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17.城下町編 図書室



 振り返ったセフィライズの表情はよく見えない。スノウは思わずそのフードに手を伸ばす。彼は身をひいて、それを避けた。


「ごめんなさい、顔が、見えなかったので」


 どんな表情をしているのか、知りたかった。ただそれだけだ。スノウは引いた手を胸に当てながら次の言葉を探した。それを見て、間を開けてセフィライズがフードをおろす。相変わらず、雑に伸ばされた銀髪と変わらない透明なガラスのような瞳がそこにあった。


「君は……」


 セフィライズは続きの言葉を止めた。どう、質問していいかもわからない。スノウに彼の部下という立場のままでいいのか聞きたかった。


 スノウはきっと、さっきの会話を聞いていたであろう彼の気持ちを考えていた。自分だったら、どう思うか。そんなもの、すごく嫌な気持ちになるに決まってる。でも、どうしていいかはわからない。だからできるだけ彼が安心できるように、スノウは優しく微笑んだ。


「あの……セフィライズさん。おかえりなさい」


 スノウのその言葉に、彼は目を丸くした。すぐに伏せられた瞳は視線を下に落とす。ほんの一瞬、物悲しそうな目をした彼はすぐにスノウを見た。困ったような、迷ったような、それでいて少しだけ微笑んで、彼は答えた。


「ただいま……」


 その返事を聞いて、スノウは嬉しくなって、また笑った。









 セフィライズが向かったのは図書室だった。スノウは図書室の入り口で少しだけ止まった彼の横顔を見る。伏し目がちな瞳は、多分彼が今、その髪も肌も目もさらけ出しているから。背を、押すべきか迷った。図書室に入る事を躊躇している彼の。しかし、彼は自分から足を進めた。 


 セフィライズが図書室に入ってきたことで、少しだけ空間が騒めく。気にせず奥の方へ進む彼の後ろについていくと、そこには文官のツァーダがなにか調べ物をしていた。

 二人が近づいてきたのに気づいたツァーダは、慌てた様子で書籍を棚に戻す。焦り気味ともとれる動きで、セフィライズの横を通ろうとした時、またもや彼の前で立ち止まった。


「貴様はたしか……魔術に詳しかったな」


 セフィライズは胸に手を当て深く頭を下げながら「はい」と、答える。


「強力な浄化方法を知っているか」


 ツァーダの質問に、セフィライズは少し考えた。普段から話しかけてくる事があれば、大体が嫌味である事が多い。そもそも眼中にないといった対応のほうが多い中で、質問の意図がわからなかったからだ。


「早く答えろ!」


「浄化の魔術が使える者の、ゆかりの地の水に神話の時代からあるローズマリーの株から枝を採取し浸します。それらを術の前に使用すれば、格段に魔術が強力になる他に浄化作用も……言われています」


 神話の時代からあるとされるローズマリーの株から取る枝。現世と冥界の狭間に存在するという。世界の何処かに存在するとされる冥界への入口から手を伸ばすか、入口を開けられる魔術師が必要となる為、入手するのは困難だ。

 禁忌かもしくはそれに準ずる魔術を行う時に使用するそれは、凡人でも浄化の力を与えてくれるという。魔術に心得のないツァーダにとっては、良いのではないかと思った発言だった。無論セフィライズが思う一番いい方法は、スノウに頼むことだ。だが、何故かそれは言えなかった。

 ツァーダは全てを聞き終わると、とても絶望した表情を浮かべた


「……貴様は、取ってこれるのか」


「手を伸ばすぐらいなら、開けられます。しかし、禁忌に触れる為、穢れを引き寄せる事になります」


 ツァーダは隣に立つスノウをちらりと見る。彼女なら浄化の魔術が使える。それはツァーダもよくわかっている事だ。なにか言いたげに口をひらいたが、ふんっと鼻を鳴らして図書室から出ていってしまった。

 セフィライズは顔を上げ、既に図書室から出ていってしまったツァーダを振り返る。スノウへと会話が向かなかった事に安堵した。


 セフィライズはちょうど適当に空いている席に座るようスノウを促す。スノウを置いて、彼は数冊本を取りに行くと、机に備え付けてある小さな紙とペンを片手に持った。


「兄さんから年齢を知らないって聞いた。スノウが住んでいた地域は、確か月の重なりを暦にしていたと思うんだけど……」


 何の話かと思えば、スノウは驚いていた。セフィライズに詳しく聞かれ、彼女は素直に答える。紙に何かを書いている彼は、分厚い本をめくって資料に目を落としていた。彼が持ってきていたのは、月の満ち欠け、軌道などの天文の記録。


「産まれた正確な日付はわからないと思うけど、何か特別な出来事が起きたとかそういう話は聞いてないか」


「えっと、干ばつがあったと聞きました。水を用意するのが、大変だったって……」


 スノウは昔の事を思い出す。過去の辛かった出来事が、なんだか少しぼやけて見える気がした。ずいぶん遠くまできた、それは紛れもない事実。悲しい事、辛い事、それはとても鮮明に覚えているけれど、どこかで受け入れて、そして心の中でしっかりと向き合っている。だからその辛さに、ずっと悩まされなくて済む気がした。

 それと同時に、スノウはシセルズの昔話を思い出す。目の前で、資料を読んでいる彼の顔をもう一度見た。長く伸ばした銀髪が、めくる本の端にあたって揺れる。

 彼がたまにする、物悲しそうな目、辛そうな表情。それはきっと、彼の何かが常に彼自身を責めているのだろうと思った。向き合わず、背を向け続ける、スノウの計り知れないものに、きっとずっとずっと。


「……大体十八か十九……干ばつの記録から読めば、十八が妥当か」


 セフィライズが紙に文字を書くのをやめて、考えるようにして出した答え。


「ありがとうござます。あの……セフィライズさんは、おいくつなんですか?」


 質問を返されるとは思っていなかったのか、彼は驚いた表情見せた。もう長く、年齢など気にしたことがなかったせいか、少し考えるように首を傾げさせている。


「……二十六、いや……二十七か」


 スノウはセフィライズの事をもう少し若いと思っていた。シセルズ同様若く見える、というのもあるのかもしれない。思っていた以上に歳上なんだな、と思うと同時に、どうして彼は年齢を言い直したのだろうと思った。しかし、すぐにその理由に気がつく。


「お誕生日、近かったんですか?」


「……確か、昨日……」


 セフィライズは戸惑いながらも答えた。昨日は確か、彼は遠征に行っていたはず。お祝いをしたのだろうか、スノウはそれが気になった。


「セフィライズさん、お昼は食べましたか? よかったら、一緒にどうですか? お誕生日の、お祝いも兼ねて」


「誕生日って……そんな、祝うものでも……」


「いいえ、だめです。産まれたことを、喜ばないとだめです!」


 スノウの言葉に、セフィライズが視線をそらす。その仕草に、彼女は感じるものがあった。彼の心の中でずっといる、何かに、近いところま触れたのだと。


「大丈夫ですよ」


 思わず口に出していた。脈絡もないそれ。口を押さえて、何を言ってしまったのだろうと慌てた。しかし目の前のセフィライズは、伏し目ながらも薄く笑っていた。


「城下町に、美味しいお店があるそうですよ。一緒にいきましょう」


「……わかった」


 スノウはあの時と同じだと思った。りんごを一つ、コカリコの街の焚き火の前で渡した、あの時。押しに折れて、仕方ない、みたいな表情をしていた彼の事を思い出した。あの時に感じた気持ちが、心の中に蘇る。今も、同じ。


 強くて、毅然としてて、でもどこか人と距離を置いて、本当はとても心細いのかもしれない。

 そしてとても、本当は思いやりのある、人なのだと。


 

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