4.城内での日々編 謁見の間
豊かな天窓から注ぐ自然光に照らされた謁見の間。赤いベルベットの生地に金糸でアリスアイレス王国の特徴的な幾何学模様が浮かぶ垂れ幕が、華やかな色を白い壁面に反射させていた。神々しく照らされた王座には、代理として第一王子であるカイウスが座っている。周囲の赤にも負けない程の、王族の証である深紅の赤毛。しっかりとポマードで髪を上にあげ、赤い石の髪飾りが揺れていた。
まだ若い王子の前で、貴族たちは頭を垂れ、それぞれの業務報告を行っていた。カイウスは時折質問を挟みながら、その報告に耳を傾けている。そんな厳かなやり取りの傍らには、六人の騎士が整然と並んでいた。第一王子親衛隊六花。それが、彼らの名だった。
その中の一人に、セフィライズの姿もあった。彼もまた王子と同じく正装に身を包み、整えられた髪のまま列に加わっている。報告に耳を傾けながらも、その表情はどこか上の空だった。議事の進行を務めているのは、カイウスの執事であるレンブラントだ。彼は次々と議題を提示し、書面を読み上げていた。
「コカリコの町周辺で起きた死の狂騰は、最近では見られない程大きなものでした。先発させた支援部隊から、一部の物資を追加で送って欲しいとの連絡が届いております」
「あれはたしか、セフィライズ様がご同行された時に起きた件でしたね」
六花の一人、ハラルド・アルスローランの代理として、フィルカ・フロウスフィルが口を開いた。灰がかった黒髪を肩の辺りまで伸ばし、黒縁の眼鏡をかけた若い青年だ。
軍師として名高いハラルドは、すでに七十を超えている。近年では公の場に姿を見せることも少なくなっていた。そのため、後継候補と目されるフィルカが、代わりに六花の会合へ参加しているのである。
その声を耳にしながらも、セフィライズの反応はなかった。カイウスが軽く咳払いをする。
はっと我に返ったセフィライズは、小さく頭を下げながら静かに返事をした。
「……はい」
「支援はセフィライズ様からのご要望でした。追加の物資に関してのご相談をさせて頂きたいのですが」
声を張り上げるフィルカ。カイウス王子の前で膝をつき頭を垂れている貴族の男が二人。こそこそと小さな声で何か言い合っている。口元は嫌な笑みを浮かべ、まるで嘲笑するかのように。小さく、小さく。
――――白き大地の民だから、死の狂騰を呼んだのではないか
――――やはり呪われている
それに気が付いた六花で唯一の女性将軍であるエルジリア・ブリュンヒルドが、諫めるために声を上げようとした瞬間。
「何か言いたいことがあるなら、はっきりと述べてもらおうか」
聴く者の心を貫く、鍛え上げた鋼のように重く鋭い声だった。グラント・グレンフォード。六花の一人にして、黒鉄のような角刈りの髪を持つ男。顔を横切る大きな切り傷は、首元へと流れ落ちる稲妻のようだ。それが、彼の威圧感をさらに際立たせている。ただ立っているだけで周囲の空気が張りつめるほどの存在感。誰もが一目で「恐ろしい男」と思うだろう。だが、その実、グラントは誠実で真面目、仲間の間に生じる火種を静かに鎮める調停役を担うことも多い。粗野に見えて、誰よりも義を重んじる男である。
カイウスは荒めに足を組み替えながら静まり返ったその場で、わざとらしいため息をついた。セフィライズがこの地位について長くたつというのに、未だに白き大地の民という異質さが気に食わない連中が多すぎる事が、彼には気に入らなかった。
グラントの威圧とカイウスのため息に、身震いをして小さくなった二人に変わって、文官のツァーダが頭を上げた。
「失礼ながら、死の狂騰に関しての情報共有が少ない状態です。見聞きしたのでしたらぜひ当時の状態をご説明頂きたいと思っております」
セフィライズがあまり人前で何かを話すのが得意ではないとわかっているかのように、六花の一人ラミエル・モルヴァンもまた声を上げた。
「何か予兆などあれば、避ける事もできるかもしれませんしねぇ」
ねちっこい声音が耳にまとわりつく。長く伸ばした茶髪の先を指で弄びながら、彼は金細工の施された派手な鎧をきらりと揺らした。いかにも貴族然とした男だった。
次々と説明を求める同調の声が増える。カイウスが何か口を開こうとした、その時だった。
「……あれは、予兆などあるものでは、ありませんでした」
セフィライズは死の狂騰で起きた目の前の惨劇を思い出しながら言った。一瞬にして人が消えたあの様は、戦場で兵士の死体の山がうずたかく積まれるよりも虚無が広がる、そんな光景だった。子供の泣き声が、今でも思い出される。
そのセフィライズの言葉が、まさにその光景を彷彿とさせるほどの声色だったせいか、先ほどまで少し騒いでた者達は一瞬にして静かになった。
「セフィライズ、その話を無理にする事はない」
カイウスはセフィライズの続けようとする言葉を遮った。
アリスアイレス王国の氷狼として各国でも雷鳴を轟かせ、冷徹無慈悲で獣や人でさえも容赦なく葬る。人間離れした種族であると、その見た目も助長させている。
しかし、カイウスは彼を側近にする前からわかっていた。
どこか、傷ついた表情をしている。いつも、目の前の死や、どうすることもできな物事に。本当は、とても。
「いえ……話は、させて頂こうと思っておりました」
「なら裏で私が聞こう。今はよせ」
「かしこまりました」
「物資に関しては、セフィライズに報告書を上げてもらおうか。手配から何までの以下のやりとりはまかせる。いいな?」
いいな? に関しては、セフィライズではなく他の者達に対しても、これ以上聞くなという意味を込めて放たれた言葉だった。全員がそれを理解し、深く頭を下げなおしている。
「仰せのままに」
セフィライズもまた、カイウスの隣で深々と頭を下げた。




