5.城内での日々編 練習
各々が手合わせを始め出すも、スノウは一人相手がおらず立ったまま周りを見ていた。
「終わったなら、帰るから」
「待てよ」
セフィライズはいつものようにマントのフードを被って髪と顔を隠す。スノウの横を通り過ぎようとするも、彼女に一切視線を合わせることもなく。
「お前はスノウちゃんの相手をするんだよ。ほら一人余ってんだろ」
セフィライズは出口の方に体を向けたまま動かない。少し時間をあけてから、大きなため息をついた。
「おい、セフィ」
「わかった」
弟の不貞腐れた子供みたいな返事に、シセルズはまた胸の中で笑う。セフィライズは再びマントを脱ぐと彼女の前に立った。
彼女から少し見上げる、久々のセフィライズの顔。あんなに近くに感じたと思った彼は、目の前にいるのに、届かない距離にいるようだ。
すれ違うかもしれない。ちょっと会えるかもしれない。声をかけに来てくれるかもしれない。そんなふうに思っていた。
一緒に旅をしたいくつかの思い出の中で、自然と笑顔をみせてくれていたのも、もうずっと遠い昔。
「あの……お願いします」
スノウは頭を下げた。彼が広いところに移動するのを黙ってついていく。少し距離を取って向かい合った。
「どこまで習った?」
「えっと、何も」
その回答にセフィライズは兄の方を見る。遠くてシセルズは親指を立てて笑って見せた。
「護身術でいいか」
無表情のまま、伏し目がちな瞳。セフィライズはスノウの目の前で腕を伸ばし、足をすらしながらスノウに教えようとする動きをして見せた。
「誰かとやってるところを見てもらう方が早いけど、誰もいないから。こうやって、相手の進む力を利用するように受けて、それで……」
セフィライズは丁寧に動いて見せてくれる。彼女は真剣に彼の動きを見て頷くも、しかし全く理解できていなかった。
「やめようか……」
彼女が理解できてない事を察して、もう少し簡単なものがいいかと思考を巡らせる。
「じゃあ、ここに一発当てて。流して見せる」
「はい!」
セフィライズは胸の前あたりで手のひらを見せる。反対の手で指差し、スノウに握り拳で殴ることを指示した。
スノウは手を強く握って、少し構えてみる。人に殴るような行動を、真似でもしたことがないので戸惑っていた。
「思いっきり殴ってくれた方がやりやすい」
「わかりました」
彼女の遠慮が見えたらしく、先手を打たれた。何度か深呼吸してからセフィライズの構えたてのひらに向け、右手の拳で思いっきり殴りつけてみる。彼の大きなてのひらに一瞬包まれた。
その時、セフィライズは彼女の勢いを使うかのように身をひき、側面に回った。気がついたらスノウの体はゆっくりと地面につかされる。腕がスノウの後ろ首を押して、彼女は起きあがろうとしても起きれない。殴りつけたはずの右手は固定してある状態だ。
「わかった?」
セフィライズが抑えつけるのをやめると、スノウは再び立ち上がる。しかし彼女は何が起きたかまだ理解していなかった。覚えれば自分にもできることなのだろうと頷いてやる気を見せる。
「もう一度、お願いします!」
めげない。やったことがないのだから、最初は出来なくて当たり前だ。スノウは呼吸を整えて頭を下げる。
「次、やってみよう。手を引くから、体を動かして」
セフィライズはスノウの手をとった。
なぜかわからないけれど、手を取られた瞬間から、なんだか熱い。俯いていると、セフィライズは不思議そうにスノウを見た。
「どうした……?」
「い、いえ! なんでもありません!」
彼女は大慌てで否定する。自分でもわからないのだから、どうしようもできない。
「じゃあ、引くから。ゆっくり側面に回って。足は前に一歩。その後背面に回って」
先程みた動きだ。スノウは返事をする前にセフィライズに強く引かれ、思わず指示されていない手が前に伸びる。よろけた彼女の肩を、セフィライズが支えた。
「……すまない、少し早かったか」
そう言う彼の顔が、とてつもなく近かった。透明な美しいガラスみたいな虹彩に、黒い瞳孔が浮かんでる。肌は陶器のように白く、やはり他の人とは違う色。息遣いが聞こえそうなほど近い。スノウは自分でも信じられないぐらい、変な声を出し、彼を突き飛ばすようにして後ずさった。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
もう自分が何がしたいのかがわからない。顔中熱くて仕方ないし、頭の中は大混乱。思わず突き飛ばしたのも、何故そんなことをしたのかわからない。ひたすらに手をふって、スノウは目を瞑りながら何度も何度も頭を下げた。
「いや……私も、無理をさせて」
セフィライズの伏しがちな目は、足元をみていた。スノウに突き飛ばされて、少し傷ついた顔をしている。拒絶ととったのかもしれない、スノウはとても悪い事をした気持ちになった。これで、二回目だ。何をしているんだろうと、スノウは頭を抱えた。




