表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/388

8.城内での日々編 練習


 それぞれが手合わせを始める中、スノウだけが相手のいないまま立ち尽くしていた。

 周囲を見回しても、誰も空いていない。


「終わったなら、帰るから」


「待てよ」


 セフィライズはいつものようにマントのフードを深くかぶり、髪と顔を隠したままスノウの横を通り過ぎようとする。一度も視線を向けることなく。


「お前はスノウちゃんの相手をするんだよ。ほら一人余ってんだろ」


 セフィライズは出口へ向けた体勢のまま、しばらく動かなかった。やがて、深く長いため息をつく。


「おい、セフィ」


「わかった」


 弟の、不貞腐れた子どものような返事に、シセルズは胸の内でそっと笑った。セフィライズは再びマントを脱ぎ、スノウの前に立つ。

 彼女は少し見上げる形で、久しぶりにセフィライズの顔を見た。あれほど近くに感じたはずの彼が、目の前にいるのに、まるで手の届かない場所にいるようだった。

 城内ですれ違うかもしれない。少しだけ話せるかもしれない。声をかけに来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を、ずっと抱いていた。

 一緒に旅をしたいくつかの思い出の中で、自然と笑顔をみせてくれていたのも、もうずっと遠い昔。


「あの……お願いします」


 スノウは頭を下げた。彼が広いところに移動するのを黙ってついていく。少し距離を取って向かい合った。


「どこまで習った?」


「えっと、何も」


 その回答にセフィライズは兄の方を見る。遠くてシセルズは親指を立てて笑って見せた。


「初歩的なものでいいか」


 無表情のまま、伏し目がちな瞳。セフィライズはスノウの目の前で腕を伸ばし、足をすらしながらスノウに教えようとする動きをして見せた。


「誰かとやってるところを見てもらう方が早いけど、誰もいないから。こうやって、相手の進む力を利用するように受けて、それで……」


 セフィライズは丁寧に動いて見せてくれる。彼女は真剣に彼の動きを見て頷くも、しかし全く理解できていなかった。


「やめようか……」


 彼女が理解できてない事を察して、もう少し簡単なものがいいかと思考を巡らせる。


「じゃあ、ここに一発当てて。流して見せる」


「はい!」


 セフィライズは胸の前で手のひらを見せ、反対の手でその拳を指し示した。スノウはぎこちなく拳を握りしめ、少しだけ構える。人を殴るような動作など、真似であってもしたことがない。どうしていいのかわからず、戸惑いが胸の奥で揺れていた。


「思いっきり殴ってくれた方がやりやすい」


「わかりました」


 彼女の遠慮が見えたのだろう。指摘をされてしまった。スノウは何度か深呼吸し、構えられた手のひらへ向けて、右の拳を思いきり突き出す。その拳は一瞬、彼の大きな手のひらに包まれた。

 次の瞬間、セフィライズはスノウの勢いをそのまま利用するように身を引き、滑るように側面へ回り込む。気づけばスノウの身体はゆっくりと地面へと導かれていた。彼の腕が後ろ首を押さえ、起き上がろうとしても動けない。殴りつけたはずの右手も、いつの間にか固定されていた。


「わかった?」


 セフィライズが押さえ込みを解くと、スノウはゆっくりと立ち上がった。だが、いま自分の身に何が起きたのか、その仕組みまでは理解できていない。それでも、覚えれば自分にもできるはずだと信じるように、小さく頷いてみせた。その瞳には、確かなやる気が宿っていた。


「もう一度、お願いします!」


 めげない。やったことがないのだから、最初は出来なくて当たり前だ。スノウは呼吸を整えて頭を下げる。


「次、やってみよう。手を引くから、体を動かして」


 セフィライズがそっとスノウの手を取った。触れられた瞬間、理由もなく胸の奥が熱くなる。

 俯いたままの彼女を、セフィライズはどこか不思議そうに見つめていた。


「どうした……?」


「い、いえ! なんでもありません!」


 スノウは慌てて首を振った。自分でも理由がわからないのだから、否定するしかない。


「じゃあ、引くから。ゆっくり側面に回って。足は前に一歩……そのまま背面へ」


 先ほど見たばかりの動き。返事をする間もなく、セフィライズにぐっと手を引かれ、スノウの体が前へと傾く。

 指示されていない方の手が思わず伸び、よろけた肩をセフィライズが支えた。


「……すまない、少し早かったか」


 その声が落ちた瞬間、セフィライズの顔が驚くほど近くにあった。透明なガラスのような銀の虹彩に、黒い瞳孔が静かに浮かんでいる。肌は陶器のように白く、どこか現実離れした色をしていた。

 息遣いさえ感じられそうな距離。あまりの近さに、スノウは自分でも信じられないほど変な声を漏らし、反射的に彼を突き飛ばすようにして後ずさった。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 もう、自分が何をしたいのかすらわからない。顔は熱くてたまらず、頭の中は大混乱。

 どうして突き飛ばしたのか、その理由すら掴めない。

 スノウはひたすらに手を振り、目をぎゅっと閉じて、何度も何度も頭を下げた。


「……いや。私も、無理をさせた」


 伏せられたセフィライズの視線は、足元に落ちていた。その横顔には、ほんのわずかに傷ついた色が浮かんでいる。拒まれたのだと受け取ったのかもしれない。

 その表情を見た瞬間、スノウの胸に強い罪悪感が押し寄せた。

 何をしているんだろう、スノウは思わず頭を抱えた。自分の反応が自分でもわからない。ただ、彼を傷つけてしまったという事実だけが、胸の奥で重く沈んでいた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ