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4.城内での日々編 本気


 先に仕掛けたのはセフィライズだった。

 スノウの目の前にいたはずだったセフィライズは、彼女が瞬きをしたその次の瞬間にはシセルズと木剣を交えていた。すぐさま地面を強く蹴り、高く飛び離れる。空中で捻られた体は、本当に浮いているかのように軽やかだ。

 スノウはギルバートとの模擬試合で感じた冷気が見えたように感じた。セフィライズの剣の軌道に、細氷の輝きが続いているのだ。


 速すぎて見えない。壁に整列する兵士達は目を凝らしていた。体はその位置のまま、首だけが前に移動する。スノウもまた、乗り出し気味になりながら目を凝らした。


「ったく、速すぎだっつーの!」


 シセルズは降り注ぐ剣技を一つ一つ弾いて避ける。しかし視線が追いつかない。眼球の移動が限界を越えるほどに速い。


「ここだっ!」


 相手の隙を見て薙ぎ払うように振るうも、恐ろしく身軽で柔らかな動きで避けられる。

 セフィライズは少し距離をとってから一息ついた。


「……満足?」


「まだまだぁ。また手が滑ったら困るだろ」


 シセルズの挑発に、セフィライズはため息をつく。木剣を振り直し、再び走り出した。


 シセルズは、小さな頃から知っているだけに、弟ながら末恐ろしいと思う。向かってくる王国の氷狼(フェンリル)に、どこまで対抗できるか。

 空気を割く、耳に響く音。それを纏ったセフィライズの木剣を避け、懐に飛び込む。渾身の力で、腹を殴りつけた。

 セフィライズはそのうち懐へ飛び込んでくるだろうとわかっていた。しかしいつも完全に避けることはできない。伸びた拳が腹をかすめ、後ろへ飛んだ。


「くっ、けほッ……」


 当たった! とスノウは驚きを隠せなかった。

 セフィライズは腹から上がる痛みと息苦しさに、手の甲で口元を拭く。木柄を握った手で、拳がかすれた腹を抑えた。


「相変わらず苦手だよな」


 苦笑しながらシセルズも一旦休憩するように膝に手をつく。


「何度も言ってるだろ、本物の戦闘は剣以外も使ってくる。お前は一つに集中しすぎるんだよ」


 シセルズはまっすぐ木剣をセフィライズに向けた。勝ち誇ったような顔をして見せるが、余裕はなかった。幾度となく模擬試合はしてきたが、ここまでセフィライズの本気を引き出したのは初めてかもしれない。いつもどこか手を抜かれる。兄弟だからなのかもしれないし、模擬試合だからこんなものでいいだろう、と思っているのかもしれない。


「まだ、もうちっと出るだろ? 来いよ」


 セフィライズが心の底から本気になったら一体どうなるのか。見たこともないその状態を、極限まで引き出してみたい。シセルズは楽しくて仕方なかった。指を立てて挑発し、視線を少しだけスノウに向ける。

 そのシセルズの動きに、セフィライズは大きく息を吸って吐いた。体を柔らかく揺らし、木柄を握る手と首も軽く回す。ゆっくりと目を開けると、その銀色の虹彩に浮かぶ瞳孔が、氷のように冷たい。見たこともない程の鋭い目。


 −−−−これ、真剣だったら、俺死んでるかもなぁ……


 シセルズは内心笑えない事を思う。しかし、今が最大の好機だ。見た事もない弟の本気が見れるかもしれない。


 シセルズは盾のように剣を体に添えて構えた。また正面からくるだろう、と思ったその瞬間。目の前にいたはずのセフィライズは真後ろにいた。あまりの速さに軌道が追えない。振り払われる剣をしゃがみながら避けるのが精一杯。しかし一瞬の間も与えられない程に、次の斬撃が振り下ろされる。それを受け流した次の瞬間にはもうその場にいない。


「どんな速さしてんだよ、お前ッ!」


 木剣同士が共鳴するように当たる度に、増していく速さ。シセルズはもう既に限界だった。大きく避けると、足払いをするかのように低空を攻める。しかしそれも当たらない。剣戟の隙間を目で追う。四方から鋭角に切り込まれ、気がついたら反対にいる。

 受けるたびに伝わる振動。重すぎる木剣の衝撃。反応する体は既に限界に到達しようとしていた。


 シセルズはもう一度、木剣をかざす。セフィライズが高く振りかざしているその空いた胴に向けて。当たるか、といった瞬間、上に振り上げられていたはずの木剣で防がれると、シセルズは弾かれた自身の木剣を、その衝撃で手放してしまった。


 意図せずして跳ね上げられた木剣は、期せずしてスノウのいる方へ飛ぶ。それをセフィライズが空中で叩き落とした。


「……悪りぃ、今のは」


「兄さんの負けでいい?」


「ああ、悪かったな」


 セフィライズが床に叩き落とした木剣を拾い上げる。自分の持つ剣と合わせて二本を片付けるために移動した。


「あーー! 疲れるわぁ!」


 シセルズは荒い息で床に大の字になって寝転がる。気が回っていなかったが全身汗だくだった。しかしすぐ飛び起きて、壁際に並ばせた兵士たちへ指をさす。


「はい、じゃあ今のを真似して前から二人ずつ組んで、ちゃちゃっと打ち合いはじめようか」


 誰もが、真似どころか参考にすらできない動きだったと思っているに違いない。しかし全員がシセルズの指示に大きく返事をした。



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