4.城内での日々編 再会
謁見の間にての業務が終わり、セフィライズはカイウスへ付き従いながら王子の執務室へと向かっていた。歩きながらセフィライズの頭の中をよぎるのは、先ほど質問された死の狂騰。そしてそれに付随して起きた出来事だ。
ウロボロスと呼ばれたあの化け物、そして壁から這い出るように沸いた死神の群れ。どちらも人に泥土のような闇を纏わせた異形の姿だった。あんなものが湧き出たという話はいまだ、あまり広まってないように思う。それらしき事をギルバートが漏らしていたくらいだが、明確なものではなかった。それは、生き残った者が非常に少ないからではないかと予想される。
コカリコの町にあったヨルムの封印も、そして自身の記憶を深く揺り動かした祭壇の壁画も。セフィライズの胸を騒めかせ、それが思考を纏める事を阻害している。
最後に残るのは、目の前の死に抗おうとしていたスノウの姿だった。暗闇の記憶の中に、彼女の金髪は一層輝いて見える。
「スノウは、どうしている?」
カイウスに唐突に声を掛けられ、セフィライズは自身が最後に思い出したものを言い当てられた気持ちになった。
「え……はい、今は……勉学に出させてます」
「前も同じ回答だったな」
カイウスは苦笑しながら執務室の扉を開け中に入った。普段なら数人の側近が働いているが、今日は誰もいない。セフィライズもここで下がろとしたが、カイウスは真剣な眼差しでコカリコの町についての説明を求めてきた。セフィライズが事実だけを淡々と述べ聞かせると、カイウスは考える仕草を見せる。
「ヨルムについて、何か知っているか」
「永遠の神として、神々の時代に魔術の神イシズの手により封印されたものというのは、おそらくどの文献でも同じでしょう。それ以上の事は」
しかし永遠の神ヨルムという存在は、もはやほとんど忘れ去られたものだ。白き大地の民ですら、王族と神職ぐらいしか記憶にないだろう。その封印を解く方法もそうだ。一部の、限られた者しか知らないはず。
「シセルズでも、知らないか」
「兄さ……はい、シセルズもおそらく」
カイウスはくすりと笑った。
「今は誰もいない。堅苦しいのはやめても問題ない。私と、お前の仲だろう」
カイウスは肘をテーブルにつき、人差し指で口元に触れながら顎をのせてまた笑う。それは、セフィライズが少し妙な表情をして見せたからだ。
「まだ、公務中です」
「堅いな。シセルズならすぐ崩れるところだ」
「……兄さんの、そういうところはどうかなと、思います」
その一言に、カイウスは声を出して笑う。顔はよく似ているが、こういうところは似ていない。
「いや、笑ってすまない」
「いえ、何か面白い事があったのなら、よかったです」
そう言って薄く笑うセフィライズを、カイウスは微笑まし気に見た。この表情を、他の誰かにも向ける事ができたのなら、もう少し人とうまく、打ち解けて行けるのかもしれないというのに。
いや、一人だけ。セフィライズにこの表情をさせる事ができる他人がいる。氷狼と呼ばれ恐れられる彼の、不器用な心を変えてくれるであろう、たった一人の。
「もうそろそろ、勉学に出すのではなくスノウを傍に呼んで、仕事をしてみたらどうだ?」
「……カイウス様、その事でご相談が」
そう、セフィライズが声を発したその時だった。突然扉が開き、シセルズが顔を覗かせたのだ。
「あ、いたいた。すみませんお話中に」
「シセルズ、もうそろそろドアをノックする事を覚えてくれないか」
「いいじゃないですか。どうせこの時間は人払いをしておひとりでしょ?」
第一王子に遠慮のない兄のシセルズに、セフィライズは一言、声を発しようとするより先にシセルズが目の前に立った。
「わりぃけど明日、ちょっと付き合え」
「……何?」
怪訝な顔で、セフィライズは兄を見上げた。
翌朝、身体中が痛む状態でスノウは目を覚ました。しかし朝からしっかりと掃除を終わらせてから朝食を取り、気が重くなりながら練習場に向かう。
昨日と変わらず30人程の新兵達が訓練をしている前で、シセルズが木剣を持って指導している。しかしスノウが来たのに気がついた彼は、兵士達全員を壁側に並ばせた。シセルズの指示でスノウも壁に沿って並ぶ。
「今日は、何をするんですか?」
「えーっと、模擬試合?」
体力作りから急に模擬試合なんて、飛躍しすぎじゃないかと彼女は慌てた。
シセルズはそっとスノウの耳元で、他の兵士に聞かれないように囁く。
「会いたい奴に、会えるよ」
「え?」
聞き返そうとした時には、既にシセルズは移動しており何も聞けなかった。
会いたい奴、というのは誰なのか。スノウの心の中に答えはあったが、まさかそんなことはない。と、勝手に出てきた答えを打ち消してしまう。
見慣れたフードをかぶり、白いマントをまとった男性が練習場に足を踏み入れたのは、スノウが首を振って忘れようとしたのとほぼ同時だった。練習場の雰囲気が一瞬にして変わる。全員が緊張したのか、顔を強張らせていた。
「よぉ、悪いなセフィ」
「模擬試合って……この前手伝ったばかり……」
男性がフードに手をかける。見慣れた銀髪があらわになり、スノウは目を見開いた。
セフィライズは最後に見たときから髪を切っていないのか、肩にかかるぐらいに伸びている。列の端にスノウが立っていることに気がついてお互い視線が合った。
シセルズは2人が驚きあっている姿を見て楽しくて仕方がないといった表情を浮かべる。
「なるほど……」
セフィライズはシセルズが何を考えているのかを理解して、呆れた表情をして見せた。それにまたシセルズが笑う。
「じゃあ、今日はよろしく頼むな」
シセルズに肩を叩かれてセフィライズはため息をつく。マントを脱いでそのあたりの武器棚にかけると、長く伸びた銀髪をまとめた。
一つ括りにしてしまうと、シセルズと髪型がかぶる。より一層、二人はよく似ていた。




