47.王国の第一王子編 回想
「そちらの白亜は元気にしておいでですかな。他に囲い込みは進んでおられますか」
「囲い込み? まさか、我々にとって彼らは人。保護対象であって物ではありません」
「保護、とは便利な言葉だ」
二ドヘルグが笑う。喉の奥で転がる、乾いた音。
「終焉が現実味を帯びてきた今、我々にとって必要なマナを補う為にも、白亜は必要不可欠。今なお世界の中心を隠し持っているやもしれませぬ」
ニドヘルグが一歩踏み出し、カイウスに近づく。囁くような声で、彼にだけ届くように言った。
「白亜から、そのありかを聞き出せましたかな?」
それはまるで、アリスアイレス王国が保護を盾にして、白き大地の民を利用しようとしているのだろう、と暗に告げる声音だった。
カイウスは微笑を崩さなかった。だがその瞳は、氷のように冷えていた。
「聞き出す……? 随分と物騒なお言葉だ。我が国では尋問はしません」
一拍置き、さらに低く静かな声で。
「それに、彼らが何も語らないのは世界の中心など最初から存在しないからだとしたら?」
「……存在するとも、しないとも。我々には興味がありませんよ」
白き大地の民に対して殺戮の限りを尽くした、その同じ口で。平然と「興味はない」と切り捨てる無神経さに、カイウスは一瞬、視界の端が赤く染まるほどの怒気に襲われた。
「存在に、興味がない……?」
「ええ。あれば幸運、なければ別の手段を講じるだけのこと」
ニドヘルグは肩をすくめ、涼しい声で続けた。
「世界を救うためには、代償がつきものですからな」
世界を救う為。誰のための世界なのだろうかとカイウスは思った。生きとし生けるものの為、誰かが切り捨てられていいものではない。リヒテンベルグ魔導帝国は民族ひとつを滅ぼしたのだから。それも、神話の時代から続く、聖なる民族と言ってもいい。
カイウスは奥歯を噛みしめる。だが、表情だけは緩やかな微笑みを崩さない。
怒りに任せて反論するのは簡単だ。しかし、王子として、それは許されない。
「その発想が、我々と貴殿では異なるようだ」
静かな応酬に気づいたのか、周囲の視線が次第に二人へと集まっていく。大国同士のささやかな火花、それが本格的な争いへ発展すれば、場は一気に凍りつくだろう。
その空気を感じ取ったのか、シセルズが雑踏からゆっくりとカイウスのそばへ歩み寄った。
銀髪に戻し、左目を覆う眼帯はいつもより深く影を落としている。彼は、できるだけ存在感を薄めるように、カイウスの背後に控えた。
「……落ち着いてください、殿下」
小さく、緊張に滲む声。
「おや……?」
ニドヘルグはシセルズへと目を向け、ほんの一瞬だけ眉を寄せた。何かが引っかかったような、わずかな違和感の表情だった。
シセルズはわずかに肩をすくめ、視線を落とす。銀の髪。銀の瞳。透き通るように白い肌。白き大地の民、特有の容姿。そして何より、セフィライズとよく似た顔立ち。入れ替わっていても、見破られることはない。そう踏んでいた。
本来、この使節団に同行しているはずなのはセフィライズだ。アリスアイレス王国は、外交の場において彼を“顔”として扱っている。白き大地の民をどれほど保護しているのか。その数も、身元も、決して明かしてはいない。
「……まぁ、いいでしょう。本日の談笑に、乾杯を捧げるのはいかがですかな」
ニドヘルグの後ろから、影のような従者が二つのグラスを静かに運んできた。
張り付けたような笑みで了承したカイウスは、自らのグラスを手に取り、静かな音を立ててニドヘルグのグラスに合わせた。
「有意義な時間を頂きました。ニドヘルグ殿」
「いえ、こちらこそ」
二人は静かに離れた。ニドヘルグの疑いの眼差しを感じたシセルズも、ゆっくりとその場から退く。シセルズはカイウスに一声かけると、さりげなく歩調を速め、その場を離れた。そのまま控え室の方へと消えていく。セフィライズではない。別人である。という事を詮索されたくなかったからだ。
その後、カイウスは他の使節団の代表と談笑を交わし、宴は形式的な会話で締めくくられた。表面上は平穏な笑みを浮かべていたが、心の奥底では妙な高揚感がくすぶっているのを感じていた。まるで酒を嗜んだ後の、軽く浮遊するような感覚。それと同時に、微かに頭の奥が重く、胸がざわつくような違和感もあった。
カイウスたちは静かに席を立ち、会場を後にした。その頃には、すでにわずかにふらついていた。酒の飲みすぎだと思ったカイウスは、レンブラントに支えられながら馬車に乗り込み、アリスアイレス王国へ帰城する。
しかし侍医たちはすぐに異変に気が付いた。馬車から降りたカイウスは歩みが鈍く、衰弱の色が明らかだった。さらに、指先が黒く変色し始めていることに医師たちは戦慄した。奇病フレスヴェルグの病であることわかった頃には、病は徐々に進行し、足の自由も奪われていった。
王都の医師団はありとあらゆる治療を試みた。薬草、秘術、祈祷に至るまで。しかし、どの手段もフレスヴェルグの病を打ち破ることはできなかった。




