15.城内での日々編 代理
スノウは朝、ぼんやりと目を覚まし、その天井を眺めていた。
嫌われている、役に立たない。だから必要ないのかもしれない。そう、最初は思った。しかし、シセルズの口ぶりからするに、きっと。彼らの、白き大地の民ゆえの、何かがあるのかもしれない。スノウの知らない、もっと昔の。
スノウは自分の頬を両手で叩いた。しっかりしよう。今日も、一日頑張って、少しでも。いつか、セフィライズに何かできる日がくるまで。
スノウが訓練場に着くと、シセルズの姿はまだなかった。兵士たちは思い思いに雑談したり、軽く体を動かしたりして過ごしているだけだ。いつもなら、スノウが到着する頃にはシセルズはすでに挨拶を終え、訓練が始まっているはずなのに。
スノウは首をかしげながら、入口近くの壁に寄りかかった。
「おはよう」
入口から入ってきた男性の挨拶の声。全員が振り向くとそこには、セフィライズが立っていた。その場にいた兵士たちは驚き、ぴたりと動きを止めた。スノウもまた、彼を見つめたまま固まった。
「今日は、にいさ……シセルズが体調不良なので、代わりに私が指導することになった」
想定外の言葉に、新兵たちは口を開けたまま呆然とする。しかし、すぐにまとめ役の兵士が我に返り、声を張り上げて整列を促した。
「スノウは後で見るから、そこで待機」
「はい」
整列をしたざっと三十人程の兵士達の前にたつ。
「「おはようございます!」」
まとめ役の声で、全員が一斉に敬礼をした。それにセフィライズは少し困惑気味だった。
本当に、こういった事を今まで一切してこなかった。全員から注目を浴びるのも、慣れているけれどもこれはまた別の話。
「悪いけど、指導とかそういうの、あまり経験がないから。だから……全員木剣を持ってまた整列」
兵士たちは一斉に動き出した。セフィライズもまた、木剣を手にとり元の位置へ戻る。
セフィライズは他国でも名が知れ渡る程の騎士である。カイウス王子の親衛隊六花の一人であり、氷狼の二つ名は、誰もが一度は聞いたことがあるはず。階級としても最上位であり、普段は一般新兵と関わることすらない。
そんな遠い存在であるセフィライズが、目の前に立っていて指導をするというのだから。新兵たちは、胸の奥がざわついて仕方がなかった。何が始まるんだ。どうなるんだ。その不安が、列の中を静かに波のように広がっていった。
「じゃあ……全員でかかってきていいから。誰かが一本取ったら終わり」
セフィライズは木剣を軽く回し、前へと構えを取った。その言葉に、兵士たちだけでなくスノウまで目を見開く。ざっと三十人以上、いくらなんでも無茶だ、とスノウは思った。
「本気で来い」
呼吸を整えたセフィライズが剣を構えた瞬間、空気が変わった。先ほどまでとはまるで別人のように、銀の瞳に冷気が宿る。その場の温度が一段下がったような錯覚すら覚える。
新兵たちは互いに顔を見合わせ、戸惑いを隠せないまま声を掛け合う。そして、恐る恐る、しかし覚悟を決めるように、彼へ挑み始めた。
「ぁー、やってるぅー……」
気分は最悪だが、弟がどうしているか気になって仕方がなかった。どう考えてもセフィライズに指導なんて務まるはずがない。普段から他人には言葉足らずで、説明も得意じゃないのだ。着替える余裕もなく、そのままの姿で練習場へ向かったシセルズは、なんとか辿り着いた先で、すでに乱戦が始まっているのを見た。まさに予想通りの展開だった。
「あー……あいつが指導できるわけねぇーから、まぁ、そうなるよなぁ」
「おはようございます、シセルズさん。体調は大丈夫ですか?」
「お、スノウちゃんおはよう。いや、まじ最悪よ……」
入口付近の壁で待機を命じられていたスノウは、明らかに具合の悪そうなシセルズを心配そうに見つめた。
「あー二日酔いだから、そんな心配しなくても大丈夫」
シセルズはスノウにヘラヘラと笑って見せ、視線を前へ戻した。円陣のように兵士たちが取り囲む中、セフィライズが異様な速さで一人ずつ軽くあしらっているのが見える。
「これいつから始まったの?」
「えっと、ついさっきですよ」
スノウは最初こそ心配したが、始まってすぐにその心配が的外れだったと悟った。新兵三十人程度では、束になっても彼の足元にも及ばない。それほどに速く、強い。
「強いですね」
「あいつ、一騎当千みたいなもんだからな。まじ化け物」
しかし不甲斐ない。シセルズは、セフィライズにまったく歯が立たない新兵たちを見て肩を落とした。相手が弟とはいえ、一人に全員が避けられ、軽く負かされているのは情けない。自分が指導している兵士たちだからこそ、弟よりもそっちに味方したくなる。
「お前らー! 絶対一本とれよ! でないと、終わった後、ここ五十周走ってもらうぞ!」
シセルズが突然鼓舞したものだから、兵士たちは一瞬きょとんとした。だが、すぐに全員そろって力強く返事をし、わずかに気合が入った様子を見せた。




