「狂信の選別」
後宮の勢力図は、一夜にして崩壊を始めていた。
中心にいるのは、柔和な微笑みを絶やさない教会の聖女である。彼女の開花した”穢れの探知は、今やアシュリーを害そうとする者を炙り出す”死の宣告”へと変貌していた。
「……あら、あなた。その瞳に宿る嫉妬、少しばかり度が過ぎていますわ」
聖女が静かに指を差せば、翌日にはダイアナ妃直属の有力な侍女が『修道院への永久派遣』という名の隔離を言い渡される。直接手を下すことはない。ただ、教会の名の下に、アシュリーの周囲から徹底的に不浄が削ぎ落とされていくのだ。
「……何なのよ、あいつら! 聖女まであの化け物の味方をするっていうの!?」
ダイアナは自室で叫んだが、その声に答える者は日に日に減っていた。協力者は次々と失脚し、間者は影も踏ませてもらえない。後宮内には『聖女がアシュリーを神聖視している』という事実が、得体の知れない恐怖と共に広まっていた。
そんな中、聖女は再び東の離れを訪れていた。
扉の前で深く頭を下げ、かつてないほど恭しく礼を執る。
「アシュリー様、今日の静寂はお気に召しましたでしょうか」
闇の中から、アシュリーの気の抜けたような声が響く。
「……ええ。お掃除の人が優秀なのかしらね。とても静かだわ」
アシュリーにとっては『なんか最近静かだな』程度の認識である。だが、聖女はその言葉を『高位存在からの称賛』と受け取り、法悦の表情を浮かべた。
(ああ、なんと慈悲深い……! 私のような卑俗な者の働きを、あの方はすべてお見通しなのだわ……!)
誤解はもはや、誰にも止められない領域に達していた。
執務室では、ヴィンセントが報告書を握り潰していた。
「……聖女か。彼女の変化が、後宮の粛清と完全に一致している」
「左様でございます。聖女様がアシュリー様に傾倒したことで、ダイアナ妃の勢力は実質的に崩壊いたしました」
マシューの報告に、ヴィンセントはこめかみを押さえた。
状況は好転している。アシュリーは安全になり、後宮の毒も抜けた。だが、王である自分ですら制御できない”狂信”という新たな駒が盤上に現れたのだ。
「利用はできるが、制御は不能か。……とんだ誤算だ」
ヴィンセントがそう呟いた時、慌ただしい足音と共に伝令が飛び込んできた。
地方領主からの緊急報告、あるいは隣国からの不穏な動き――外の世界の動乱が、ついに静寂を守る王宮の門を叩こうとしていた。




