4.城内での日々編 模擬試合
シセルズが木剣を二本持ち、一本をセフィライズに投げて渡した。受け取った木剣を軽く振り回してみるも、その軽さに渋い顔をしている。
「俺としては、一回ぐらい真剣使って、本気でやってみたいところだけど」
「遠慮するよ。兄さんに怪我させたら悪いし」
「弟のくせに言うねぇ」
軽口を叩くのはいつものこと。セフィライズとこれぐらい気軽に話せるのは、兄のシセルズぐらいしかいない。
壁際に並ぶ新米兵士達は、強ばった顔のまま直立不動で二人のやりとりを聞いていた。
「まずは俺とセフィが模擬試合するから。お前らはしっかり見とけよ。知ってると思うけど、こいつすげぇ早いから。目を凝らして動きを盗めよな」
絶対に無理だろうという顔を兵士達がした。スノウもまた、それは無理だろうという顔でシセルズを見る。特にスノウは間近でセフィライズの戦いを一度見ている。あの尋常ではない動きと速さ。圧倒的なまでの強さ。目を凝らして盗めなんていうのは無謀に近い言葉だ。
広い練習場の真ん中あたりに移動し、二人は向かい合う。シセルズは列の先頭に立つまとめ役の兵士に合図を依頼していた。
お互いに左腕を後ろの腰に当て、右手で剣を垂直に構えて体に沿わす。目を見合って一礼をした。試合をする時の一般的な礼儀作法。スノウがこれを見たのは三度目。挨拶が終わり、お互いに剣を構えると場の空気は張り詰めた。
スノウは心配しながらも、好奇心の方が勝っていた。今回は怪我の少ない木剣というのもあり安心して見ていられる。
「では。よーい、始め!」
セフィライズはその場から動かなかった。シセルズの方が先に走り出し、木剣を高く振り上げている。お互いの獲物がぶつかり合った瞬間、セフィライズは相手の力を利用するように身を引いて、そしてシセルズの背後へ回った。
「おっと!」
背後を取られた事に気が付いたシセルズが軽やかな動きで左手を地面につき、腕を軸にして体を捻りながらその場を離れた。その動きはまるでセフィライズと一緒に見える。
「あっぶね!」
離れたシセルズを追わず、セフィライズはまた木剣を構え直している。兄からひと睨みされて、首をかしげていた。
「お前、手ぇ抜いてるだろ」
「別に……兄さん相手に本気になることでもないから」
シセルズはスノウがいるのに黙って呼んだ事に怒っているのではと思った。いや、拗ねる……に近いのかもしれない。シセルズは面白いことを思いついて、わざと悪い笑みを浮かべて見せてやった。セフィライズが怪訝な顔をするものだから、なおさら面白い。
「じゃあ、もういっちょいくぞ!」
シセルズはもう一度走り、セフィライズに向け先ほどよりも隙だらけの、大きく崩れた剣を振り下ろした。雑に振り下ろされる剣先を、セフィライズは疑問符を浮かべながら弾き返している。
「おーーっとぉ! 手が滑ったぁ!」
シセルズは木剣の柄をわざとらしく離した。セフィライズの剣に弾かれ、空中を舞う木剣は物凄い勢いで壁のほうへ弾け飛んでいく。
その木剣の進む先に、スノウが立っているのをその場にいた全員が見た。
スノウは飛んでくる木剣に反応できなかった。目を見開き避けることもできず、硬直してしまう。
当たる! と、理解した瞬間に、やっと反射的に彼女は頭を抱えた。
「っ……!」
当たるはずだった木剣が、いつまでたっても当たらない。スノウは恐る恐る目を開ける。彼女の前で、投げられた木剣を手に持つセフィライズが立っていた。
「あー悪い悪い」
かけらも悪いと思っていない声でシセルズは言う。手をひらひらとさせ、笑みを浮かべながら。
スノウはセフィライズの表情を伺いみる。不機嫌な表情を浮かべているが彼女だけにはしっかりと、酷く怒っているのが理解できた。その理由がわからないままに、感謝の言葉を伝える。
「ごめんなさい。ありがとうございます……」
「……」
セフィライズは睨みつけるようにシセルズを見ている。冷たく静かな怒りを持って、木剣を兄へと投げ飛ばした。
「じゃあ、本番行きますか」
シセルズは肩にトントンと木剣を叩きつけ、ついでに片足で軽く飛んでみせた。体を低く構えて顔を上げる。
今までにない雰囲気に、その場にいた全員が震え上がった。




