13.城内での日々編 代理
スノウは朝、目を覚ますと同時に複雑な感情が湧いていた。
シセルズの語った過去は、断片的に何か、大切な情報が抜け落ちている気がしたからだ。しかし、それを聞く事はできなかった。言いたくないから、わざと言葉を選んでいた。聞かれたくないから、伏せていた。そこに踏み込んでも、今の関係性ではきっと答えてはくれないだろうと思った。
それならば、その抜け落ちた欠片を、いつか聞けるようになるまで。いつか、話してもいいと、思ってくれるようになるまで。それまで、頑張るしかない。だから、今は自分から聞かない。そう決めた。
スノウがシセルズのいる練習場に着くと、彼の姿はまだなかった。兵士達が各々に、雑談したり軽く運動したりしてすごしているだけ。いつもなら、彼女が到着する頃には既に整列して、訓練が始まっているのに。スノウは首をかしげつつ、入口付近の壁に寄りかかった。
「おはよう」
入口から入ってきた男性の挨拶の声。全員が振り向くとそこには、セフィライズが立っていた。いつものように銀髪を隠すフードをしてない。その場にいた全員が一瞬にして思考を停止し、手を止めた。スノウもまた、入口で立ったままの彼を見る。
「今日は、にいさ……シセルズが体調不良なので、代わりに私が指導することになった」
想定外の言葉に、新兵たちは口を開けたまましばらく呆然としていた。しかし、すぐにまとめ役が声を上げて整列を始める。
「スノウは後で見るから、そこで待機」
「はい」
整列をしたざっと三十人程の兵士達の前にたつ。
「「おはようございます!」」
まとめ役の声で、全員が一斉に敬礼をした。それにセフィライズは少し困惑気味だった。本当に、こういった事を今まで一切してこなかった。全員から注目を浴びるのも、慣れているけれどもこれはまた別の話。
「悪いけど、指導とかそういうの、あまり経験がないから。だから……全員木剣を持ってまた整列して」
一斉に全員が指示通りに動く、それに困惑気味のままセフィライズもまた木剣を取りに行き、元の場所に戻った。兵士達全員が、これを持って何をするんだろうという様子で並び直す。どうするんだ、何をするんだ、という声がざわめきになった。
シセルズと違いセフィライズには親しみやすさがない。それが一般的な認識だった。怖くて、近寄りがたくて、何を考えているかわからなくて、別次元の人。彼と話す人はほとんどいない。誰もが一線を引いていて、セフィライズ本人も引いている。階級はシセルズよりも上の最上位。明らかな上官にあたるセフィライズが何をするのか、兵士たち全員、思いもよらなくて不安だった。
「じゃあ……全員でかかってきていいから。誰かが一本取ったら、そっちが勝ち」
セフィライズは木剣を軽く回して、前に出す。その場にいた兵士達だけじゃない、スノウもまた驚いていた。ざっと三十人以上、いくらなんでも、と思った。
「本気で来い」
呼吸を整え終わった彼が剣を構える。先ほどまでと違い、完全に意識を切り替え終わった目をしていた。彼の銀の目に、冷気が宿る瞬間。雰囲気すらも、全く変わってしまう。
戸惑う新兵達は、お互いに声を掛け合い順番に彼に挑んだ。
「ぁー、やってるぅー……」
シセルズは気分が悪いが弟がどうしているか心配だった。どう考えても指導なんてできそうにない。いつも他人にはどこか言葉足らずな事が多いからだ。着替えずそのままの姿で来てしまうも、なんとか練習場にたどり着いてみれば既に乱戦が始まってる。シセルズが予想していた通りの展開だった。
「あー……あいつが指導できるわけねぇーから、まぁ、そうなるよなぁ」
「おはようございます、シセルズさん。体調は大丈夫ですか?」
「お、スノウちゃんおはよう。いや、まじ最悪よ……」
入口付近の壁で待機を命じられていたスノウは、気分の悪そうなシセルズを心配そうに見る。
「あー二日酔いだから、そんな心配しなくても大丈夫」
シセルズはスノウにヘラヘラと笑って見せ、視線を前に戻す。練習場の真ん中で、円陣のような人だかりに囲まれて、異様な速さで一人ずつ軽くあしらっていく弟の姿が見えた。
「これいつから始まったの?」
「えっと、ついさっきですよ」
スノウは最初こそ心配したが、始まってすぐにそれは間違いだったと分かった。新兵三十人程度では、束になっても彼の足元にも及んでない。それぐらい速くて強い。それに、スノウには彼の目の色がいつもと違うように見えた。
「強いですね」
「あいつ、一騎当千みたいなもんだからな。まじ化け物」
しかし不甲斐ない。シセルズは、セフィライズとはいえ一人相手に誰もなすすべない状態で避けられ負かされている新兵に対して肩を落とす。自分が指導している兵士たちなだけに、弟よりもそちらに味方したくなるのだ。
「お前らー! 絶対一本とれよ! でないと、終わった後、ここ五十周走ってもらうぞ!」
シセルズが突然に鼓舞するものだから驚いている。しかし兵士達は全員揃って返事をすると、少し気合が入ったようだった。




