『荒垣征一』出所の時
荒垣という名の『漢』が出所する。この漢の出現により一気に事態は動き出す
午前六時、黒金組の事務所には三人の男が集まっていた。
若頭の金村、若衆の藤田、そして見習いの完太だ。
出所時間は九時から十時の間。早すぎると近隣の迷惑になるため、刑務所側が調整しているらしい。
刑務所へと向かう車内で、完太がふと疑問を口にした。
「オヤジが行ってこいって言うから来ましたけど……
荒垣さんからしたら『お前誰だよ?』ってなりませんかね?」
助手席の藤田が声をあげて笑う。
「そりゃそうだろ。いきなり殴られるかもな。ハッハッハ!」
後部座席で金村のカシラが静かに口を開いた。
「荒垣は破天荒な男だが、少し変わった癖がある。案外、お前のことを気に入るかもしれん。……なんにせよ、あいつは組の功労者だ。労いの気持ちを持って接してやってくれ」
さらに、カシラは釘を刺すように付け加えた。
「それとな、例の『稲葉組と九条会』の件には触れるなよ。
お前のような若造が内情を知っていると分かれば、あいつもいい気はしないだろうからな」
(なるほど。やっぱり、あの揉め事の芯には荒垣征一がいるんだな……)
完太の中で、パズルのピースが繋がり始めていた。
午前九時二十六分。
重い鉄門が開き、一人の男が姿を現した。荒垣征一だ。
(来るか? よくドラマで見る『お勤めご苦労様です!』の合唱……俺も言うのか?)
だが、予想に反して現場は静かだった。カシラが荒垣の肩を叩き、「ご苦労だったな」と短く声をかける。
藤田と完太もそれに倣って頭を下げた。
近隣への配慮から、最近は仰々しい出迎えは控えているらしい。
(うーん。なんか、盛り上がりに欠けるな……)
車に乗り込むなり、カシラが荒垣にタバコを差し出した。
火をつけ、深く吸い込んだ荒垣が、肺の中の空気をすべて吐き出すように漏らす。
「くぅーー……うめぇなぁ……」
「とりあえず銭湯にでも行くか。シャバの湯で、刑務所の垢を落としにな」
「ええ、そうしてください」
若頭である金村が、格下の荒垣に対して細心の気を使っている。
それだけで、荒垣がどれほど大きな泥を被って服役していたかが一目瞭然だった。
たどり着いたのは、古びた銭湯だった。
「行くぞ」と荒垣と藤田が入っていく。
(刺青があっても入れる銭湯があるのか。……それにしても、あいつ俺のことは完全に無視だったな)
一時間後、銭湯から出てきた荒垣は、さっぱりとした顔で髪も完璧に整えられていた。よく見れば、相当な男前だ。
「じゃあ、事務所へ向かいますね」
車が走り出すと、後部座席から鋭い視線が完太に突き刺さった。
「ところでよ……お前、誰だ?」
「あ、山崎完太といいます。よろしくお願いします」
「こいつは今、見習いみたいなもんでして……」
藤田がフォローを入れるが、荒垣の目は笑っていない。
「んん〜? なぁんか、こいつ気に入らねえな。見習いにしては肝が座りすぎだろ、おい。……それに、オヤジがわざわざ俺の出所日にこいつを連れてこさせたってことは、何かしら意図があるんだろうな」
「まあ、こいつはオヤジのお気に入りなんだ。一人で事務所に乗り込んできて、『オヤジを日本一のヤクザにしてやる』なんてヌカしやがったんだよ」
「マジかよお前……おもしれえ奴だな!」
荒垣の手が伸びてきて、完太の首を冗談めかして締め上げた。
「ぐ……っ、苦しい……」
事務所に到着すると、黒金のオヤジが待っていた。二人は熱い抱擁を交わす。
「本当にご苦労だった。当面の生活費だ。少しの間、ゆっくり休め」
差し出された「放免祝い」の封筒は、数百万は入っているだろうと思わせる厚みがあった。
その他にも、他家や知人から届いた「放免御祝」の封筒が積み上がる。一通に百万円は下らないだろう。
(これだけの報奨金が出るってことは、それだけ組に貢献した証か。……逆に言えば、この人は刑務所に入る必要なんてなかったんだろうな)
「腹も減ってるだろ。いつもの『秋寿司』を予約してある。行こうか」
そう言って、組長は完太に目を向けた。
「完太、ちょっと運転してくれ」
「ん、ああ」
その返事を聞いた瞬間、荒垣が完太の首根っこを掴み、ひょいと持ち上げた。
「なんだお前、その返事はぁ?」
「ハハハ! 荒垣、こいつは特別だ、特別。さあ行くぞ」
組長に宥められ、荒垣は納得いかない様子で完太のケツを思い切り叩いた。
「おい、安全運転で頼むぞ!」
『秋寿司』は、黒金組が祝い事の際に使う馴染みの店だ。
カウンターに組長と荒垣が並んで座り、完太は車で待機を命じられた。
一時間ほど経った頃、完太のスマホが震えた。
「……ああ、ワシだ。ちょっと入ってこい」
組長からの呼び出しだった。
店に入ると、組長が隣の席を指差す。
「まあ座れ。……荒垣、こいつがワシを組織のトップ
にしてくれるって言ってる男だ」
組長は寿司を口に運び、どこか楽しげに、しかし冷徹な光を瞳に宿して続けた。
「荒垣。ちょっと、こいつと組んでやってほしいことがある。……少しばかり、組織に波風を立てようと思ってな」
その言葉に、完太の胸が高鳴った。
(……こいつは、面白くなってきた)
お読みいただきありがとうございます。
1部は全19話となります。もう書き終わりましたので、これから毎日投稿したいと思います。20時10分頃。
2部も書いていきたいと思ってますのでよろしくお願いします




