21.城下町編 休憩
スノウが疲れているように見えて、彼女の側まで滑ってきたセフィライズが声をかける。少し休憩しようと提案すると彼女は頷いて一緒に凍った池から出た。
ほんのちょっとだけれど、滑れるようになってくるともう少しやりたくなるもの。しかし一度スケート靴を脱いだ。やはり貸し靴というのもあり、足の形に合ってないのか痛む。
「この国の人は、自分のスケート靴を持ってる人が多いから。買ってみるといいよ」
セフィライズは付き合うように靴を履き替え、紐を結びながら言った。
「セフィライズさんは、持ってるんですか?」
「一応、たまにしか使わないけど」
彼の話では、場内にも滑れる所があるらしい。アリスアイレス王国の第一王子であるカイウスが好きらしく、よくそこで滑るのを、子供の頃から付き合っていたらそのうち出来るようになったという話をしてくれた。
今、アリスアイレス王国の国王の体調が芳しくない。そのせいか公務のほとんどをカイウスが行っているため、最近は忙しくてスケートを楽しむ余裕もないそうだ。
もしもスノウがカイウスを助けていなければ、その公務のほとんどはまだ若い妹のリシテアが行っていたことだろう。アリスアイレス王国は男性が王位を継ぐことが決められている国というのもあり、女性であるリシテアだけが残ってしまうのは問題だった。大国アリスアイレス王国の第一王女リシテアの結婚相手が、次期国王になるのだから。
「飲み物でも、買いに行きませんか? 今度はわたしが出しますからね!」
先に手を打っておかなくては、とスノウは指をさしながら言った。
「わかった」
セフィライズが苦笑しながら了承する。スノウは満足して笑うと、靴を履き替えたことで軽くなった足取りで露店へと小走りに向かった。立ち止まっている彼へ振り返り、早く早くと手を振る。また彼が、困ったように笑っているのが見えた。
公園の広場の周りを取り囲むように露店が並んでいた。暖かい飲み物やスープ、パンやお菓子類の他に、甘い物なんかを出しているお店もある。一旦彼らは広場の端の柵の方で止まった。
「何にしますか? 寒いのでスープにしますか?」
「まかせるよ」
公園の端の柵にもたれかかるようにしているセフィライズを待たせて、露店の集まる広場まで歩いていく。スノウは露店を眺めながらあれもこれもと目移りしてしまった。こんなにも賑やかな雰囲気を彼女は知らない。物に溢れ、食べたいときに食べれて、暖かい寝場所があって、清潔な衣服を常に着ていられる。それだけで、とてつもなく素晴らしい事だと思っていた。
スノウは暖かいジャガイモのポタージュを選んだ。店主は若い男性だった。
「こんにちは、今日も寒いね! 何個にする?」
「二つ頂けますか?」
スノウはお金を払おうと財布を開けた。全く使っていない給金の一部を奮発して持ってきたが、結果的に購入したのはこれだけ。筋肉質で健康的な店主は、カップにスープを入れて渡してくれた。
「熱いから気をつけて!」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてお礼をする。そのスープを持ってセフィライズのところまで持っていった。
受け取ったそれを手に、セフィライズは公園の柵に寄りかかりながら口をつける。運動して多少汗をかいていた状態で立ち止まっていたので体が冷えてしまった。暖かさが体に沁みた。
ほんの少し、言葉が止まった。お互いに無言の状態で、ただ静かにスープを飲む。
「……君に、聞きたいことがある」
珍しく、セフィライズの方からスノウに問いかける。本当は、聞きにくい事。言っていいか、悩むこと。
視線を逸らし、彼が小さな声で話したのは、またも彼女の所属の話だった。
「私の仕事は、危ないことも多いし遠征もある。兄さんのように、ずっと城内にいれるような仕事の方が安全だし、君にとってもいいと思ってる。だから」
「だから、なんですか?」
スノウはなんとなく、彼の言いたいことがわかっていた。彼女自身を嫌っているわけでも能力が足りないわけでもない。彼なりの、優しさだということに。でもそれは、セフィライズが勝手に決めた、優しさ。
「セフィライズさん、もう二度と、その話をしないでください」
スノウはかなり厳しい声を出した。真剣に、真っ直ぐにセフィライズを見る。彼は視線を逸らしたままだった。
「わたしは、とても感謝しているんです。せっかく、一緒にお仕事できるのだから、全力で、お礼がしたいと思っているんです。だから、だから……」
もう二度と言われたくなかった。危ないとか、彼女にとってはいいとか、勝手に決めてほしくもなかった。
スノウ自身が彼と一緒にいたいと決めたこと。自分で選んだ事。心から、全力で、気持ちをこめて、彼の背中を押したい。寄り添いたいと思っているから。
「もしセフィライズさんが、ご自身の生まれだとか見た目だとか、そういうものを気にされて言っているのだとしたら。わたしはそんなの、全く気にしていません」
室内庭園で、シセルズが語ってくれた過去。彼の、いつもフードを目深にかぶり、肌の露出や髪を出すことを避ける行為。一緒に旅をしていた中で偏見や、周囲の人の態度を目の当たりにしてきた。きっとずっと、ずっとそうだったんだろう。自分の生まれに後ろめたさを感じているのだろう。だから、伝えたい。
セフィライズは目を見開いて彼女を見た。スノウちゃんの中には、お前がいるぞ。そう言った、兄の言葉を思い出す。
彼女の差し出す手に、伸ばそうとした。その時。




