歌舞伎町の初キャバクラ
無敵の完太が徐々に歌舞伎町に染まっていく過程を書きました。
街へと繰り出した俺は、自分でもわかるほど不審な歩き方をしていた。
場所は新宿・歌舞伎町。
ヤクザに会いたい一心で、かつて読んだ漫画の記憶を頼りに、最も「荒事」が似合う舞台を選んだのだ。
(ここに来れば、嫌でも本物に当たるはずだ)
期待に胸を膨らませ、ひたすら街を練り歩く。時刻は夜の七時。
だが、歩けども歩けども、それらしき男は見当たらない。
すれ違う連中は皆どこか悪そうな顔はしているが、その実、どこか「おぼこい」。
映画『アウトレイジ』に出てくるような、腹の底から震え上がるような貫禄を持つ人間は一人もいなかった。
(まだ時間が早いのか……?)
そう肩を落とした時、一人の男が声をかけてきた。
年齢は俺と同じくらいか。スーツを着てはいるが、着こなしはだらしなく、品性の「ひ」の字も感じられない。男は周囲を警戒するように、小さな声で囁いた。
「お兄さん、今日の予定は?」
客引きだ。最近は警察の取り締まりが厳しいせいか、かつての勢いはないようだが、この男も食いぶちを稼ぐのに必死なのだろう。
「いや、特にないですけど」
俺が答えると、男の目がパッと輝いた。
「それでしたら、いい店ありますよ。どうですか?」
いかがわしい店への誘い。この男に付いていけば、紹介料としていくらかの金が男の懐に入る仕組みだ。
俺は迷わず、男の背中に付いていくことにした。
これも漫画で得た知識だが、夜の店には「ケツモチ」と呼ばれるヤクザが必ず背後に潜んでいるはずだ。
違法の客引きを平然と続けているような店だ、どうせ法外な値段をふっかけてくるに決まっている。
そこで俺が「払えません」と突っぱねれば、裏の事務所に連れ込まれて……。
「ふむ……悪くないシミュレーションだ」
俺は下を向き、来るべき「本職」との対峙をイメージしながら、店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー!」
扉の向こうは別世界だった。
きらびやかな照明の下、眩しいほどの女たちがいた。
皆、営業用の満開の笑顔を浮かべ、胸元は大きく開き、スカートの丈は犯罪的なまでに短い。
(……おおっ)
一気に鼻息が荒くなる。
店員からシステムや料金の説明を受けたが、正直どうでもよかった。
どうせボッタクリなのだ。後で揉めることが確定しているなら、端から聞く必要もない。
案内された席に座ると、すぐにおしぼりが差し出された。
隣に付いたのはミナちゃん。年は俺と同じか、少し上くらいか。
目が大きくて顔が小さく、鮮やかな赤のドレスが驚くほどよく似合っている。はっきり言って、めちゃくちゃ可愛い。
「今日はお一人なんですかぁ?」
「あ、うん……まあね」
可愛い。可愛すぎる。さっきまでの殺伐とした計画なんてどうでもよくなってきた。
「お酒、何飲まれます?」
「び、ビールで。とりあえずビール」
もう、メロメロだった。
(……いいじゃないか。今は、この時間を全力で楽しもう)
当初の目的を脳の隅に追いやり、俺は順調にグラスを重ねた。こんなに楽しい時間がこの世にあるのかと、至福の時に身を委ねる。
どれくらいの時間が経っただろうか。黒服の男性が近づいてきて、静かに告げた。
「お客様、そろそろお時間です。延長なさいますか?」
その言葉で、俺はハッと現実に引き戻された。
そうだ。俺の目的は、デレデレ鼻の下を伸ばすことじゃない。ヤクザに絡まれることだった。
俺はキリッと表情を引き締め、今日一番カッコいいと思う「漢」の顔を作って、ミナちゃんの方を見ながら言い放った。
「いえ。……帰ります」
「かしこまりました。お会計失礼します」
店員が明細書を差し出す。
キタキタ、と心の中で叫ぶ。ドラマの相場なら三十万。若造の俺をカモにするにしても、十万は下らないだろう。
俺は不敵な笑みを浮かべ、その明細書を読み上げた。
「……五、五千円?」
思わず声が裏返った。
「あの……五十万円の間違いじゃなくて?」
切望の眼差しで店員を見上げる。頼むからボッタクってくれ。ヤクザを出してくれ。
だが、店員は爽やかな笑顔で、トドメの一言を放った。
「はい。初回キャンペーンですので、五千円になります!」
(……めちゃくちゃ優良店じゃねーかよ!)
俺の野望は、歌舞伎町の誠実な商売によって粉々に打ち砕かれた。
「……また、絶対来るね」
俺はミナちゃんの手を握り、目的を果たせなかった悔しさと、店への感動、そしてミナちゃんへの未練が混ざり合った複雑な涙を流しながら、店を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
1部は全19話となります。もう書き終わりましたので、これから毎日投稿したいと思います。
2部も書いていきたいと思ってますのでよろしくお願いします




