14.城内での日々編 一本
「いいか、適当に切り掛かっても意味ないからな! こういう一対多数の時は、隊列組んで、役割決めてだな!」
「兄さん、助言は……」
「ありだろあり! 負けんな!」
吐き気と頭痛を誤魔化すのには、無理やり気持ちを上げて行くしかない。セフィライズに挑む兵士達に、シセルズはあーでもないこーでもないと指示を飛ばす。それを聞いて全員がなんとかその通りに動くようになると、彼に少し焦りが見えた。
「やりにくいっ……」
三人が前方三方向から向かってくるのを避ける。しかしその先にも誰かがいるのだ。シセルズの指示で、どこにセフィライズが避けるのか、ある程度読まれている。避けるべき剣筋の精度が上がると、自然とセフィライズが押され気味になった。
セフィライズは誰かを本気で行動不能にするつもりはなかった。軽く避けて、疲れさせて、それで終わりでいいかと思っていた。しかしシセルズの的確な指示が入り出すと、人数が多すぎて動きが鈍る。身軽さだけでは避けきれないと判断し、大きく集団から離れるように飛んだ。
全員がそちらに視線を向ける。セフィライズの息を大きく吸って吐く姿に、シセルズは慌てて全員に「呼吸を整えさせるな!」と叫んだが遅かった。
そこにいた誰しもが、その変化に気がつく。まただ、彼の周りに冷気が見えるのだ。振り返る彼の後ろに本物のフェンリルがいるようだと思うほどの重圧。その場にいた兵士達全員、それだけでもう逃げ帰りたくなるほどだった。
「おらー! 気迫だけで弱腰になるんじゃねぇ! 相手は一人だ!」
シセルズの鼓舞も虚しく、全員がやや逃げ腰。
「明日まで起き上がれなくなるかもしれないけど、いいよね」
シセルズがあーでもないこーでもないと指示を飛ばすも、新兵達は顔を真っ青にしている。前にはセフィライズが、後ろにはシセルズがいるような状態で逃げられない。ならば進むしかない。全員が指示通り、目の前の氷狼に気合いを入れて挑むほかないのだ。
「あんなののどこがいいの、スノウちゃん」
「なんですか?」
「いや、だから。俺が思うに、根暗だし、一回切り替わったらまぁまぁな戦闘狂じゃん。付き合いやすい方でもないし、どこもいいとこないだろ?」
スノウは少し考えた。何の質問をされているかわからない。セフィライズの事だろうとは思うが、どう答えていいかわらなかった。
「セフィライズさんは……とても優しいですよ?」
スノウは一緒に旅をした日々を思い出すと、とても暖かい気持ちになる。沢山の大切な思い出を、ひとつひとつ宝物のように愛でると、心がふんわりとしてくる。この気持ちを、なんというか、まだわからない。ただ、彼の為に何かしたいな、という気持ちが湧くのは、感謝を伝えて、恩返しして、そんな気持ちだと思っていた。
「えっと、スノウちゃん……」
その反応に、シセルズはスノウが自覚のない状態という事を知る。シセルズから見れば、スノウが弟に気があるのは一目瞭然に見えた。思い込みではない、経験からだ。だからきっと、本人にも自覚があると思っていたのだ。自覚があり、あえて何も言わないでいるのだと。でもその本人が、無自覚。
ならば、それに名前はつけない方がいいと思った。彼女の中にあるであろう気持ちに、特別な名前をつけてしまうと、言葉の意味に引きずられるもの。
「若いって、いいねぇ……」
「??」
シセルズは、なんとなくはぐらかすぐらいしかできなかった。
いつか自然に気がつくのかもしれない、しかし引き金を引くわけにはいかない。
その引き金を、シセルズ自身が引くということは、スノウを意図的に巻き込むということ。
どんな顔をするだろうか、どんな気持ちになるだろうか、どんな言葉を、あいつは彼女にかけるのだろうか。
避けられない、逃げられない、いつかを作るのは、自分であってはならない。
シセルズは目の前で木剣を振るう弟を見る。その、いつかを、背負うのは。
一人、また一人と、セフィライズに倒されていく状態で、形勢逆転はもう無理だと誰もが思っていた。しかしシセルズは諦めていなかった。再び始まった乱戦の状態を見ていたスノウに、木剣を渡す。
なぜ渡されたのか、スノウはよくわからないままに受け取った。
「あの、これ……」
「最終兵器、投入っ!」
シセルズに思いっきり背中を押された。こけそうになりながら、前に押し出された彼女は振り返る。シセルズがいけいけと腕を上げていた。つまり、あの乱戦に参加してこいという事。
「えぇ! 無理ですよ、わ、わたし剣とか、振るった事ないです」
「適当に振り回しとけばあたる! 行け行け!」
どうしよう、仕方ない、困った……。
スノウは困惑しながら剣を振り回しながら、セフィライズの方へ突っ込む。
セフィライズは彼女が突然やってきたのに気がついて、慌てた。シセルズが悪い顔して笑っているのが見える。
「兄さん……」
シセルズにやや呆れ顔を見せる。セフィライズはスノウのわかりやすい軌道の突撃を避けた。すぐにスノウは木剣を構え直して、セフィライズに向かってくるも、目を瞑り、ただ闇雲に振り回すだけ。避けようと思えば簡単なそれ、しかし。
セフィライズの後ろからも数人が木剣を振りかざす。慣れている新兵ならお互いの木剣を避けられるが、スノウは違う。何も見てない状態で突っ込んだら、怪我をするのは。
「えーいっ!」
スノウは振り下ろされる木剣に、全身全霊の力をこめる。その力一杯の雑な剣筋のそれを、セフィライズは顔の前に腕をかざして甘んじて受けた。直後に背中からも、他の新兵達の木剣があたる。手加減のないそれは、いくら木でできているといえど痛い。
「……」
「あれ……?」
わざと避けなかった。それは誰もが見てわかる。しかし新兵達は罰で出された五十周走る事を免除された喜びが優っていた。全員がもう疲れ切っていたが大喜びで盛り上がり、スノウの周りに集まってくる。
その様子からゆっくりとセフィライズは離れ、腕を押さえながらシセルズのところまできた。
「痛めたのか?」
「少し……」
腕で受けた木剣の痛みで、手が痺れる。手首を回しながら顔を歪めた。
「あのセフィライズ様の腕を痛めさせるとは、将来大物ですな!」
シセルズの悪い顔をセフィライズは冷ややかな目で見る。スノウを呼び戻そうとする兄を、セフィライズは止めた。
「いいよ、医務室に行くから」
そう言い残して、練習場から出て行った。




