22.城下町編 怪物
叫び声が聞こえた。スノウが振り返ると同時に、セフィライズが自身の手に持っていたスープのカップを手渡して走っていく。彼女もまた、彼を追いかけた。
セフィライズが見たのは、人間を喰らう怪物。公園の広場の真ん中で、身体中に黒いヘドロを巻きつけたような人間の見た目をしたそれが、咥えた人間を噛み砕いている。あの壁から出てきた、タナトスの群れによく似ている異形の怪物。四つん這いの状態で周囲を這いずりながら、逃げ惑う人を襲っている。
「ぎゃぁあああ!!」
肉と骨を咀嚼する異様な音を撒き散らし、人を頭から噛み殺して喰らったあと、すぐにとんでもない跳躍で跳び上がった。走って逃げる人に上空から飛び乗り、体を押さえ込み噛みつこうとしている。周囲を警備していた兵士達が集まり、剣を向けその怪物を排除しようと攻撃を仕掛けた。
人間と同じ大きさのそれは、黒い気持ちの悪い腕を伸ばし、脅威の速さで向かってくる兵士を叩き払う。一人が吹き飛ばされ、持っていた剣が地面に転がった。足元に滑るようにして落ちたその剣を、セフィライズは素早く拾い上げる。
「危ないですよ! 下がって!」
セフィライズが剣を構えながら怪物に向かっていくのを、一人の兵士が止めようと叫んだ。彼は走りながらわざと帽子を取り投げ捨てる。白昼に晒される彼の銀髪を見て、兵士たちは誰なのかを把握した。
セフィライズの接近に反応して、黒く醜い腕が振り払おうと動く。それを避け、再び怪物の背後をとった。
ザッシュッ――――
セフィライズの強い力を込めた剣が、空気を切り裂きながらその怪物の首を切り落とす。剣から手に伝わる感覚が、限りなく人のそれに近く嫌な感覚を覚えた。
空中を舞う、怪物の首。
ちょうどセフィライズが怪物の首を跳ね飛ばすその光景を、走って追いかけてきたスノウが見た。それはあの時、コカリコの街を襲っていた生き物だとスノウが認識するのとほぼ同時。
その首は人になった。
人間の生首が公園の地面に叩きつけられる。喰らいつこうと馬乗りになっていたはずの怪物から、黒い粒子が風に飛ばされるかのように散乱し、首のない人間の死体へと変貌した。怪物に下敷きになっていた人が、恐怖で失神してしまっている。
スノウは目の前に転がるその生首に、見覚えがあった。目を見開いた首だけの男性は、紛れもなく、スノウがスープを買った露店の店主。その事実に気がついた時、彼女は手に持っていたスープのカップを落とし、衝撃のあまり震えながら口元を抑えた。
セフィライズの体に、鮮血が張り付いている。自身が持つ剣から滴り落ちる血を払うと、黙ってその生首を見た。人間ではないものの首を飛ばしたはずが、実際それは人間になってしまった。人を殺したのと同じ感覚を味わいながら、彼はその首を見て考える。
あのタナトスの群れは全て、元は人間だったのかと。それとも、今回の怪物は限りなく似ている別の生き物で、人が異形の形になったのかと。
その場にいた全てのものは皆、衝撃で動けずにいた。首と首なしの死体が目の前に突然現れた休みの公園。楽しいひとときを過ごしていた人たちは、状況が一変し混乱してしていた。あの黒い化け物を殺したのは、突然現れた王国の氷狼だという事実と、人になったという現実がすぐに理解できない。
その中で、突然泣き叫びながら首を拾い上げに走り寄る女性がいた。
「どうして、どうしてっ……!」
号泣しながら生首を抱く女性は、言葉が言葉にならないままに、剣を持ちたちすくむセフィライズを睨みつけていた。兵士達が冷静さを取り戻し、気絶してしまった人、怪我してしまった人の対応に動き出す。生首を抱きしめ大泣きする女性は、一人の兵士に宥められていた。
セフィライズはただ呆然と、その風景をまるで遠い世界の出来事のように眺めていた。誰も何も言わない。その女性が誰なのかも知らない。しかしもう、状況を見れば明らかなのだ。
この女性の大切な人の首を切り落とした。
状況が状況なだけに、仕方ないことなのだ。そんなことは誰しもが見ればわかる。まさかあの異形の化け物が人間になるとは思いもよらなかった。誰も想像できない。その女性ですら、それが自身の愛しい人だとは思わなかったのではないだろうか。だが、目の前で殺された。頭では理解できても、心はついていかないもの。
生首を抱きしめながら、女性は小さく「許せない。人殺し」と呟いたのを、セフィライズはしっかりと聞いた。
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