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嫁ぎ先が滅びた出戻り王女の再婚〜最強は、だいたい無気力でできている〜  作者: 薄氷薄明


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「有能さの代償と、壊れ始めた後宮」

 エルダリア帝国との会談から一夜明け、王宮の空気は一変していた。

 外交をたった一人で、それも圧倒的な力でねじ伏せた『無気力な妃』の噂は、既に城内を駆け巡っている。

 ――ただし、その噂は賞賛ではなく、”理解不能な恐怖”として広がっていた。


 執務室では、国王ヴィンセントが宰相マシュー、側近デリク、そして騎士団長アロイスを交え、今後の国家方針について議論を戦わせていた。


「……陛下、やはりアシュリー様を正式に外交の場へ置くべきです。あの言語能力と地政学的な知識、そしてメネスの威光。これらを埋もれさせておくのは、国益に反します」


 マシューの熱のこもった進言に、ヴィンセントは左手の包帯を無意識にさすりながら、静かに首を振った。


「マシュー、お前の言い分は合理的だが、現実的ではない。……考えてもみろ。彼女を”常に”制御できる保証がどこにある。一度手綱を握り損ねれば、矛先がこちらに向かないとも限らん」


「それは……確かに」


「それに、ノル王国の立場も無視できん。ダイアナの面目もある。公の場でアシュリーばかりを重用すれば、ノルとの同盟に余計な亀裂が入る。……アシュリー殿は、あくまで”病弱の身”という建前を崩すな。彼女が動けば動くほど、この国の均衡が崩れるんだ」


 ヴィンセントの言葉は重く、理知的だった。王として、彼はアシュリーの突出した能力が、逆に国内の歪みを加速させることを誰よりも危惧していたのだ。


(……彼女を、他国に“使わせる”など、あってはならない)


 冷静な王としての判断の裏で、独占欲という名の暗い情熱が燻っていることを、彼はまだ悟られないように隠し持っていた。




 一方、東の離れ。

 アシュリーの静かな眠りは、最悪の形で妨げられていた。

 それをサリーとケリーはただ静かに部屋の隅に控え見守っていた。


「ちょっと! 起きなさいよ、この引きこもり!」


 掠れた声で叫ぶのはダイアナだ。アシュリーが渡した薬のおかげで声は戻りつつあるが、まだ低い。


「……何、ダイアナ様。せっかくいい夢を見ていたのに」


「ダイアナ様はやめて。……『ダイアナ』でいいわ。その代わり、私もあなたのことを『アシュリー』って呼ぶから。これ、薬の貸し借りをなしにするための、私なりの譲歩ですからね!……別に、あなたを、アシュリーのことを認めたわけじゃないんですからね」


 その声は小さく、先ほどよりもほんの少しだけ柔らかかった。


 顔を真っ赤にして、ダイアナは一方的に宣言した。彼女なりの「友達になりましょう」という精一杯の不器用なサインだった。そこへ、背後から音もなく聖女ヘレナが忍び寄る。


「ああ、素晴らしいわ! 後宮の闇を超えた絆ですね! ですが、聖女である私にはアシュリー様を呼び捨てにするなど畏れ多い……。ですが!アシュリー様!よろしければ、私のことも呼び捨てにしてくださいませ! その唇から私の名がこぼれるだけで、私は浄化される心地がします……!」


 悶えながら迫るヘレナに、アシュリーは心底うざったそうに溜息をついた。


「……分かったわ。ダイアナ、あと……ヘレナ。二人とも、少し黙って」


 アシュリーは近くにあったクッションを掴むと、恍惚とした表情のヘレナの顔面に、一切の容赦なく「ボフッ」と叩きつけた。


「……ああ、今の一撃で、私の中の穢れが一つ消えました!……アシュリー様、もっと、もっと雑に扱ってくださっても……!」


 クッション越しに歪んだ声を上げるヘレナを、アシュリーは「面倒だわ」とばかりに足蹴にするような動作で追い払う。ダイアナはそれを見て、「あんた、聖女相手に何てことすんのよ……」と呆れながらも、アシュリーに自分の選んだドレスを無理やり宛がい始めた。




 だが、その騒がしい平和の裏で、深刻な毒が煮詰まっていた。

 後宮の暗がりに集まったのは、イデリーナ、エリーゼ、メリッサの三人だ。彼女たちの顔に、以前のような優雅な笑みはない。


「……陛下は自らの血を捧げ、ダイアナ様や聖女まであの女に毒された」


「外交までこなされては、私たちの立ち位置がなくなるわ」


「このままでは、私たちはますます居場所がなくなるわ……」


 アシュリーの圧倒的な有能さと、ヴィンセントの異様な執着。それを知った彼女たちは、とうとう一線を超えようとしていた。


「……メネスの王子が、不敬な者を『清掃』しているという噂もあるわ。やられる前に、やるしかないわね」


「禁忌の魔導具、手配しましたわ……」


(……たとえ、この身がどうなろうとも)


 彼女たちの手に握られたのは、エルダリア帝国の暗黒魔導具。嫉妬と恐怖に突き動かされた凡庸なる悪意が、アシュリーの首元へと牙を剥こうとしていた。




 深夜。

 アシュリの静まり返った部屋の闇から、影のようにエレベルが姿を現す。


「ねえ、姉上。外のネズミたちが騒がしいね。……そろそろ、僕が掃除してもいいかな?」


 その声音は、まるで庭の落ち葉を掃くかのように、あまりにも軽かった。


「……いいわよ、エレベル。好きになさい。……ただ、私の眠りを妨げない程度にね」


 アシュリーがそう答えた時。

 アシュリーの指先に、卵から微かな振動が伝わった。


 ドクン。

 昨日よりも少しだけ深くなったひび割れ。その隙間から、黄金色の光が鋭く漏れ出す。

 ひびの隙間から漏れた光が、一瞬だけ、部屋の影を“喰った”。


「……あら。この子、昨日よりも”お腹が空いている”みたいね」


 アシュリーの呟きは、誰にも聞こえないまま夜の闇に溶けていった。



 次なる厄災は、後宮の卑俗な悪意か、それとも膝の上で目覚めを待つドラゴンの産声か。

 エシャン王宮の均衡は、音を立てて崩れようとしている。

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