7.城内での日々編 痛み
セフィライズが住んでいるのは、アリスアイレス城の裏にあるもう一つの庭園。そこにひっそりと建てられたログハウスがある。兄弟が幼い頃は2人でその場所に住んでいた。シセルズがいちいち仕事の為に外に出るのが嫌になってしまい、城内に自室をもらうと自然とセフィライズはひとりになってしまった。
スノウは防寒具を着込んでその庭園に出た。庭園、というよりは人工的に作られた森に近い。誰もいない、静かな場所だった。言われた通りの道を歩こうとするが、雪でわかりにくい。昼だと言うのにあたりは暗く、吹雪が視界を悪くして見えない。
城内と違ってとても静かだ。誰ともすれ違うことなんてない。なんだか、とてつもなく感じてしまった。孤独を。
危うく城の裏庭で遭難しかけながら、彼女は白い視界にログハウスを見つけた。ドアの前に立つも、身体中寒くて声が出そうにない。諦めてドアを軽く叩いてみた。
セフィライズはただ呆然と床に敷かれたラグの上に横になりながら、揺れる暖炉の炎を眺めていた。
何もやる気が起きない。体に何の力も入らず、起きているのも苦痛。ただ時間だけが無駄に過ぎていく。
目を閉じると悪夢を見そうだと、彼は思った。いつも、こんな時はよく、嫌な夢を見る。
コンコン−−−−
誰かが扉を叩いている音が耳に届いた。こんな時に来るのは、カイウスの急ぎの連絡を伝える従者ぐらいだと思い、重い体を持ち上げる。
立ち上がりながら、処置が悪く痛みがひかない左腕を押さえた。歩くのが辛く、一歩踏み出すだけで肩で息をしてしまう。足取りもおぼつかず、壁に体を預け、沿わすようにしてなんとか進んだ。声にならない声で返事をして扉を開ける。
「ぁ……」
吹雪のせいで配給されている赤いコートが真っ白になるぐらいに雪を纏ったスノウが目の前に立っていた。想定外の人物で、セフィライズは一瞬止まってしまう。しかしすぐに、誰の仕業なのか見当がついた。
スノウは扉を開けたセフィライズの血色が悪い事と、辛そうに息を整えながら、無理に普通を装っている事が気になった。
「あの、こんにちは。シセルズさんが、様子を見てきてほしいって……」
予想通りの名前が出て、セフィライズはため息をついた。しかし今は、スノウの相手を丁寧にしていられるほど余裕がない。
「兄さん、に、大丈夫、って、言っといて……」
話すのが辛い。なるべく悟られないようにと思うも苦しい。セフィライズが左手で扉を閉めようとする。その手をスノウが掴んで止めた。触れられた痛みで顔が歪んでいる。
「シセルズさんも、同じところに包帯があったんです」
スノウが掴むセフィライズの左手首の衣服に血の跡。袖口から包帯がちらりと見えた。
「……」
セフィライズはなんて答えていいかわからなかった。きっと兄ならば適当にはぐらかせるのだろうと思う。
「今、ちょっと……余裕が、ないから。悪いけ、ど、後に……」
後にして、とりあえず帰って欲しい。そう繋げたかった。しかしもう、声は出なかった。
突然、セフィライズの視界が揺らぐ。酷いめまいと疲労感で、扉に体を擦り付けてながら崩れるようにその場に座り込んでしまった。立ち上がる気力がない。
「はぁっ……はぁ………」
セフィライズが目の前で崩れ落ちるのを見て、スノウは慌てた。部屋の中に入り扉を閉める。真っ青な顔で荒い呼吸を繰り返し、苦しそうだ。何が起きてるのか、彼女には理解できない。
「どう、どうしましたか。何か、病気ですか?」
「休め……ば、……良く、、なるから……っ……」
だから帰ってほしい。再び続けようと思う言葉は出ない。倒れないように体を支えている左腕から、じわりと血が滲んだ。
「今、治しますね!」
「待っ……」
スノウはその血をみて、彼の肩に手を回し詠唱を初める。セフィライズが、彼女が治癒の力を使おうとしていることを知り、止めようと顔をあげた。待って、今はダメだ、と。しかし、声にならず苦痛の表情で彼女を見ることしかできなかった。
「今この時、我こそが世界の中心なり」
スノウが最後の言葉を紡ぐ。これで、出血は止まったはずと思ったスノウの目の前で、彼は糸が切れた操り人形かのように床に崩れ落ちた。
「セフィライズさん……?」
荒かったはずの息は小さく、事切れたかのように静かに気を失っている。
スノウはしばらく現実を理解できなかった。彼の肩を揺すってみるも、何も反応がない。怖くなって首の付け根に手を当てる。脈はなんとかあった。
スノウはシセルズとの会話を思い出す。収穫された、家畜とかわらない、そして同じ個所に包帯。セフィライズに視線を戻すと、不自然に伸ばされている髪の毛が目に入る。シセルズも髪を長くしていた。髪を伸ばす理由はなんだろうか。……その髪に、価値があるから。
2人が白き大地の民だから。
スノウは事実に気がついて口元を抑えた。まただ、あの時と一緒だ。ギルバートを癒した時と、同じなんだと。
シセルズは髪を切られ血を抜かれ。セフィライズはいつも多く血を抜かれている。彼らの血肉は特別だと知っていたのに。
そんな状態で、怪我をしている彼の為に魔術を使ってしまった。消費されたマナは、どこからきたのか。
「わたしっ……」
スノウが、彼に追い討ちをかけてしまったのだ。