6.城内での日々編 模擬試合
シセルズは木剣を二本手に取り、そのうちの一本をセフィライズへ放った。受け取ったセフィライズは軽く振ってみる。しかし、そのあまりの軽さに眉をひそめた。
「俺としては、一回ぐらい真剣使って、本気でやってみたいところだけど」
「遠慮するよ。兄さんに怪我させたら悪いし」
「弟のくせに言うねぇ」
軽口を交わすのは、いつものことだった。セフィライズとこれほど気安く話せる相手は、兄であるシセルズくらいしかいない。壁際に並んだ新米兵士たちは、強張った表情のまま直立不動で二人のやり取りを見守っていた。
「まずは俺とセフィが模擬試合するから。お前らはしっかり見とけよ。知ってると思うけど、こいつすげぇ早いから。目を凝らして動きを盗めよな」
兵士たちは揃って、そんなことができるものかという顔をした。スノウも同意見だった。
彼女は一度、間近でセフィライズの戦いを見ている。あの尋常ではない速さ。目で追うことさえ難しい動き。圧倒的な強さ。目を凝らして盗めなど、無茶な話だ。
二人は広い練習場の中央へ歩み、向かい合った。シセルズは列の先頭に立つ兵士へ合図を頼む。互いに左手を腰の後ろへ回し、右手の剣を身体に沿わせて立てる。視線を合わせ、一礼する。
形式ばったその所作も、スノウが見るのは三度目だった。
スノウは不安を抱えながらも、胸の奥では好奇心が勝っていた。今回は木剣での模擬戦だ。致命的な怪我の心配がない分、彼女はいつもより落ち着いて見ていられる。
「では。よーい、始め!」
セフィライズは一歩も動かなかった。先に仕掛けたのはシセルズの方だ。地を蹴り、木剣を高く振り上げて突進する。
セフィライズはその場から動かなかった。シセルズの方が先に走り出し、木剣を高く振り上げている。
その刃がぶつかり合った瞬間、セフィライズは相手の力を受け流すように身を引き、滑るような動きでシセルズの背後へ回り込んだ。
「おっと!」
背後を取られたことに気づいたシセルズは、左手を地面につき、腕を軸に身体をひねってその場を離脱する。その軽やかな動きは、まるでセフィライズととてもよく似ていた。
「あっぶね!」
セフィライズは追撃せず、静かに木剣を構え直す。兄に鋭く睨まれ、彼は小さく首をかしげた。
「お前、手ぇ抜いてるだろ」
「別に……兄さん相手に本気になることでもないから」
シセルズはスノウがいるのに黙って呼んだ事に怒っているのではと思った。いや、拗ねる……に近いのかもしれない。シセルズは面白いことを思いついて、わざと悪い笑みを浮かべて見せてやった。セフィライズが怪訝な顔をするものだから、なおさら面白い。
「じゃあ、もういっちょいくぞ!」
シセルズは再び駆け出し、先ほどよりも大きく隙を晒したまま、崩れた軌道で木剣を振り下ろした。
その不自然な一撃に、セフィライズは眉をひそめつつも、軽く弾き返す。
「おーーっとぉ! 手が滑ったぁ!」
シセルズはわざとらしく木剣の柄を放した。弾かれた木剣は空中で回転し、凄まじい勢いで壁の方へ飛んでいく。その軌道の先にスノウが立っていることを、その場の全員が同時に悟った。
スノウは飛んでくる木剣に反応できなかった。目を見開いたまま身体が固まり、避けることすらできない。当たる、そう理解した瞬間、ようやく反射的に頭を抱え込んだ。
「……!」
しかし、衝撃はいつまで経っても訪れない。恐る恐る目を開けると、彼女の目の前には、飛来した木剣を片手で掴んだセフィライズが立っていた。
「あー悪い悪い」
かけらも悪びれない声音で、シセルズは手をひらひらと振りながら笑った。
スノウはそっとセフィライズの表情をうかがう。表面上は不機嫌なだけに見えるが、彼女にはわかった。その奥に、冷たく深い怒りが潜んでいることが。
理由はわからないまま、スノウは小さく礼を述べた。
「ごめんなさい。ありがとうございます……」
「……」
セフィライズは返事をせず、鋭い視線だけを兄へ向ける。そのまま、冷ややかな怒気をまとって木剣をシセルズへ投げ返した。
「じゃあ、本番行きますか」
シセルズは受け取った木剣を肩に軽く叩きつけ、ついでに片足で跳ねてみせる。体勢を低く構え、顔を上げた瞬間、その場の空気が変わった。
今までにない殺気を帯びた気配に、周囲の兵士たちは思わず身を震わせた。




