ヤクザも世知辛い
完太が初めてヤクザと対峙します。
さぁどうなる?
客引きの若い二人は、困惑したようにたじろいでいる。
店長らしき男の顔からも、先ほどまでの余裕が完全に消え失せていた。
(そりゃそうだ。下手に出て場を収めようとしたのに、正面からコケにされたんだからな)
「おい……。お前、自分が何を言ってるのか分かってんのか?」
凄む男を前に、完太は腹をくくる。
(もう後には引けない)
「ああ、分かってるよ。いいからサッサと連れてけよ」
「後悔するんじゃねえぞ」
男は吐き捨てると、乱暴にドアを開けた。
「ついて来い」
そのまま、苛立ちを隠さぬ足取りで歩き始める。
(来たぞ。とうとう会える。本物のヤクザに。……でも、
まだこの身体の性能テストをしてなかったな。
もしもの時は、とりあえず頭と心臓だけは死守するか……)
そんな物騒な思考を巡らせながら歩いていると、道端に立っていたキャッチの男が、何とも言えない複雑な表情でこちらを見ていた。
店長がそれを鋭く睨みつける。
(「邪魔くせー客を連れてきやがって」といったところか)
完太は、不安げなキャッチに向かって、不敵に親指を立ててグッドサインを送ってやった。
店から二百メートルほど離れた、ひどく煤けた雑居ビルの前に到着する。
男がアゴで「上だ」と示した。
(こんなボロい場所に、本当にいるのかよ……)
階段を上がり、二階の一室。
コン、コン、と男が事務的にノックした。
「フロンティアのサカキです」
返事はない。
「失礼します」
男がドアを開け、完太を中に促した。
室内にはデスクと椅子が並び、一見すればどこにでもある零細企業のオフィスのようだ。
しかし、机の上に書類や筆記用具の類は一切ない。
(居抜き物件をそのまま使っているだけか?)
中には四人の男がいた。
三人は一つのテーブルを囲んでソファに座り、もう一人は少し離れた席で静かにこちらを見ている。
(あいつが、親玉か)
完太たちが入室しても、誰も一言も発しない。
ただ、品定めをするような冷たい視線がチラリとこちらをかすめる。
部屋の空気が、キリキリと張り詰めた。
店長が沈黙に耐えかねたように口を開く。
「すいません。この客、金がないと言い出しまして……その、ヤクザに合わせろと聞かないもんですから」
下を向き、弾かれたように早口で喋る。
一秒でも早くこの場を立ち去りたいという本音が透けて見えた。
ソファに座った三人のうち、三十代くらいの男が勢いよく立ち上がった。
「へぇ。何? お兄さん、金もないのに遊んじゃったわけ?」
ドスの利いた声。かなりの迫力だ。
「しかも、なに? ヤクザに会いたいって? どういうことだよ」
男は店長の前に立ちはだかり、威圧するように顔を近づけた。
「お前なぁ……これっぽっちの用事でここ(事務所)を使うんじゃねえよ。あぁ?」
店長が平謝りする横で、男の視線が完太に移る。
「お兄さんもさ、何が目的か知らねえけど、俺たちは本来
『存在しちゃいけねえ』生き物なんだよ。
分かるか? おおっぴらには動けねえの。だから、ここに来るなんてのは一番のタブーなんだわ」
男の眼光が店長を射抜く。その隙を見て、完太は一歩前に出た。
「あんたたちがヤクザなら、俺を仲間にいれてくれよ」
男たちの動きが止まる。
「俺は誰よりも強い。少なくとも、あんたたちよりはな。そうでなきゃ、わざわざこんな所まで連れていけなんて言わないだろ?」
心臓が肋骨を叩くほど脈打っている。完太はそれを悟られないよう、不敵な笑みを作り、必死に自分を大きく見せた。
完太とヤクザが、無言で見つめ合う。
(これでも駄目なら……右にあるあの机を蹴り飛ばして暴れてやるか……)
その時、奥で黙っていた、最も落ち着き払った五十代ほどの男が重い口を開いた。
「……まぁ、とにかく入れろ」
店長が逃げるように帰ろうとしたが、近くにいた男に腕を掴まれ、部屋の奥へと引きずり込まれた。
「どーぞ」
椅子を差し出される。舐められては終わりだ。完太は躊躇なく、どっしりと腰を下ろした。
親玉の後ろに金庫が見える。
(……あれを盗むのは、今の段階では無理だな)
完太は座りながら、改めて四人の男を観察し、頭の中で格付けを整理した。
(一番奥で動かない五十代の男が「組長」。
その隣、ソファでどっしり構えている四十代後半の男が、間違いなく「ナンバー2」だ。
さっき威勢よく立った三十代の男は、下から二番目。そして、俺のすぐ近くでさっきから睨みつけてくる二十代前半の奴……こいつが一番下っ端だな)
ナンバー2が初めて口を開いた。
「お兄さん、何かやってたの? いや、強いって自負するからさ」
その傍らで、二十代の下っ端がめちゃくちゃ睨みを利かせてきたが、完太はあえて目も合わせない。
相手にしていないというアピールだ。
「ああ、強いよ。何もしてないけどな」
すると、無視されたことに腹を立てたのか、下っ端の男が急に完太の胸ぐらを掴み上げた。
「お前、俺とやってみっか? あぁ!?」
(ショボそうなツラしやがって。こいつなら、今の俺でもギリ勝てるか……よし、命名『ショボ男』だ)
「おい、やめとけ」
三十代の男が制止する。
「もう時代が時代なんだよ。素人に手を出したら、その時点で俺たちの負けなの。
……まぁ、お前が俺たちと同じ土俵に上がるってんなら、話は別だがな」
最近のヤクザは、想像以上に肩身が狭いらしい。
「なるよ。なるなる。だから、盃分けてくれよ」
完太が軽く言うと、男たちが一斉に吹き出した。
(後で調べたことだが、こんな若造にいきなり盃を下ろすなんてことは、この世界ではあり得ない話だったらしい)
「まぁ、とりあえず今日は帰れ。お疲れさん」
ナンバー2が苦笑しながら言った。
「飲み代も今回だけはまけてやる。本気でウチに入る気があるなら、また来い」
(これも後で知ったことだが、警察の潜入や他組織のスパイを警戒し、最初は取り合わないのが彼らのセオリーだったのだ)
「悪かったな、兄ちゃん」
ショボ男が、掴んでいた完太の服をポンポンと手で叩いて整える。
追い出されるように事務所を後にした二人。
「俺、こっちだから。……飲み代、ご馳走さん」
完太が短く告げると、店長は反論する気力もないのか、力なくうなずいただけだった。
完全に、立場は逆転していた。
お読みいただきありがとうございます。
1部は全19話となります。もう書き終わりましたので、これから毎日投稿したいと思います。20時10分です。
2部も書いていきたいと思ってますのでよろしくお願いします




