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嫁ぎ先が滅びた出戻り王女の再婚〜最強は、だいたい無気力でできている〜  作者: 薄氷薄明


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「知性の敗北と安眠の誓い」

 昨夜の『世界崩壊未遂事件』から一夜明け、エシャン王宮の円卓会議室には、建国以来最大級の重苦しい沈黙が立ち込めていた。


 出席者は、国王ヴィンセントを筆頭に、宰相マシュー、側近デリク、騎士団長アロイス、宮廷魔導師長、財務卿、教会の代表として聖女ヘレナ、そしてメネス王国第三王子エレベル。国家の最高意思決定機関が、葬儀のような顔で揃い踏みしていた。


「……昨夜の件について、説明しろ」


 ヴィンセントの絞り出すような声に、出席者たちは一様に視線を落とした。説明できる者がいるなら、この場の全員が真っ先に教えを請いたいところだった。


「……被害状況を報告します」


 マシューが、感情を殺した声で書類を読み上げる。


「王宮北東部の尖塔が一部崩落。宮廷魔導師の半数が魔力回路の暴走により再起不能。王宮守護結界は三割が消失しました。……なお、これらの原因は、外部からの攻撃ではありません」


「知っている。……原因は、東の離れだ」


 ヴィンセントの言葉に、場が凍りついた。そこで、オブザーバーとして招かれていたメネスの第三王子エレベルが、退屈そうに爪を眺めながら口を開いた。


「あれ、闇属性のドラゴンの卵だよ。孵化すれば一国が消えるレベルの厄災。……あ、ちなみに、もう孵化しかけてるから。殻にヒビが入ってるでしょ?」


 会議室に、絶望という名の物理的な重圧が落ちた。


「……対策を検討する」


 ヴィンセントが無理やり議論を動かした。だが、そこから始まったのは、国家の知性が崩壊していく過程そのものだった。


「破壊しましょう!」


 騎士団長アロイスが即断する。だが、エレベルが鼻で笑った。


「あ、それ普通に無理だよ。あの歪んだ空間に物理攻撃を仕掛けた瞬間、反動で王都が消し飛ぶよ。触れたら消える、が正解かな」


「では、封印術式を……」


 魔導師長が震える声で提案するが、自ら首を振った。


「……術式を編もうとしたそばから、あの卵の魔力に定義を書き換えられる。我々の魔法理論では、あれを縛ることは不可能です」


「国外へ……他国へ投棄するのはどうだ」


 財務卿が苦し紛れに提案する。


「運搬中に孵化したら、その時点でエシャンは『世界を滅ぼした戦犯国』として歴史に名を刻むことになるぞ。……警備を強化しても、内側から壊されるのでは意味がない」


 案が出るたびに、論理という名の壁に激突して砕け散る。

 沈黙の中、聖女ヘレナだけが頬を紅潮させて立ち上がった。


「皆様、これは神の試練……いえ、祝福です! 世界が滅びるのではなく、生まれ変わるのですわ!あの方の眠りこそが救済!」


「黙れ、狂信者」


 ヴィンセントが一喝する。だが、代わりに出されたエレベルの言葉は、それ以上に狂っていた。


「難しく考えすぎだよ。姉上が抱いてれば、あの子は落ち着くんだ。……昨日みたいにね」


 全員の脳裏に、厄災を「ぺし」と叩いて黙らせた吸血鬼の姿が浮かんだ。


 一国の王として。有能な統治者として。

 ヴィンセントは、己の理性が砕ける音を聞きながら、最悪で最適な”答え”を口にした。


「……結論を出す。本日より、東の離れへの立ち入りを全面禁止とする」


 一同が息を呑む中、ヴィンセントは語気を強めた。


「あの方の安眠を、国家の総力をもって守れ。……騒音規制を敷け。王宮周辺の夜間活動を制限し、魔導具の灯りもすべて光度を落とせ。風の音すら、あの方の耳に障らぬよう配慮しろ。財務卿、予算はいくら使っても構わん」


「……陛下、それは国家運営ではなく、ただの『飼育環境の整備』では……」


「黙れ! 世界が滅びるか、私が睡眠環境を整えるかの二択なのだ!」


 ヴィンセントの悲痛な叫びに、誰も反論できなかった。

 合理的に考えれば考えるほど、この”異常”に従うしかない。エシャン王国という国家そのものが、一人の少女の寝心地を維持するための巨大な”ゆりかご”へと転落した瞬間だった。


「……承知いたしました。ただちに、王宮全域を『静音結界』で覆います」


 魔導師たちが力なく応じる。

 財務卿は、国家予算が”静寂”という形のないものに消えていく計算を始め、泡を吹きかけた。


「うん。それが一番安全だね、この国にとっては」


 エレベルだけが、満足げに微笑んでいる。

 ヴィンセントは玉座に深く沈み込み、震える手で顔を覆った。


(私は、王ではない。……ただの『環境整備係』だ。……ん?私は何を言っている…?だがこれが最適解だと理解してしまう…!)


 こうしてエシャン王国は、世界を守るために、たった一人の少女の睡眠にすべてを委ねることを決めた。



 ――だが、この”国家の敗北”を、冷めた目で見つめる者がいた。


「……ふふ、滑稽ね。陛下も、この国も」


 後宮の自室。ダイアナは、静まり返った王宮の空気を窓越しに感じながら、冷たく笑った。

 彼女だけは、この静音政策を逆手に取って情報を集め始める”チャンス”として捉えていた。王が盲目的に一人の女に尽くすのなら、その隙に奪える権力は山ほどある。


「あの女さえいなければ」


 国家が安眠にひざまずく一方で、水面下では新たな野心の火が灯ろうとしていた。

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