『仁義』のツケ
荒垣が刑務所に入っていた理由が明らかに。
石嶺に『仁義』のツケを払わせることに…
「完太。この荒垣って男はな、組のために三年という人生を捧げてくれたんだ。まず、何があったのかをお前に教えてやろう」
組長が静かに語り始めた。
板前が差し出した光り輝くコハダを、荒垣は何も言わずに指でつまんだ。
その指先は、シャバの空気にまだ慣れていないのか、どこか硬い。
黒金組長は湯呑みを両手で包み込み、隣に座る完太へ視線を移した。
「三年前、歌舞伎町のクラブ『リビエラ』で事件が起きた。
九条会が運営してたクラブの雇われ店長の真壁が暴行されたあの夜……実はな、荒垣は現場にすら居なかったんだ」
完太は息を呑んだ。組長の話は、事件の核心へと深く潜っていく。
「実際に手を下したのは、上部組織である稲葉組の若い衆だよ。
だが、あいつらはパニックになりやがった。……稲葉の石嶺の野郎が、俺に泣きついてきたんだ。
『九条会が動けば稲葉も、その下の黒金もただじゃ済まない。荒垣に泥を被らせろ』とな」
組長は一瞬、苦いものを噛み潰したような顔をした。
「荒垣は、俺と、そしてうちの若い衆の居場所を守るためだけに、その理不尽な話を引き受けた。自分とは何の関係もない血のついた灰皿を握りしめ、自ら警察を呼んだんだ」
絶句した完太が荒垣を見る。
だが、当の本人はただガリを口に運び、淡々と噛み砕いているだけだ。
「罪状は組織的な傷害と銃刀法。
こいつは取調室で一言も言い訳をせず、『自分がやった』、それだけで通しやがった。……石嶺の野郎は
『三年で出られるよう工作するし、黒金の面倒も見る』
と約束しやがった。
だが、どうだ。こいつが塀の中にいる間、石嶺は約束を反故にして、俺たちのシマを好き勝手に荒らし回りやがったんだ」
組長の声が、怒りで低く震え始める。
「荒垣はそんなことは百も承知で、三年間耐え抜いた。自分のためじゃない。黒金という看板を、これ以上汚させないためだ。
ワシたちが今こうして歌舞伎町で飯を食えてるのも、この男が黙って人生の三年間を差し出したおかげなんだぞ」
荒垣はそこでようやく湯呑みを置き、横に座る完太をちらりと見た。
「……オヤジ、もういいでしょう。飯がまずくなります」
低く、響く声。そこには自分を犠牲にしたことへの後悔など、微塵も感じられなかった。
「ワシはな……石嶺にだけは、この『仁義』のツケをきっちり払ってもらうと決めとった。
ワシの顔に泥を塗り、荒垣の真っ直ぐな生き様をコケにした罪は重い。そのツケは、金や指一本じゃ到底払い切れんぞ」
組長は完太を真っ直ぐに見据え、言葉を継いだ。
「そう考えていた時に現れたのが、完太、お前だ。お前がワシをトップに押し上げてやると言ってくれた時、正直に言えば嬉しかった。
それと同時に確信したんだ。荒垣の止まったままの時計を動かせるのは、お前しかいないとな」
組長は視線を荒垣に戻した。その目は、慈愛に満ちながらも、退路を断った男の鋭さを宿している。
「荒垣。とりあえず、今日は出所したばかりだ。ゆっくりシャバを楽しんでくれ。街の空気に馴染んできたら動くぞ。……ワシはな、歌舞伎町の地図を書き換えるつもりだ」
一拍置いて、組長は断言した。
「稲葉も九条も、まとめて叩き潰す。白鳳会の看板も外して、黒金一本で勝負をかける。ワシら黒金組が、この街の『新しい秩序』になるんだ」
カウンターに緊張感が走る。完太は、自分の心臓が激しく脈打つのを感じていた。
(……こいつは、想像以上に面白くなってきたな)
お読みいただきありがとうございます。
1部は全19話となります。もう書き終わりましたので、これから毎日投稿したいと思います。20時10分頃。
2部も書いていきたいと思ってますのでよろしくお願いします




