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47.王国の第一王子編 回想


 レンブラントがコンゴッソギルドから借りた部屋の扉を開ける。そこには質素だが整った室内に机と椅子。そして先客であるリヒテンベルク魔導帝国の男が座っていた。その後ろには屈強な男達が並んでいる。

 座る男は灰色がかった肌。骨張った細い指。異質なまでにコケた頬と飛び出たような眼球。髪は黒くべったりとしていて、尖った鼻に薄い唇が常に口角をあげていた。


「遅れてすまなかった。私がアリスアイレス王国第一王子、カイウスだ」


 座る男に握手は求めなかった。カイウスは敵意と不信感を隠しきれないままに、対面の椅子へと腰掛ける。


「初めまして、私はリヒテンベルク魔導帝国宰相、ニドヘルグです」


 ニドヘルグの薄ら笑いが、心の底から不快さを助長させている。彼は手土産だと言い、自国で生産される紅茶葉が入った筒を部下から渡させた。ニドヘルグの部下の一人が、その茶葉で入れたという紅茶を振る舞う。促され、カイウスはその紅茶を一口飲んだ。


「我々は贈るものを用意しておらず、申し訳ない」


 しかしカイウスは、申し訳ないなどとは微塵も思っていなかった。用意してなかったのも、わざとだ。


 カイウスの目的は、魔導帝国の非人道的な少数民族への弾圧をいますぐ止めるさせる事。白き大地の民を迫害することを止めるさせる事。また、それを肯定するような雰囲気を一掃。他地域への侵攻に関して平和的に話し合うことであった。

 カイウスはそれらの話を半ば一方的に、事実を交えニドヘルグへと伝える。彼は薄ら笑いのまま変わらずそれを全て聞いていた。


「それで……」


 ニドヘルグはカイウスの食い気味の会話の最後に、まるで全てを受け流すように声を発する。


「この世界の、マナ不足は……どうお考えか」


 マナを供給するものは既にない。世界樹を再び甦らせる方法など、誰も知る由がないのだ。ニドヘルグのその質問は、まるで「マナが不足しているから、マナを補うためであれば多少の犠牲は致し方ない」と言いたげだった。


「我々は思うのですよ。このまま手をこまねいていたら、世界は滅ぶと……」


 ニドヘルグは、それがとても愉快だと言いたげな表情で語る。


「あなた方は何をしていますか。我々は、この世界を憂うからこそですよ」


「白き大地の民を虐殺しておきながら、生き残った彼らを道具のように使うことがですか」


 カイウスは手を握りしめる。脳裏に映ったのは、セフィライズとシセルズの事だった。


「あぁ……いましたね、あなたのところにも。なんて言いましたか、あの白亜の残滓……」


「……セフィライズのことでしょうか」


 カイウスは白き大地の民の蔑称である白亜という言葉に不快感を隠せなかった。


「ええ、そう。あれは素晴らしい。若く、あそこまで()()()()()個体を、我々はなかなか見つけられません。いつか頂きたいと思っていますよ」


 人ではなく、まるで物を手に入れるかのような発言に、カイウスは吐き気がした。

 本来であれば、シセルズのようにセフィライズもまた、髪や目を偽装して静かに暮らしてもらう事もできた。しかしカイウスが産まれる前、父であるアリスアイレス国王との話し合いの結果、セフィライズにはそのままで活動してもらうことになったと聞く。未だどこか隠れている生き残りの者達、そして彼らを道具としか見れなくなっている人達へ、存在を知ってもらう為に。

 その役目を背負うこととなったセフィライズには危険も伴う。こうしてリヒテンベルク魔導帝国に存在を認識されてしまっている。彼がアリスアイレス王国に所属しているとわかる服を着ていたとしても、いつどこで誰がセフィライズに危害を加えてくるかもわからない。白き大地の民の貴重さは、カイウスも身に染みるほどに理解している。だからこそ胸が痛い。


「あなた方に、彼を渡すことはないでしょう」


「ええ、わかっていますよ。勝手に頂きますから」


「その発言は、宣戦布告と大差ありませんね」


「……我々は、我々のやり方で世界を救う。間違っていると言うのなら、あなた方のやり方で止めればいいのです。そして救ってみてください、この世界を」


 ニドヘルグは自身に酔いしれたように両手をあげて高らかに笑う。カイウスは机を叩き立ち上がった。


「あなた方は、迫害も、侵略も、何も辞める気がない。それどころか、我が国の大切な腹心にまで危害を加える発言をした……我々アリスアイレス王国は、あなた方を敵国として扱うでしょう」


 失礼する。と言葉を荒く発したカイウスは、ニドヘルグを背に部屋を出た。去り際に、ニドヘルグは不気味な笑みを向けていたことは知る由もない。

 レンブラントは苛立ちを隠せず早足になり歩くカイウスの後ろを黙って追いかける。しかし突然、カイウスが目の前で膝をついた。レンブラントが慌てて彼の肩に手をまわす。


「どうされましたか」


「いや、一瞬……めまいがした」


 カイウスが頭を抱えながら立ち上がり、手のひらを見る。中央に、黒い染みがあった。


 アリスアイレス王国に戻る途中の馬車で、カイウスは妙な高揚感を覚えていた。酒を嗜んだあとのような浮遊感も一緒に。そしてアリスアイレス王国に帰城後、奇病であるフレスヴェルグの病にかかったと発覚する。カイウスは徐々に歩けなくなり、衰弱していった。

 リヒテンベルク魔導帝国側が振る舞った紅茶が原因ではないかと言う者もいた。土産として渡された茶葉を調べるも異常がない。そもそもフレスヴェルグの病自体、どういう経緯で患うものなのかもはっきりとわかっていない。


 カイウスにありとあらゆる治療を施した。しかし決してフレスヴェルグの病を打ち破る事ができなかった。




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