表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫁ぎ先が滅びた出戻り王女の再婚〜最強は、だいたい無気力でできている〜  作者: 薄氷薄明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/47

「鉄壁の散歩道と、相棒たちの呼吸」

 エシャン王宮の東の離れ。昼下がりの穏やかな静寂を破ったのは、ソファから重い腰を上げたアシュリーの一言だった。


「……ヴィンセント。また、あの泉の水が飲みたいわ。……少し、歩きましょうか」


「……ああ、分かった。アシュリー殿、準備をしよう」


 ヴィンセントは手早く書類を片付け、執務モードから相棒としての護衛モードへと切り替える。その動きには、もはや王としての気取りはない。だが同時に、周囲への視線や状況の把握は一切緩めておらず、王としての責務を手放しているわけでもなかった。


 城下町へ向かう一行。

 周囲は近衛騎士団のジョッシュやジャレドたちが、通行人との距離を保つように広範囲を警戒している。しかし、街の喧騒までは防げない。

 雑踏の音、馬車の車輪が石畳を叩く響き。それらが重なるたびに、アシュリーは僅かに顔を顰めた。


「……うるさいわ。……今日は、人が多いのかしら……コホッ」


 小さく咳き込むアシュリー。その背中を、ヴィンセントがさりげなく支える。


「大丈夫か、アシュリー殿。……やはり馬車を出したほうが良かったのではないか?」


「……いいえ。歩きたいわ」


 弱々しく見せつつも、その足取りはヴィンセントに預けられている。

 二人の距離は、王と妃という形式的なものではなく、背中を預け合う相棒のそれに近くなっていた。

 ヴィンセントは、周囲を一瞥する。


 騎士たちの配置、人の流れ、視線の向き。すべてを把握した上で、アシュリーの歩幅に合わせて速度を落とす。


(……問題ない。ここなら、まだ制御できる)


 その判断は、王としてのそれだった。



 その時、前方の路地から大きな荷物を積んだ荷車が、バランスを崩して一行の進路へと傾いた。

 騎士たちが対応に動こうとしたその刹那、誰よりも早く一歩前に出たのは、すっかり喉が完治したダイアナであった。


「ちょっと! そこの荷車、危ないわ! 前を見なさい!」


 ダイアナの鋭い叱咤が響く。

 彼女は騎士たちの包囲網から一歩踏み出し、アシュリーの視界と進路を遮るように立ちはだかった。


「……ダイアナ、声が大きすぎるわ」


「うるさいわね! あんたがフラフラ歩いてるから、私がこうして気をつけてあげてるんでしょうが! 別に、あんたのためにやってるわけじゃないからね!」


 ダイアナは文句を言いながらも、荷車の荷物が崩れないよう、さりげなく自身の魔力で支えを補助し、さらに人の流れをずらして空間を確保する。

 それは騎士とは違う、直感的で実戦的な“護り”だった。

 ヴィンセントはその隙を逃さず、アシュリーの肩を抱くようにしてスムーズに歩を進める。


「……ダイアナ、助かった」


「……ふん。陛下も陛下よ、アシュリーを甘やかしすぎなんじゃないの?」


「そうかもしれんな。……だが、これが私の役目だ」


 ヴィンセントは苦笑しながら答える。

 その言葉は軽いようでいて、揺らがない。

 ダイアナは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから視線を逸らした。


「……っ、勝手にしなさいよ」


 しかしその位置取りは、自然とアシュリーの前方――危険を先に受ける場所へと戻っていた。



 目的の泉に辿り着き、アシュリーが冷たい水を一口含んだ。


「……ええ。……美味しいわ」


 満足げな彼女の横顔を見て、ヴィンセントとダイアナは、毒気を抜かれたように同時に息を吐いた。

 ほんの一瞬だけ、周囲の喧騒すら遠のいたような静けさが訪れる。


「……全く。水一杯のために、これだけの護衛を引き連れて……。あんた、本当に贅沢な女ね、アシュリー」


「……そうね。……でも、あなたもついてくるでしょう?」


「……っ、それは、当たり前でしょう!」


 顔を真っ赤にして言い返すダイアナ。

 ヴィンセントはそれを横目で見て、小さく息を吐いた。


(……悪くない配置だな)


 王としてではなく、一人の人間としての実感だった。


 アシュリーを中心に、前に立つダイアナ。隣にいる自分。

 そして周囲を固める騎士たち。

 それは、歪ではあるが――ひどく安定した形だった。


 東の離れの生態系は、衝突しつつも、アシュリーを中心とした絶妙なバランスで回り続けている。

 ヴィンセントとアシュリー。そして護衛役としてのダイアナ。

 その距離は、主従でも、単なる男女でもない。

 互いに役割を持ち、自然に噛み合う“相棒”の形へと、ゆっくりと収束しつつあった。

 アシュリーは、再び水を一口飲み、満足げに目を細める。


「……ふふ、静かね」


 その一言だけで、この場の均衡は保たれる。

 王宮でも、街中でも変わらない。

 彼女の周囲だけが、世界から切り離されたかのような静寂を持ち続ける。

 その中心にいることを、ヴィンセントも、ダイアナも、もう疑ってはいなかった。

作品を楽しんでいただけましたら、評価・ブクマ等をいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ