫。
「ありがとう」
そう言って一歩下がり……自然と距離を取る。
そのまま別のグループに説明しに行きながら、ちらっと周りを見る。
何人かが、こっちを見ていた。
……やっぱり、みんなも気になるよね。
「大丈夫?」
小さな声で、友達が聞いてきた。
「うん……平気、ありがとう」
そう答えながらも、胸の奥のざわつきは消えなかった。
* * *
放課後。
私は友達と一緒に帰る準備をしていた。
ふと、視線を感じる。
振り返ると——白井くんが、こちらを見ていた。
その目が、まっすぐで。
……少しだけ、怖い。
でも、自然に。
何でもないみたいに。
友達に話しかけ、そのまま一緒に教室を出る。
背中にまだ視線を感じる気がしたけど……もう大丈夫。
何も起きない。
ただ、ちょっとだけ変わった子がいるだけ。
それだけの話……そう思っていた。




