ヤクザ探しへ、ぼったくりバーへ
――今日こそは、ヤクザに会う。
そう決めて、俺は新宿・歌舞伎町を歩いていた。
ただ歩いているだけなのに、自分でも分かるほど足取りが不自然だ。視線が落ち着かない。期待と高揚で、身体の奥がじわじわ熱を持っている。
(キャバクラ巡りしてるだけじゃ、金が持たねーしな)
そんな時、聞き覚えのある声が背中から飛んできた。
「あー、お兄さん。みっけ」
振り返ると、前回と同じ男がいた。
年は俺と同じくらい。スーツは着ているが、どう着ればそこまで品がなくなるのか不思議なくらい、だらしない。
「この前のお店、最高でしたね」
「でしょう? あの店、当たりなんですよ」
男は嬉しそうに距離を詰めてくる。
――しまった。あの店の名前を出した時点で、流れは完全に“カモ”だ。
「それよりさ」
俺は、声のトーンを落とした。
「ヤクザって、この辺いないの?」
「……は?」
男の顔から、一瞬で愛想が消えた。
「ボッタクリ店とかさ。そういうとこ」
「お兄さん、どうしたんです? 急に」
(粒子人間で無敵、とは言えねーしな)
「最近は平和ですよ。マル暴がうるさくて、ヤクザも表に出てきませんし」
「ふーん……」
男は少し考えてから、声を潜めた。
「……でも、ボッタクリなら、まだありますよ」
「いいじゃん。そこ、連れてって」
俺が不敵に笑うと、男は明らかに引いた。
「ホントに行くんですね?」
「ホントのホントに」
「……どうなっても知りませんよ」
それでも、男は案内を始めた。
店の前に立ったところで、もう一度だけ、目で訴えてくる。
――本当に、いいんですね?
俺は無言で頷いた。
「お客様でーす。よろしくお願いしまーす!」
ドアが開いた。
中は、昨日の店より薄暗い。
女の子は四人ほど。正直、昨日との差は歴然だったが、今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。
(来いよ……)
頭の中では、すでに“揉めた後”のシミュレーションが始まっている。
料金説明。
聞く意味はない。
席に座り、乾杯。
隣の女は、やたら顔が長い。
「ここ、ケツモチいる?」
「ん? なにそれー?」
白々しい。
(まあいい)
長い時間が過ぎ、男が近づいてきた。
「お客様、お時間です。延長どうなさいますか?」
「しない」
明細書が差し出される。
(来い……)
俺は紙に視線を落とした。
――八万円。
(安いな。……でも、俺の雰囲気ならギリ出せる額、ってとこか)
俺は顔を上げた。
「こんな金、あるわけねーだろ」
言った。
ついに言った。
男の笑顔が消える。
「お客さん、困りますよ。説明しましたよね?」
「説明?」
紙を指差される。
そこには、はっきり書いてあった。
《女性1名同席:1時間6万円》
残りの二万は、雑費か何かだろう。
女を見ると、目を逸らして髪をいじっている。
――空気が、変わった。
さっきまでの軽い喧騒が、嘘みたいに遠い。
店の奥で、誰かが立ち上がる気配がした。
(……ああ)
完璧だ。
俺は、ゆっくりと椅子にもたれた。
「じゃあ、ちょっと裏来てもらえます?」
男は笑顔のまま言ったが、声には一切の温度がなかった。
(来た来た)
ワクワクしている自分がいるのが分かる。
普通なら最悪の展開だろうが、今の俺にとってはイベント発生みたいなものだ。
裏へ続く通路は、妙に現実的だった。
薄暗いわけでもなく、床は清掃され、壁もきれいだ。
通された部屋には、男が一人。
この店の店長か、責任者だろう。
その後ろに、若い男が二人。二十代前半、明らかにペーペーだ。
俺は促される前に、落ち着いて椅子に腰掛けた。
自分でも驚くほど、冷静だった。
「で」
俺は顔を上げる。
「……あんた、ヤクザ?」
一瞬、男の表情が固まった。
「何言ってんだよ」
「金はないからさ。ホントに。
貯金も含めて、三万くらいしかない」
事実だ。
「だから、あんたがヤクザじゃなかったら、こっちも別に用はないんだけど」
男は後ろの二人に一瞬だけ目をやった。
「お客さん、そんなこと言って大丈夫?
ホントに事務所連れてくよ?」
(まだ舐めてるな)
俺はわざと大袈裟に立ち上がった。
椅子が床を擦る音が響く。
「いいよ」
一歩、前に出る。
「さっさと連れて行けよ。ほら、行こうぜ」
俺はドアへ向かい、
そのまま迷いなく――
ドアノブに手をかけた。
その時だ。
店長らしき男が、俺の肩にずっしりと手を置いてきた。
「……まあ、落ち着いてくださいよ」
低く、諭すような声。
「今日はもう一万円でいいですよ。それで手を打ちましょう。な?」
拍子抜けだった。
店側のプライドと、大学生風情の俺から確実に剥ぎ取れる額。その妥協点を探った、あまりに「まっとう」な商売人の提案だ。
だが、その歩み寄りを感じた瞬間、俺に主導権があるのが分かった。
(舐められたもんだな)
俺は無言で、近くの棚に置かれていた補充用の安物ウイスキー瓶を掴んだ。
「お、おい……?」
男が制止するより早く、俺はそれを床へと叩きつけた。
激しい破砕音。琥珀色の液体とガラス片が、俺の靴を濡らしながら周囲にぶちまけられる。
(……あーあ、やっちまった)
心臓がバクバクと暴れる。だが、それ以上に脳が冷え切っていくのが分かる。
さあ、もう後戻りできねーぞ、俺。
お読みいただきありがとうございます。
1部は全19話となります。もう書き終わりましたので、これから毎日投稿したいと思います。
2部も書いていきたいと思ってますのでよろしくお願いします




